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<連載>  ダブル・フィクションとしての天皇 (第44回)


「三月事件」 とは何だったのか

 今回をもって 「三月事件」 の全貌が明らかとなるのですが、 「三月事件」 には二つの狙いがありました。
 まず、それは、内大臣牧野伸顕の指示により、日本の政界の中の立憲君主派――つまり天皇を選挙によって選ばれた国会の下に属させようとする――を壊滅させるために仕組まれた政治謀略です。
 また、軍というのも、近代政治機構の内では、国会の決定によって動く一種の行政組織――警察とならぶ秩序や平和の強制執行機関――のはずなのですが、そこにもこの謀略は働きかけられ、軍の内部に、天皇派と言ってもよい反立憲君主主義勢力と、それに疑問を持つ勢力に分けさせられます。前者は今後、軍の南進論と結びつき、後者は北進論を形成してゆくようになるようです。これが第二の狙いです。
 私は先に、私共和国 第27回 究極の “民営化” で、国家の私営化としての天皇制ということを述べたのですが、そういう国家の私営化の過程における反対勢力をつぶす策動のひとつが、この 「三月事件」 であったと見れます。
 ことに、国家の私営化には、そういう国家の実力機関である軍も私営化しない限り、有効には働きえません。そこに、政治、つまり政党政治への不満を利用して、国の浄化を口実として軍部を煽りってうごかし、国家の武力による乗っ取り、つまりクーデタを起こすという発想となります。
 しかもこの 「三月事件」 は、そういう発想のもとに、事態がそこまで熟していないことを承知がゆえ、それに口火をつけるために、国民の不満がそこにまで達しているかのごとく言いふらし、軍部に誘いをかけている点がさらに巧みです。しかも、その誘いはニセの誘いで、おとりであったわけで、加えて、罠にかけようと狙われていたのが、立憲君主的な宇垣陸相であったわけです。その巧妙さには、何とも恐れ入らされます。
 すなわち、 「三月事件」 は、政治の私営化と軍の私営化といいう、二股をかけた私営化をなしとげるための、第一段の試みでした。そしてその試みはみごとに成功します。ことに、こうして私営化が進んだ軍部には、今後、いわば “社長命令違反”とでも告発する、 「統帥権干犯」 という考えが金科玉条とされて乱用されるようになります。
 天皇君主制とは、ひとつの部族国家を治める王制のことにほかなりません。その主権は国王に帰属し、それが国民に帰属する民主主義国家とは根本的に性格を異にしますし、国民の政治的成熟という意味では、二歩も三歩も未熟な状態です。
 1931年当時、選挙権は有産男子のみで、制定憲法はあるものの、君主は国民でありません。1931年と言えば、1923年の関東大震災から8年後です。しかも時勢は世界恐慌後の時です。国民の政治への不満は深く、そのはけ口とは言わずとも、そうした諸困難からの何らかの突破口が求められていた時でした。

 ところで、その震災から88年の今年、日本は新たな巨大震災をこうむり、甚大な重荷を背負いました。
 現在、世界に恐慌の状況はないものの、不安定な状況は不気味に潜在しています。
 今の日本が1931年以降をたどるような道を進むとは考えられませんが、ただ、無関連と放置してはおけない状況です。

 では、いつものように、 「訳読」 ご案内いたします。

 (2011年4月20日)



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