オーストラリア経済の要所
 オーストラリアは、過去二十年、後退のない順調な経済成長をとげ、さらに近年では、資源産業を中心とした海外からの巨額投資によってブーム状況を呈しており、先進諸国の中でも群を抜いた好調な経済発展を見せています。
 ロンドン・エコノミスト誌の5月28日―6月3日号はそういうオーストラリアに焦点を当てた16ページにわたる特集記事を掲載しました。各方面について分析したその記事のうち、以下は経済に焦点を当てた部分の翻訳です 【翻訳:松崎 元、〔 〕 内の注記や小見出しは翻訳者による】。

 オーストラリア一望
 
まずはじめに、翻訳本文に入る前にオーストラリアに関する基本数値(2010年時点)を一望しておきます(下図参照)。
  ・ 総人口=2,240万人(アジア人の構成は10パーセント)
  ・ 国内総生産(GDP)=123億米ドル(98兆円)
  ・ GDP成長率=2.3パーセント(2010/11年度予測)
  ・ 一人当たりGDP=55,590米ドル(445万円)
  ・ 政府支出=GDPの35パーセント=43億米ドル(34兆円)
    〔1米ドル=80円、1豪ドル=85円で換算〕



 ブームを空しく終わらせないために

 バランスある見方として、オーストラリアが終わりなき繁栄の方法を発見することはありえなく、また、現在の低輸入品価格、高輸出品価格、アジア市場の旺盛な需要という一連の条件が永遠に続くこともありそうにない。ならば、なぜその良い時期を、その国の運が悪転した時のために、何かをなしておくことに使わないのだろうか。
 過去のブームはおしなべて、インフレーション、高金利、くわえて、不景気の到来で終わるのが常だった。たとえ、豪ドルの変動制導入や労働市場の自由化 〔いずれも90年代の労働党政府が取り入れて生産性の向上を果たした〕 が今日にはもはやそれほどの効果を見せないとしても、さらに何らかの変化が望まれるところである。実際、それらの変化の効用は過去のこととなり、その大きな変化の時代は、2003年にハワード 〔自由・国民連合政府〕 の7年間の政権の間で終わった。彼はただひとつの大きな努力をしたのみだった。すなわち、2006年に労働市場に最後の攻撃を加えた。しかしそれは労働組合の力とストライキ権に余りに過酷な制限を加えることに終わり、2007年、ラッド労働党政権の登場により、そのほとんどが元に戻されることとなった。


