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新規起業風景


“レストラン”を開店します



 60の手習いとして寿司修行を始めたのが6年前で、これが、生まれて初めてのレストラン業との関わりの始まりでした。そして、その修行を5年間つづけ、昨年、ひとまずの切りをつけ、もとのコンサルタント業に復職した経緯については、この 「風景」 シリーズに書いてきた通りです。
 実は、その修行を終える時、ある 「レストラン開店」 の構想がありました。それは、私のような二周目世代の寿司シェフたちで営業する、 “シルバー寿司店” といった感じのもので、セミリタイアしたベテランシェフが幾人かで、もうフルタイムでは働かないものの、その “余業” を楽しむといった店でした。
 そこでは、老練シェフたちは稼ぐ目的はもう二の次、三の次で、しかも、週に二、三日程度のシフトで互いに交替し、給料にしても、もう名目程度でいいですから、その分、メニューの値段だって安くできる。また、お客さんも、そうしたリタイア世代が中心で、たとえば、釣りが趣味の人は、その日の成果を持ってきてそれを下して握ってもらう。そんな具合で、料理も楽しむが、互いの二周目人生の華を交換し楽しみ合う、そんなイメージの店でした。
 そこで実際に、幾人かのめぼしきベテランに話を持ち掛けてみましたが、残念ながら誰も乗っては来てくれず、それはアイデア倒れで終わっていました。
 「レストラン」 開店についてはそんな経緯はあるのですが、しかし、ここに言う 「レストラン」 とは、その二番煎じではありません。そうでないどころか、完璧に違う内容や業態のものです。
 ただそうではありますが、私が上記のアイデアで寿司屋にこだわっていたように、ここでも、そんな商売の在り方に価値を置いています。つまり、誰にも雇われず、誰をも雇わずに、しかもお客さんとは差しで向かい合って直接にやり取りができる、そういうじかの接客関係――昨今のビジネスにはこれが乏しい――へのほれ込みです。
 加えて、そうしたアイデアに並んで大事なことですが、この 「レストラン」 業は、実業として実際の事業への挑戦です。したがって、そこで提供されるお料理は有料での販売となります。

