昨年三月、「タナトス・セックス」とのタイトルで、「老いへの一歩」と題するシリーズ記事のひとつを書きました。

本稿はその続編ですが、そこで定義したこの「タナトス・セックス」とは、俗にいう「セックス」から「エロス」を抜いたような、一見、“抜け殻”とも解されかねない、以下のようなものでした。

・・・身体的に生殖能力を終わらせたか、あるいはそれに近い男女の、それでもある性的関係を、生や誕生と結びつくものではなく、逆に、最後にはほんものの 「死」 に至る過程を準備するところのものという意味で、 《タナトス・セックス》 と呼びたいと思います。

 むろん、このような定義が、果たして今日の現実の人間生活のリアリティーをどれほどに代弁したものかどうか、私はそれを実証する立場にはありません。というよりむしろ、人生の二周目に入ってはや八年、それもなんとか健康を維持でき、さほどの“老境”をさまよっているわけでもない自分として、そうした個的体験が見いだしている実感をこう呼んで、本「越界-両生学」の一角をなす、いかにもデリケートな——ある意味で未知未踏の——分野への一提起をこころみてみたいとするものです。 詳細記事