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<連載>  ダブル・フィクションとしての天皇 (第76回)


硬軟織り交ぜた“敵”の懐柔


 今回はちょっと頑張って翻訳に精だし、分量のある訳読となっています。おかげで、話は多様に展開し、注意深く読まないと、流れのポイントを読み落としがちです。そこで、なかでも注目しておくべき内容として、昭和天皇の比倫を絶した、恐ろしいほどの人扱いの卓抜さに焦点をあてておきたいと思います。
 それは、天皇に歯向かう人たちの扱いの、まさに戦慄が走るような巧みな懐柔で、その硬軟織り交ぜた手腕には、文字通り “敵” なしです。
 そして、歯向かうその “敵” ですが、ここでいう敵とは、中国とかロシアとかという、いわゆる外敵のことではなく、天皇がかかえる身内の敵のことです。
 そういう、インサイダーとしての敵のうちの最も手強い人物は、西園寺公望で、もう年齢も90に近く(1849年生まれ)、いよいよの最期にもさしかかってきています。
 他は、北進派(皇道派)の指導者たちで、その筆頭は荒木貞夫大将です。
 老西園寺は、これまでに、三度にわたるクーデタ事件で、身辺の彼の支持者を失ってきていました。また、そうしたクーデタは、焚き付けられて失敗に追い込まれるよう画策されたもので、その度ごとに、反天皇派の軍人たち(北進派=皇道派)は、実権をはく奪されていっていました。
 その西園寺がついに、そうして外堀を埋めつくされ、最後の抵抗として、国民に不人気な陸相と首相の退陣後、新たな首相奏薦に、自陣の宇垣を指名しようとします。しかし、その指名そのものは成功するのですが、その新首相による組閣をことごとくつぶされ、結果的な辞任に追い込まれます。こうして、西園寺が執拗に議会制度を駆使して組み立ててきた抵抗に止めが刺され、彼も自分の抵抗の切り札である首相奏薦権を返上することとなります。まさに、万策尽きての “武装解除” です。
 一方、国民、一般兵士からの根強い人気に支えられてきた反天皇派の筆頭軍人、荒木大将も、跳ね上がり若手士官たちの行動の詰め腹を切らされ、要職から予備役へと追われます。そして、なおも、いさぎよく貧乏坊主となり下がっても、最後まで意志を貫徹しようと決意していた彼を、軍人という結局は宮仕え=サラリーマン身分の悲しさ、責務を担う地位と俸給を改めて示されて、使命という牢獄の囚人、あるいは、忠誠という美酒の酔人となってゆきます。
 それまでの、正義心を煽って若い将校を決起させ、不満分子の摘発と社会不安のうっぷんのガス抜きという、一石二鳥の秘策となったそのいかさまクーデタに担ぎ出されたものたち――2・26事件だけでも、自決、死刑となったものは20人を上回る――こそ、いい面の皮です。
 つまりは、それまでをもやり抜いたのが昭和天皇であり、また、それくらいも果たせないでは、時の国家の指導者ではありえなかった、昭和という時代の前半でした。
 私はここに、ナショナリズムがゆきつく、美しくも醜悪な、ひとつの完成体があるように思えます。
 
 それでは、第22章(その3)へ、ご案内いたします。

 (2012年10月4日)



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