 ならばそれは、どんな業態の寿司屋で、一体、どこに開業するのかとの質問があるでしょう。
 そこでまず、その店の場所ですが、それを、たとえばここシドニーとか、あるいは、日本にもどって東京のどこかにしたとすると、その店に通える人は地理的にひどく限られます。これではあまりにつまりません。
 それに、おそらく、その店に来ていただけるお客さんは、人口密度としてそれほど高くはないでしょうから、そうとう広範囲に商売圏を広げておかないと、商売としての成立は厳しいでしょう。
 そういうわけで、その店は、ネット上にオープンいたします。そうすれば、事実上、地理的制約はゼロとなり、言葉上の困難を抜きにすれば、たとえ世界中どこであろうと、そのお相手をすることが可能です。
 さて、次に、それが 「レストラン」 であるなら、ネット上で、一体、どういう料理を出そうという積りでしょう。
 ひとことで言えば、それは、 「食べる」 料理ではなく、 「読む」 料理です。
 ちょっと回りくどく説明させていただくと、私はこれまで、当ウエブサイトで、この 『私共和国』 と、もう一つの 『両生空間』 を二本柱として運営してきました。そして、HPの 「このサイトについて」 に述べてありますように、この二つのサブサイトを、前者を現実生活、ことにお金稼ぎという必須事項との密着性に焦点を当て、他方、後者では、そうした現実にあえて距離をとって、思考やフィクションを中心とした世界に焦点を置き、そうすることで、両者間の区別を意図的に際立たせてきました。
 こうした私の 『私共和国』 での “現業” あるいは “実業” との接近性と、その他方の 『両生空間』 においての “虚業” との取組みという二本立ての仕組みは、私にとっては、自分の人生に幅を持たせる不可欠の工夫であり、装置でありました。
 つまり、 「実業」 と 「虚業」 の二足わらじをはくことで、一種の “ヘッジ” をかけてきた私の方式だったのですが、先月の友人の死をもって示された、あと 「15年」 とのカウントダウンに突き動かされて――それこそ、 「待ったなし」 の境地に立って――、改めてというか、大いに遅まきにしてというか、それらが一つに収斂してゆけそうな、あるいは、させてゆくべきである、そんな気配が立ち上がってきているのです。
 いうなれば、こうしておそらく最後の、 “年貢の納め時” を迎えているということなのでしょう。
 ともあれ、そいう次第での “レストラン” の開業ということなのですが、こうした設定でありますので、そこでサーブされるお料理は、通常のレストランのように、舌で楽しんでいただけるものとはなりません。文字という食材で調理された、頭の中でのおいしさを楽しんでいただくものとなります。
 そういうわけで、その店の名を、
としたいと、いま、構想しています。
 そこでこの 「ブリッジ」 とは、その虚業と実業を橋渡しするという意味がひとつと、そして願わくば、 「出口」 へと軟着陸してゆきながら、現世とその先の世界との架橋も志したいとする 「大願」 もあります。
 先にも言いましたように、人の生涯には、ほぼ50年のコア部分の前後に、15年づつの 「入口」 からの “導入部” と 「出口」 への “退出部” が設定されています。
 思うに、この前者への 「ブリッジ」 には、個体向けには生物学のうちの遺伝学やら分子遺伝学さらにはDNA分析などの分子情報学などがあり、集団向けには歴史学やら考古学、人類学など、それこそその研究法は盛りだくさんです。しかしながら、後者への 「ブリッジ」 は、それは宗教の独壇場の感があり、入口側に比べて余りに “モノカラー” でもあります。こうしたアンバランスから見ても、こちらの分野には、まだまだ手付かずの研究領域があまた潜んでいるように見受けられます。
 そうした多彩なブリッジング・メニューが想定されるこのレストランなのですが、そうした “ご託” はともあれ、実際にご提供できる “お料理” が、果たして、読者のみなさんの “お口” に合うものとなれるのかどうかは、大いに気掛りであります。そうではあるのですが、どう少なく見積もっても、好奇心という空腹感には大いに食指を動かしていただけそうなお料理くらいは、お出しできるのではないかと考えています。
 それに、それぞれに個体差はあれ、身体もまた生活も人それ相応にあい似て、自分なりの軟着陸法を固めつつある 「二周目」 世代にとって、知的舌つづみをうたせてくれる料理との出会いは、 「冥土への土産」 ではありませんが、これまた格別の滋味ともなれるものではないかと想像します。加えて、人の誕生までの栄養源がいかにも “物的” であるのに比べ、出口以降への旅にはもはやその必要はなく、むしろ 《別次元の栄養素》 を必要としているかとも思われます。
 おそらく、こうした分野を 「レストラン」 と謳うのは初めての試みかと思います。むろんこの命名は比喩にすぎませんが、それがレストラン風、ことに、かっての寿司屋のごとく、カウンター越しに差し向かい合った生身の遣り取りのある業態をこそ、 「二周目かいわい」 にはふさわしい方法とイメージしています。そして、そうであるがゆえに、そのレストランが、未来に向かい、かつ、カウンター越しに、 「ブリッジ」 してゆける醍醐味がそこにあると期待しているものです。
 以上のように、私にとってこの試みは、ネットという 「バーチャル世界」 の無距離性を活用しつつ、それは 「リアル世界」とも関わり合ってゆく真剣勝負な試みです。そこで、そうした二つの世界を、これまた 「ブリッジ」 する必要から、このレストランでお出しする料理には、恐縮ながら、御代を設定させていただき、お客さまのリアルな判断の試練を受けたいと思っております。

 現在、以上のような方向で開店の準備中で、実際の開店は、数ヶ月先になるかと思います。
 つきまして、読者の皆様で、この 「ブリッジ・レストラン 二周目かいわい」 に関心をもっていただけ、実際にお越しいただけそうな方に、その場所や値段設定を含むより詳しい内容の案内を、後日の公表に先だって、お知らせできます。
 その案内をご希望の方は、その連絡には、このページの左蘭の 「発行者へのご意見」 をご利用ください。そしてその際には、お手数ながら、
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 (2013年3月22日)


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