連載中のこの訳読に展開されている諸議論は、突き詰めて言えば、「科学か疑似科学」と取りざたされる、各々の境界上の分野です。そして、もし私がもっと若かったら、また実際に若かった頃には、そうした一連の議論を、「まゆつばもの」として一蹴していましたし、大いに権威に無防備なところもありました。

しかし、そうした若気の時代を通過し、今に至って感じていることは、「科学」が扱っている領域はどうも狭すぎるという到達であり、またその科学の世界も、自身でそうした狭さを破って、かつては疑似科学として扱われていた分野にもどんどん広がってきています。

そうして、むしろ今ではそうした狭さが故に、一般に科学といわれている分野が、ことにそれがビジネスと結びついた場では、こんどはその科学自身が「擬態科学」――多くはごまかしに乱用される「ご都合科学」――に変貌し、信用に値しない代物となるに至っています。 詳細記事

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現代の導師

テレパシー、千里眼、そして他の卓越した霊性能力などを発揮した多くの導師は、今日の発達した科学技術に匹敵あるいは凌駕するほどにも、「意識の科学」を会得していることを示した。平均的な人間もまた、そうした能力のなにがしかはもっているものの、その大半は未開発のままに留まっている。  詳細記事