住宅価格の敗走、経済に致命傷

貨幣価値が下がると家計は出費を抑えざるを得ない。それは失業率を押し上げ、住宅ローン不履行を拡大し、強制売却や、不安定な銀行バランスシート状況を加速させ、経済活動の下振れを起こす。こうした恐怖のシナリオは、オーストラリアにとって赤裸々となっており、住宅価格の暴落ほど恐ろしいものはないと思われる。【以下はオーストラリアン・ファイナンシャル・レビュー紙(2017年3月3-4日付け)の伝える特集記事の翻訳(本サイト訳)】

 過去数十年間、オーストラリア人の心理に確かな経験と広範な信念を累積させてきたのが、住宅価格の上昇である。かくして、もしそれが下がり始めた場合、不似合いな記録的な借金にまみれた国が、どのようにしてそれを乗り切って行けるのかは、誰も解っていない。

また、住宅価格は下がりうるが、多くの人はそれが、過去20年間に実質250パーセントの値上り率を達成してきた実績を信じている。ということは、その間に、住宅価格がインフレ率を2.5倍も上回ったということでもある。

各国の実質住宅価格の変動(1995年を100とした指数)

 

注目される警告

経済協力開発機構(OECD)が今週、挑発的に警告――3月3日付豪州各紙がトップで報道――したように、オーストラリアの次の景気後退の原因となるのは、住宅価格や借金拡大の崩壊のリスクである 。

このOECD分析――常に豪州準備銀行と財務省の強い影響下にある――が注視されるのは、そこに、住宅価格が今後の災難の原因となる見通しが増加していることである。

不動産バブルに関する従来の観測から言って重要なことは、住宅価格の下落は失業率の急上昇の後のみに生じ、人々がローン返済能力を損なわせたり抹消されたりするからである、とするものであった。

しかし、このOECD分析は、その因果関係は、今や、失業率の上昇ではなく、雪だるま式の増加を放棄せざるを得ないことであると示唆している。つまり、単純に過度の負債を抱えてきた世帯の中で、突然な気付き(「パニック」と呼ぶにふさわしい)が広がることにあるとしている。

貨幣価値が落ちると、世帯は支出を抑え、銀行口座を相殺し、健全な余裕や、経済的バッファーさえも抑える可能性を生む。

つまり、 OECDはこれまでの秩序立った「是正」の道筋――失業率を押し上げ、住宅ローン不履行の拡大、強制的な売却、銀行残高の苦悩、そして最終的には住宅価格の下落――から、住宅価格の「敗走」が起こりうると警告を変えたことである。

OECDが描いたシナリオは、オーストラリア人は、失業したり支払いができないからと言うより、むしろ負債を過度にかかえる重さに耐えかねなくなる、というものだ。

 

お粗末な品質

住宅所有者がその広範囲にわたる――比較的小さな市場ではなく、65兆ドル居住用不動産市場の半分以上を占めるシドニーやメルボルンといった――市場に広がる感情の悪化をどのように表現するかは誰も分からない。規模について言えば、その数字は年間GDPのほぼ4倍にも相当する。

 自己管理型年金保持者やオフショア投資家の大群が、駆け足で建設される数十万の低品質の靴入れ型アパートを、図面上で購入を決め、それが完成して期待の価値がない現実に突然目を覚ました場合、何が起こるだろうか。
 確かに、アパートの賃貸利回りの崩壊は炭鉱のカナリアとなりうる。この事態は、その購入は投資家にとってただキャピタルゲイン〔価格値上がり〕のためでしかなくなり、日常収入を生み出さないことを示唆している。そこに、もし価格がぐらつきだした時、彼らはどのように反応するだろうか。
 オーストラリアは2017年を迎え、その2400万人の国民は、かつて問われたことのなかった問題――壮大な規模の住宅バブルの問題からこの国がどのようにして抜け出せるのか――に遭遇している。
 たとえそれがバブルとは考えないとしても、住宅の質の悪化と住宅価格の高騰は、長くは放置できない症状なのである。

オーストラリア主要都市の住宅価格変動(2005年を100とした指数)

 
 長年の遺産 
 こうした症状は、勤務地の近くでの良質の住居や効率的な公共交通機関の不足、新しい住宅購入者に対して既存の住宅所有者や投資家を優遇する歪んだ税制、過去の政府政策の長期の遺産、そして、売り手のふところにもっと多くのお金をもたらす効果をなす「買い手」向け助成金、などの結果である。
 外国人投資政策にも責任がある。不動産市場に流入したオフショア・マネーの洪水を適切に管理していないことは、その解決までに、まだ長い道のりがある。中国人投資家が――中国人投資家のために――建設したアパートのどれだけが、数十年後、オーストラリア人家族を住まわせることができるだろうか。
 近年、政治的な失敗や計画の欠如のため、これらの問題はすべて悪化している。住宅市場がパニック状態に陥った場合、これはおびただしい責任追及が行われるべき事柄である。
 ハードランディングの可能性に対し、オーストラリアでは何らその準備が行われていない。
 シドニーとメルボルンの市場を冷やすために、公式の金利を直ちに引き上げるといった、本当に強力な対策が残されている。
 ただし、連邦準備銀行はその道には乗り気ではない。というのは、連銀はドルの上昇を望まず、他の理由の中でも消費者の反応に懸念があるからである。
 消費者主導の景気後退の可能性は、中央銀行にとって重大な問題であり、最近、フィリップ・ロウ総裁は、家計の消費を抑えるために金利引き上げをあまり重視しないことを繰り返し提言している。
 先月でもロウ総裁は、多くの人々にとって、賃金の低い伸びと高い借金が「真面目な組合わせ」となったと述べている。
 
