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     <連載> ダブル・フィクションとしての天皇   (第4回)



 まず初めに、前回の文末で指摘した、いくつかの箇所で、脚注が「過疎なところ」が発見できる、ということに関して。
 たとえば、そのもっとも顕著なところは、第一章の、脚注番号にして 111-112 間の、4パラグラフにわたる、残虐行為の詳細を述べている部分です。いわば、「南京事件」にかかわる決定的な目撃証言談の出所が明示されていないではないか、といぶかされかねない箇所です。
 こうした、証言談の連続であるこの章のひとつのハイライト部分なのですが、しかし、脚注をいちいち入れようとすると余りに煩雑で極めて読みづらくなるのも確かです。このへんの “痛し痒し” を勘案して、著者は、巻末脚注の第一章部分の冒頭で、そうした記述に関連する出典をまとめて並べあげ、あくまでも、出所に忠実である原則を貫いています。
 ただそれでも、そうした部分は、もし、個々の出所を厳密に確認しようとする読者には不親切ではないか、との指摘は残ると思いますが。

 前回までの「訳読」で、私にとって明らかなことは、「南京事件」に関し、それを防ぎうる地位にありながらそれができなかった責任をとって、処刑をすすんで受けた松井岩根にとって、日中友好は最大の目的であり原点であるということです。だからこそ、興亜観音は、皇居には背をむけ、南西に向かって合掌しているのであり、いわんや、彼の亡き意思を語って、中国への敵対的姿勢を論ずることは、まったくの捻じ曲げで、彼の霊への最悪の冒涜とも言えるものだと思う。
 ともあれ、この訳読を通じ、松井岩根という人物に出会い、当時の軍人の中に、そのような偉大な隣人愛と良識をそなえた人物がおり、しかも、敗戦時の日本人の選ぶべき精神を、天皇をもふくむ他のいかなる指導者もなしえなかったかたちで、最も気高く体現させていたということの発見は、私にとって、日本のあの暗い過去への新鮮な再認識でした。
 しかし、松井岩根がそのようにしか生きること、あるいは、死ぬことができなかったという、そういう時代を受け継いで、日本という国が今日へと至っているとの認識は、ますますと深みと暗さをもって、この国の枠組みのあやしさを再確認させるものとなっています。

 これは私の空想なのですが、松井と孫文の壮大な構想が実を結び、何らかの “東亜帝国” が形成されていたらどうなっていたのでしょう。ただ、私はその結果について、残念ながら、肯定的にはなれません。両者間に決定的違いとしてある、大陸国と小島国という対置が、しかも歴史的背景を大いに異ならせながら、周囲の半島国や他の島国を巻き込みつつ、調和ある一大国となりえた要素はあったのか? むしろ、いずれそれは、何らかの形の醜い植民地支配に堕さざるを得ない運命にあったのではないか。まして、そうした動きを、欧米列強諸国が手をこまねいて傍観しているわけはなく、いっそう複雑な拮抗関係を生み出し、その中でもまれにもまれたに違いないでしょう。
 そういう意味では、「東亜の統一」の実現には、欧米諸国の側も洗練される必要があったでしょうし、そうした練れた国際関係か成立するなかで追求されるべきもので、当時の状況下では、時期尚早なものであったと思われます。つまり、そうした先見性の高すぎる理念の追求という面が、松井にとって、《ルートX》 をあやつる軍事的拡大主義に足元をすくわれ、結局は、すべての責任を転嫁される大いなる弱点となった。つまり、そこに軍人としての限界、あるいは、ひょっとすると、ひとりの人間としての陥穽があったのかも知れません。

 さて、今回より、本 「訳読」 は第二章へと入ってゆきます。その題名 「原子爆弾」 が暗示するように、読者にとって、前章が残虐行為の加害者側の立場を強要したのに対し、この章では、いやでも、被害者の立場を強要します。日本人が、とかく、オール・オア・ナッシング風の、両極端な立場にすがりたがりがちな傾向をもち、そうした片手落ちを、暗に指摘しているかのような、著者の議論展開です。
 ただ今回は、作業時間の制約の関係から、訳のできた分量がこの章の四分の一程度で、あまり多くありません。そうした事情から、この章に関したコメントについては、次回にまわしたいと思います。


 (松崎 元、2006年9月15日)
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