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表紙の原画家、ゴッホについて

 まずはじめに、当サイト表紙のコラージュをご覧になった方は、ちょっと奇異との印象を持たれたかもしれませんね。お断りするまでもなく、ビンセント・ファン・ゴッホ作の「The Starry Night (通常「星月夜」と訳されている)」を、二重にかさね、背景画にはコンピューター・グラフィックスのテクニックを用い、回転するぼかしを加えたものです(原画はニューヨーク、The Musium of Art に)。
 すべて、私の選択と、私の意匠ですが、かえって、原画の味を台無しにしたかもしれません。
 私は、二十代のはじめ頃、ゴッホが家族、ことに弟のテオに宛てた書簡集を読み、深く感銘をうけました。
 その頃、私は、今で言うフリーターをしており、高価なその書簡集を、日比谷図書館の蔵書に見つけ、貸りて熱心に読んだ思い出があります。A4版の大ぶりな本で、たしか四巻にわたっていました。彼の絵はもとより、その書簡という「作品」を通じ、彼の生き方に、ある強烈な姿勢を感じました。
 千点をこえるゴッホの作品は、彼が生存中にはたしか一枚しか売れず、貧困と失意のうちに、37歳の生涯をみずから絶ちました。そうした彼の作品が、今では、異常なまでの高値をよんでいます。
 2003年2月には、日本でも、「作者不詳」として1万円で売られる予定だった絵「農婦」が、ゴッホの作品と鑑定されると、6千6百万円にまで競りあがったという“事件”がありました。
 今日、世界で最も観客を集めるのは、ゴッホの展覧会であるといいます。こうした、生前の不遇、死後の異様なまでの注目。このギャップは何なのでしょうか。
 芸術社会学を専門とするフランスの研究者、ナタリー・エニックは、その著書『ゴッホはなぜゴッホになったか−芸術の社会学的考察』(藤原書店)の中で、この現象を分析しています。
 あいにくこの本は未読ですが、その書評(『週刊読書人』2005年6月3日号、「ゴッホ 芸術のための殉教者」篠原資明)によりますと、著者は、こうした「ゴッホ神話」をヨーロッパの聖者伝の手法を用いて分析、中世以来の伝統のなかで、社会の規範にはまらぬものが、「逸脱、刷新、和解、巡礼」との四段階のプロセスをたどって社会に受け入れられるパターンが見出せるといいます。
 つまり、ゴッホは、その信念に生きた「殉教者」で、いまや人々は、犠牲となった彼に罪の意識をもち、一種の負債意識を感じている。ゴッホの展覧会に多数の人が参じるのは、そうした人々の、罪をあがなう「巡礼」行為なのである、という見方です。
 私が当サイトの表紙にゴッホの作品を用いたのは、しかしながら、エニックが言うような贖罪意識からではありません。何か、もっと近しいものがあるからです。ひょっとすると、共謀意識からかも知れません。
 私の友人に、イエス・キリストを、人として敬愛しているという人がいます。キリストを神として信仰の対象とするのではなく、書物などから知った、人間としてのキリストの生き方に魅力を感じると彼はいいます。
 それと似て、「殉教者」としてではなく、どうしようもない「変人」としての、生きて懸命に絵をかいているゴッホへの親近感です。
 ともあれ、人間には、洋の東西を問わず、非凡な人の偉業を、自分達とはちがう異次元のものとして切り離し、「聖」の領域に崇めたてまつってしまう性癖があるようです。
そして、その「聖」が買えるものなら、お金には糸目を付けない
 西洋では、一神教の世界ならではの現象とも思われますが、そうすることによって、「俗」界から離れた絶対的存在に依拠する、一種の魂の安定装置を作り出しているように思えます。
 また、日本の場合でも、そうした神格化は、多くの神社にまつられている様々な過去の偉人にみられます。ただ、八百万の神という多神教の伝統をもつ日本では、そうした神々は、互いに相対的関係にあり、一つの絶対者があるわけではありません。
 しかし、一神教の伝統に根ざす西洋社会の場合、他の神は自らの神の冒涜であり、異端は徹底的に排斥され、共存の余地はありません。
 そうしたコントラストの強い社会が、ゴッホを追い込み、また、後世にいたって「和解」をへた後に、強い贖罪意識を生みだしているのかもしれません。
 私には、ゴッホのような壮絶な生き方など、とうていまねもできませんが、そうした彼のひるまぬ姿勢に、敬意と親しみをもって、当サイトの表紙に用いさせてもらいました。
 最後に、ゴッホを主題とした、ドン・マクレーン作詞作曲の 「Vincent (Starry Starry Night)」 という曲があります。
 21年前 (1984年10月)、私が中年留学生としてオーストラリアでの生活を不安ながらにはじめた時、私を勇気づけてくれた曲です。
 その曲をダウンロードしてここに添付します(曲を聞く 
*取り込みに少々時間がかかります)。
 以下は、その歌詞です。私の訳を付してみましたが、その拙さにはご寛恕を。。
  ( このセンテンスは8月17日、追加)