 資源産業の支配
 現在のオーストラリア経済の主要な特徴は、資源産業の支配である。その効果は為替レートに反映し (今年5月、29年振りに1豪ドルは1米ドルを超えた)、また、その効果はことに、直接に貿易に関係している他の産業に影響を与えている。地下資源業は海外からの巨額の投資を飲み込んでいるが、いまのところ直接的にはわずかな雇用増をもたらしているのみで、しかもそれは、クイーンズランドと西オーストラリアという二つの州に限られている。旅行、ワイン、教育といった 〔輸出関連〕 産業は息も絶えだえといった状況である。
 こうした不均衡を回復するために、何か手は打たれているのだろうか? それはされていると言えるだろう。オーストラリアの産品輸出総額は、今年22.1億ドル(18.8兆円)に、来年には25.1億ドル(21.3兆円)達すると期待されている。地下資源企業は、たとえ何らの生産拡大をしなくとも、ただ産品価格が高騰しているだけの理由で、その収益は滝のようにそのふところに流れ込んでいる。それは例えば、BHPブリトン社(英・豪系企業)はこの2月、半年間の利益が1.05億米ドル(892億円)と発表した。その額は一年で72パーセントの増加で、その今年一年の利益は2.3億米ドル(1955億円)と見込まれている。この会社はいまや世界で五番目の大企業である。これも英・豪系の企業で、上社のライバルあるリオ・ティント社は、昨年の利益が2.06億米ドル(1751億円)で、年162パーセントの増加と発表している。また、オーストラリアで第三の資源大企業、スイス・エクストラータ社は2010年に0.66億米ドル(578億円)、年337パーセント増の利益を計上している。
 こうした数値には、オーストラリアのような環境では、何らかの課税の話がおこりそうだ。そしてそれは実際の話となり、この数年間の議論の的となってきた。2008年、財務長官のケン・ヘンリーは、税制改革の案を作るようにと諮問された。そして彼は138項目にわたる改革案を提出、そのひとつが、資源業への超過利益税の提案だった。ヘンリー長官はこの税収を用いて、企業税を5パーセント引き下げ、資源ブームによる恩恵を経済の他の部分にも広げるつもりだった。2年後、総選挙が近づいた時、時のラッド首相 〔労働党〕 は、この構想は支持を勝ち得ると考え、突如、その手直し案を政策として採用した。それに怒った資源企業は、この課税案を阻止する全国的運動に着手した。ラッド首相は同時に、支持の多かった炭素税構想についてはこれを放棄したため、党内の反発をかって退けられ、急遽、現在の首相のジュリア・ギラードに取って代わられた。彼女 〔オーストラリア初の女性首相〕 はラッドの税を取り下げ、資源企業との話し合いに入った。そして、石油や天然ガスに課されているような、より穏やかな 「資源レント税」 を鉄鉱石と石炭業に課すこととし、2012年7月発効とした。かくして、この先数十年間に生じるはずだった税収入増は、ラッド構想より10億ドル(8500億円)も減額されることとなり、他方、資源企業は、生産のために用いたものではないにもかかわらず、その6週間の反対運動に費やした2200万ドル(19億円)だけの出費で、はるかに大きな減税成果をえることとなった。
 ギラード首相の優先政策は、政府予算を2012/13年度までに黒字(2010/11年度はGDP対比3.6%の赤字)へともって行き、 「維持可能」 な予算を確立することだった。同政府はまた、社会資本に資金を注ぎ込み、雇用主の年金負担を給料の9%から12%への引き上げを支援し、また、過去最大のインフラ事業である全国的ブロードバンドを構築することで、経済の規模と生産性を拡大することを計画している。
 オーストラリアの国家財政が他のほとんどの富裕国よりはるかに強固となることは喜ばしいことなのだが、そうした幸運な歳入の一部を、なぜ、なんらかの基金につぎこむべきであるのか。政府の説明によれば、すでに 「未来基金(Future Fund)」 とよぶ基金があり、それは2006年に公務員年金支払いを援助するために設立され、7億ドル(5950億円)以上の資産を所有している。それに、一般年金 (Superannuation) の基金が130億ドル(1兆1千億円)蓄積されており、政府にすれば、 “悪天候への備え” がこれらの基金だと言いたげである。しかし、多くの人々は、オーストラリアは真の政府保有基金が必要だと考えている。 
 これに対して、ある政権がそうした基金を築くと、次の政権がそれを無駄使いすると指摘する議論もある。確かに、1990年代のビクトリアでの州予算黒字がその一例で、よってハワード政府は連邦政府の黒字はGDPの1パーセント以内とすると決めてしまった。そうして設置されたのが 「未来基金」 だったが、後にブロードバンド事業に使われた。だが、他の余剰歳入はハワード政府によって非生産的にしか経済に投入されず、ゆえに、いまのオーストラリアに、 〔世界金融危機の前の〕 2006−07年の好況を再現しえるものはほとんどない。
  “棚ぼた” 式の歳入は交易条件に大規模な変動を与えうるがゆえ、それを一時的な資源として使い果すべきでないとする見方がある。経済の好況時に資金を備蓄し、必要な時にまわすことで、政府保有基金として財政安定化に使うことができるからだ。
 さらに、政府保有基金もしくはその一部は、社会資本整備に使うべきだとする見解もある。さらには、総需要を拡大することで、景気循環を、弱めるのではなく、むしろ強化すべきとも主張する。しかし、どんなたぐいの基金も、危急の際には役立つもので、オーストラリアが黒字の際は、GDPの1パーセントという制約はあるものの、その有用さは先の世界金融危機の際にも証明された。つまり、お金の壷は大きければ大きいほどよいのだ。
 一方、医療、住宅、技能労働力不足、気候異変の問題はすべて危急の課題だ。また、大学教育も海外のライバル大学と張り合うなら、多額の予算と努力を必要とする。オーストラリアには、6ないし7の有名大学があるが、そのうちでもトップの大学――オーストラリア国立大、メルボルン大、シドニー大――でさえ、世界ランキングで光っているわけではなく、上海順位表の上位50に入る大学では、まったく特徴らしいものはない。重要なことは、オーストラリアで学ぶ留学生により、教育産業はこの国の三番目に大きな外貨収入となっている。さらに、その水準はさほど高いものでなく、オーストラリアの大学や専門学校は経済が必要とするだけの労働力を生み出していないと見る者もいる。ともあれ、もしオーストラリアが、鉄鉱石以外の分野で競争力を持とうとするなら、高度な教育を受けた労働力を必要とする。

