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私共和国 第30回
私は今、 この文章を日本で書いています。
三年ぶりに日本に 「帰国」 し、 《’11・3・11》
によって空白にされてしまった予定を組み立てつつ、今、この国をおおっている、ある、巨大な 《矛盾》
を見る思いを深めています。
その 《矛盾》
を一言でいうと、今日の国民生活の基本である法規的骨格と、その骨格を無惨に打ち砕くかの自然の猛威であり、かつその自然の力がこの国の根源をも決定しているらしき関係です。そして、従来の法的枠組みの内側ではその災害からの復活すら進まず、それはあたかも、惰眠をむさぼる主の覚醒を強いて、超然と接近している見えない大津波かのごときです。
加えて、その大枠組みを越えようとすれば、今日の日本の屋台骨を二分する、新しいようでもありながら、古典的難題が再来してきているようでもある、「復古」と
「開明」
とでもなぞらえそうな分岐が、やはり、克服されなければならないようです。
その分岐のセグメントを見ようとすれば、たとえば総合雑誌レベルでは、『文藝春秋』
5月号と 『世界』
5月号です。また、それを特定の論者関係で確かめようとすれば、佐藤優 (「大震災と大和心のを々しさ」
『中央公論』
5月号) と広瀬隆 ( 『原子炉時限爆弾』
ダイアモンド社2010年8月発行) の対比です。
そしてその分岐の要点をつかもうとすれば、その復古側の見方の根幹には、日本のもつ
「日本性」
の呼び覚ましがあります。その典型が、明治天皇がうたった歌、
しきしまの 大和心のを々しさは ことある時ぞ あらはるにける
を取り上げて注目する、まさに復古主義を刺激する動向です。また、佐藤優によれば、そういう国家的危機にある時、たとえば、東京電力や政府の原子力政策担当者の責任を免責しても、全国民一丸となり、あらゆる人的、物的資源を集中して、今こそ「大和心のを々しさ」
を発揮する時だとする主張です。
また、前回の私の 核汚染は 「自然災害」か に挙げた 「対自然災害強さ」
と
「対人為災害弱さ」
を取り上げて言えば、そういう 「日本性」
は、日本人の 「対自然災害強さ」
とも関連しています。
その一方の開明側の見方の典型を、広瀬の 『原子炉時限爆弾』
に見ることができます。この本は、 《’11・3・11》
の7ヶ月前に出版されていながら、今度の 「福島第一」
の原発震災あるいは核汚染問題について、あたかもその事後の説明や批判であるかのようにすら読める、その内容の正確度です。ついでながら、もしそれにふさわしい賞があるなら、何らかの著作・出版賞が与えられるべき本でもあります(3月25日付けの朝日新聞、読書ページによると、八重洲ブックセンターでの売り上げ第三位に入るベストセラー)。
いいかえれば、広瀬の主張は、日本の
「対人為災害弱さ」 を克明に分析、指摘し、もしこの本が外国語に翻訳されれば、たちどころに、海外の記者たちの必読書となるのは疑いありません (
「FUKUSHIMA・DAIICHI」
の名はスリーマイルとチェルノブイリに並んで世界の人々に記憶されました)。
さらにこの広瀬の本に注目されるのは、その正確な予測の言及が、今度の地震の発生にもかかわらず、まだ空白域として残されて地震源の存在であり、明日おきても不思議ではないその大地震が発生すれば、静岡県御前崎の浜岡原発に今度のFUKUSHIMA・DAIICHI
以上の原発震災が発生するのは不可避で、その被害は日本のまさに人口集中部を襲い、日本を壊滅的にすらさせる、と述べていることです。彼の視点は、日本が避けられない自然災害にただ 「対自然災害強さ」 を示すだけでなく、それに伴う 「対人為災害弱さ」 がどこに存在しているのかを指摘する、今日にあっての、まさに 「開明」 的視座を与えてくれています。
言うなれば、日本の今日の限界を超える法的、制度的枠組みの改めをもって将来へと進むとするなら、その作用必要域がどの辺にあるかを示唆しています。
日本人がこの 「リング・オブ・ファイアー」
上で生存し続ける限り、繰り返される自然の猛威にさらされることは不可避です。そして、もしそれを日本という国家の根底条件とせざるをえないのであるならば、そうした超法規的な出来事すら――それは実に地球的な出来事でもある――をも見越した、そういう意味での
“グローバル”
な法的・制度的仕組みを作りあげる必要があるでしょう。そしてそれは、日本人がイニシアティブをとるべき課題ではあっても、合理主義からの逸脱を志向する必要のあるものでないのは勿論です。 (以上、5月1日記)
<追記> 5月6日夜、菅首相は緊急の記者会見を開き、中部電力に対し、上記の浜岡原発の運転をこの先2年間停止するよう要請したと発表しました。
(2011年5月7日)
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