 Vincent (Starry, Starry Night) ビンセント(星ふる夜)
  By Don McLean 作詞 ドン・マクレーン

Starry, starry night.  星ふる夜
Paint your palette blue and grey,  青と灰色のみのパレット、
Look out on a summer's day, 心の闇をみすえた目で、
With eyes that know the darkness in my soul. 夏の日に思いをはせる。
Shadows on the hills, 影なす山々に、
Sketch the trees and the daffodils, 木々や水仙をあしらえ、
Catch the breeze and the winter chills, 冬の冷え込みと寒風をそえ、
In colors on the snowy linen land. 雪をまとったこの地の彩りとする。

Now I understand what you tried to say to me, どれほどに気を病み、
How you suffered for your sanity,   どれほどに、それともがいていたことか、
How you tried to set them free. いま、君の胸中を知る。
They would not listen, they did not know how.   聞く耳をもたず、なすすべもなきそれも、
Perhaps they'll listen now. もしや、今、君に聞き入る。

Starry, starry night.
星ふる夜
Flaming flowers that brightly blaze,
青磁色のビンセントの眼にうつる、
Swirling clouds in violet haze,
燃え上がらんばかりの花々、そして
Reflect in Vincent's eyes of china blue.
青霞の中、うずまく雲々。
Colors changing hue, morning field of amber grain,
朝、色調うつる琥珀色の麦畑、
Weathered faces lined in pain,
やつれ顔に皺なす苦悩、
Are soothed beneath the artist's loving hand.
この画家の筆にのみ、安らぎに変わる。

Now I understand what you tried to say to me,
どれほどに気を病み、
How you suffered for your sanity,
どれほどに、それともがいていたことか、
How you tried to set them free.
いま、君の胸中を知る。
They would not listen, they did not know how.
聞く耳をもたず、なすすべもなきそれも、
Perhaps they'll listen now.
もしや、今、君に聞き入る。

For they could not love you,
愛が君をつつまずとも、
But still your love was true.
君の愛はいまだ消えず。
And when no hope was left in sight
だが、希望なきその時にいたり、
On that starry, starry night,
星ふる夜、
You took your life, as lovers often do.
恋人達のように、君は命を絶った。
But I could have told you, Vincent,
でもビンセント、君に言おう、
This world was never meant for one
この世界は、君のような、
As beautiful as you.
みごとな存在であったことはない。

Starry, starry night.
星ふる夜
Portraits hung in empty halls,
肖像画が空ろな部屋を飾る、
Frameless head on nameless walls,
作者名のない、無額のそれら、
With eyes that watch the world and can't forget. その目はこの世をみつめ、忘れえず。
Like the strangers that you've met,
君が出会った見知らぬ人々のように、
The ragged men in the ragged clothes,
そまつな衣服の名の無き人も、
The silver thorn of bloody rose,
真紅のバラの銀のとげ、
Lie crushed and broken on the virgin snow.
虚偽は、純白の雪に、微塵と化す。

Now I think I know what you tried to say to me,
どれほどに気を病み、
How you suffered for your sanity,
どれほどに、それともがいていたことか、
How you tried to set them free.
いま、君の胸中にいたる。
They would not listen, they're not listening still.
未だそれは、聞く耳も、なすすべもなし、
Perhaps they never will.. だが、もう、二度と・・・

 (松崎 元, 2005.8.15)
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