 生産性の低下化
 教育とも関連するが、生産性の問題がある。1990年代に改善した後、総合生産性の向上率は世紀の終わりにピークを迎え、それ以降は鈍り始め、およそ5年ほど前でマイナスに転じている。その理由について、誰も明確には判っていない。ひとつの説明は、2009年までの8年間の干ばつで、程度の差はあるものの大半の地域に影響を与えたこと。別の見方では、地下資源への投資は、効果を見せるために時間を要するというものである。第三の見方では、金融危機の期間、雇用主は、慢性的な技能労働者不足の中で、手持ちの労働力を削減せず、その労働時間を減らさせて対応した。その結果が、労働者当りの生産額の低下だった。第四の見方は、オーストラリアでは余りに規制が多く、往々にして効率を欠くというものである。

                     生産性向上率の推移
      
 グラッタン研究所というシンクタンクのサウル・エスレイクは、薬剤師、弁護士、医師や他の専門職への競争を促すことは、新聞販売店といった小規模事業者や、国際航空業や農業といった大規模事業とともに、改革の必要な分野であるという。防衛産業もまた国産品に調達を限定することをやめるべきであるとしている。
 だが、誰もが、そうした変化がただちに可能だとは見ていない。それは、オーストラリア人が驚くほどに規制に寛大であることがそのひとつの理由だ。彼らは、反権力的であることに誇りを持っていながら、当局の望むそうした規制を逆に受け入れながら共存している。かって1980年代にシドニー中心部のドメイン公園に掲げられていた、 「木に登ること、塀や椅子を飛び越すこと、椅子の下に寝ることを禁ず」 、とか、 「飛行機の着陸を禁ず」 といった禁令は取り払われた。だが、オーストラリアの空港で、輸入の禁じられたりんごやバナナを見つけるために国内旅行客の間をすら嗅ぎまわる犬は、インドの免許王国にも匹敵する、オーストラリア人の規制好きを物語っている。
 2000年代の大半、すべてが労働党政権であった州政府は、法律制定の責任の多くを負っており、法を変える努力やそれぞれの 〔法体系〕 の調和を図るべきである。諸法制の調停を促すのはオーストラリア諸政府協議会の役目だが、そこでなされた合意は、必ずしも迫力のあるものとは言えない。また、いくつかの州は、無境界経済の考えを受け入れることに躊躇している。たとえば、弁護士の全国的法制の原則を四つの州が合意したが、南オーストラリアや西オーストラリアはそれを留保している。
 連邦政府にしても税制を見直して現行制度を改める必要があり、消費税率を現行の10パーセントから引き上げて、低所得者や小規模事業者らへの負担を引き下げたいところだ。ヘンリーの税制見直しは、すでに18ヶ月を経て、より多くの考えを引き出している。
 低下する生産性の影響は現在あまり注視されておらず、だれもそれに懸念を表していない。だが、もし交易条件が悪化すれば、それによって、問題の解決がより難しくなることは明らかである。オーストラリア国立大学の経済学者、ワーウィック・マックキビンらは、アメリカやその他の国の物価インフレが始まって交易条件を変化させ、オーストラリア産品の強さが低下すれば、現在のブームは2014年にも終結すると見ている。つまりマックキビンは、オーストラリアの中央銀行――自身もその役員メンバーの一人――にとって、金利を引き上げる以外に選択はない、と言っている。その一方、 〔交易条件の悪化で〕 輸入品はいっそう高価となり、鉄鉱石や他の鉱産物の生産者は新たに増えるだろうが価格を引き下げる。こうして、交易条件さらは悪化してゆく。

 (2011.6.22)

 
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