 消費者の重要性
  今週公表された国民経済データは、消費者が経済全体にどれだけ重要かを物語っている。
 資源輸出は外国の需要と成長の変化に大きく左右されているが、家計部門は依然として基盤をなしている。
 消費者支出はGDPの60%弱を占め、昨年第4四半期のGDPの1.1%成長のほぼ半分を占めた。
 2016年の賃金上昇がわずか1%であったにもかかわらず、人々はまだ幸せに過ごすことができている。その一部は、生活水準を維持するために貯蓄を取り崩す動向によっている。
 国民の貯蓄率は5.2%までに低下している。これは世界同時不況以来の最低水準であり、当時、家計が窮地に陥ることを恐れて、数年にわたって貯蓄率を10%以上へと押し上げていた。
 貯蓄率の低下が良いニュースかどうかは未解決の問題である。各世帯がより自信を持っているというサインかも知れない。それとも、この先のトラブルの引き金役になっているのかも知れない。あるいは、賃金や収入が今後数年間で回復するのではないかとの期待があって、人々は貯金に手を付け始めた可能性もある。いずれにしても、その核心に楽観主義を伴っている。しかし、もし事態が悪化すれば、オーストラリア人は景気後退に対処するための蓄えを減らしているのは確かである。
 
 新たな燃料
 多くのアナリストは、連銀をこきおろすことに熱心で、昨年の2回の金利引き下げは不必要で、既に燃え上がった火に新鮮な燃料を加えただけだとしている。
 だが他方、それはより広範な現実の一端を巡っての事実上のこじ付けで、規制当局は、銀行にいっそう厳しくあるべきであるとしている見解もある。
 それならば、次のような事態はどうなのか。
 今日のシドニーとメルボルンの高過ぎる住宅価格は、景気を良好に保つために、真剣に熟考すべき「コスト」となっている。
 特に若いオーストラリア人は、連銀が公的金利を現在の超低水準まで引き下げたことで住宅価格の高騰に油を注ぎ、大いに――決して誇張でなく――憤慨している。
 しかし、もし金利を引き下げていなかった場合、今日の経済はどうなっているのかを考えてみなければならない。
 
 苦痛の豪ドル高
 2008年、世界同時不況の危機に直面して、米国、欧州、そして日本における世界的な金利引き下げと半狂乱のマネー・プリンティングは、オーストラリアを圧倒する流動性の大波を発生させ、オーストラリアの独自防衛策の確立を不可避にさせた。
 2010年後半、豪州連邦準備銀行は金利を据え置き――現在の1.5%と比較して4.75%に――、オーストラリアは「自国通貨を買う」と世界に宣言した世界で唯一の地となった。
 忘れてはならないのは、豪ドルは、2012年、2013年、2014年の大半で、苦痛なほどに過大評価を維持し、米ドルと同等の水準にとどまらせた。
 資源ブームが後退した際、何が起こったのか。2012年後半に貿易量としてピークを迎えて以来、60万人の雇用が創出されたのはどの産業であったのか。その雇用は、観光、教育、建設、あるいは農業で発生していたのか。
 ひとつ確かなことは、〔もし資源ブームがなかったら〕失業率が、2014年に達した6.3%のピークをはるかに上回っただろう。たとえば、失業率10%とは、どのように経済に影響するだろうか。それは、現在の大衆の不満より、はるかに悪い状態であったろう。
 有権者や解説者は、それが起こらなかったため、何が避けられたのかを簡単に忘れてしまっている。強い資源ブームのお陰で、初めて景気後退が回避された。それは小さな出来事ではない。
 
 波乱含みの今後
 現実には、連銀は依然として同じ不完全な選択肢にさらされている。すなわち、ドルを押し下げて住宅価格の上昇リスクにさらすか、それとも、金利を上げて失業率を上昇させるか。
 しかし、たとえそれがおそらく非常に予期しにくいとしても、ひとつの道が見え始めている。
 米連邦準備理事会が今月、基準水準を引き上げる可能性があるとみられている。グローバルな成長が幕を開こうとしており、ビジネス投資が再開されそうである。
 そのような状況での金利引上げは良いニュースになるはずである。
 だが、借金を負うすべての世帯が同意するかどうかは、大きな試練とはなるだろう。
 
 
 

 

 

 

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