「ワームホール」体験:理論資料編(下)

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 トーラスとは生命体である

トーラスは、エネルギーの全宇宙を通した流れの様相である。宇宙は、あらゆる動的システムをなすトーラスをその本質として“生息”させている。トーラスは、どのような規模にも、拡大も縮小も可能である。科学者でもあり哲学者でもあるアーサー・ヤングは、トーラスは自らの再生を可能とする唯一のエネルギー形態あるいは原動力である、と説明する。トーラスは、竜巻や、〔口で作る〕煙草の煙の輪や、水の渦巻といった、身の回りのものと同一の実体から成る。トーラスの動力源は二つのトーラス、すなわち、この世の男と女といったような、「対トーラス」体を成す。それは、片半分が北極に向って回転する時、他半分は南極に向かって回転する。これはまた、「コリオリ効果」にも通じる。その実例は、地球の気象現象であり、太陽のプラズマ流である。さらにトーラスは、地球の磁界の形状にも見られる。ともあれ、それは宇宙のいたるところに存在している。

人間レベルでは、誰もがエネルギー・トーラスであるばかりでなく、その一人々々が自分自身のトーラス状電磁界によって取り囲まれている。これを理解するには、私たちの身体が連続した表面――その内部に消化器の管をもつ皮膚からなる一連続面をなす――であることを考えるとよい。各々の人のトーラスは独自だが、同時に、連続体である無限エネルギーの海の中の他のすべての生命体と結ばれそして開かれている。それは、私たちが磁石で感じるものと同じエネルギー界である。それは通常、目に見えないが、磁石のまわりにばら撒かれた鉄粉のなす模様から、エネルギーのトーラス形状を目の当りに観測することができる。人間におけるトーラスは心臓を取り巻くエネルギー界で、愛の頻度に一致して、心臓のリズムの四分の三の演算黄金比をなす、オーラの紫光線と同様のものである。換言すれば、身体をめぐるオーラ・トーラス界は、心臓を中心に、身体のもっとも強い電磁界をなしている。

 

エネルギー流の普遍的形

ドーナツ状のトーラス形態は、過去数十年にわたり、プラズマ研究所において実験され、一部、巨大な放電を発生させている。高エネルギーの放電は、重力より何倍も強い磁力を発生させている。研究所内で科学者は、プラズマを細い回路に導き入れ、それを回転させることができる。科学者は、Electron Beam Ion Trap を用いて、ブラックホールの周辺でおこる現象を、研究所内で再現しようとしている。不安定さはプラズマを高温にし、〔プラズマ〕ボールを回転させ、その周りにリング状の流れ――トーラスの形状をなす――を発生させる。そして再び、トーラスの循環する形をもって、研究所で「双方の過程」が完全に真実であることが立証されている。量子物理学者による世界は、私たちすべてがエネルギー上の光であるため、〔その姿は〕光学画像上の万能な幻像であるという(粒あるいは波として、あらゆるものを代表しているが、そのことごとくは幻像である)。だが、宇宙の実体は意識――量子物理学上の典型的用語による表現ではないが――である。というのは、それは、研究所という場では容易には得られない何かであるからである。

もし私たちが、トーラスのレンズを通して、エネルギーの流れの基本的で普遍的な形態を見れば、その流入し流出する波は、トーラス的な全体性を持って、包み込みそして解き放ち、吸い込みそして吐き出す状態であることが解る。また別の重要な考えは、銀河の黒い渦巻きの部分と明るい帯の部分のように、その「特異点」から無限に流出する渦巻の波は、同時に、それを補って無限に流入する渦巻の波である、ということを想念することである。もし、ある装置がその内向きの波の無限の力を利用することができるなら、それは決して「エネルギー不足」をもたらさないだろう。それは宇宙のどこでも使用可能で、ただちに、無燃料推進が可能となる。そうした「運転」は自らの重力場を作り出すことで行われ、したがって、理論的には地球の場から独立した操作が可能となり、その圧力差を利用することによって、ヘリウム風船が大気中を上昇するように、しかもはるかに高速で、時空間中を移動することができる。

 

宇宙に重力はない

引力と重力という二つの用語は、私たちの日常では、ほとんど同義語だが、科学的な使用では区別が必要である。「引力」は、引きつけられる――質量を持つあらゆる物体が相互に及ぼし合う――力を表す一般的用語である。他方「重力」は、何らかの理論、例えばニュートンの理論において想定される力を特定して指し、それがこの力の根拠となっているのに対し、一般相対性理論では、時空間のゆがみがゆえに、慣性をもった物体が相互に向かって加速し合う力としている。

アイザック・ニュートンの万有引力理論は、質量を持った物体間で引きつけ合う力を表す物理法則である。それは古典力学の一部で、1687年に出版されたニュートンの著作、Philosophiae Naturalis Principia Mathematica (自然哲学の数学的諸原理)で最初に定義された。だが近代的用語でのそれは、ある質量持つ点と他の質量持つ点の両点を結ぶ直線に沿った方向に働く力と定義する。この力は、二つの質量の積に比例し、二つの質量間の距離の自乗に反比例する〔つまり、F = G (m1×m2/ r 2)〕。

 

を二つの質量ある点の間の引力の強さ、

を引力係数、

m1を第一の質量ある点の質量、

m2を第二の質量ある点の質量、

を二つの質量ある点の間の距離とする。

アインシュタインは、有名な公式、E=mcを作った。

このはエネルギー、

は質量、

は光の速度である。

 

アインシュタインは、物体とは力が結集した場以上の何ものでもないと宣言した。だが、物的実体と称するものは、実際は、私たちが感知できない波動の結集である。そういう波の構造形態の異なった結集が、もろもろの化学物質あるいは他の物的実体と反応する諸要素を形成する。物体の異なった波動は、私たちには、私たちが同様な波動――特定の周波数帯内で共振して私たちの限られた物的世界を構成――で構成されているがゆえに、〔物体は〕固まりであるように見える。

アインシュタインは、数式中の質量の値「m」は究極的には除去できるとし、その物的量は純粋のエネルギー形態の値に変わりうると主張した。と言うことは、「m」を純粋エネルギー値に置換えることで、一つの統一した数式をもって、宇宙全体の存在(何もかもを含め)を、数学的に表現できることとなった。物質も反物質も、空間中の同じ波の動きによって形成される。波は空間中を回転運動をしながら進み、そして、プラス側とマイナス側を交互に通りながら進む。物質はプラス側波動をなす時に形成され、反物質はマイナス側波動をなす時に形成される。各々360度の一回転が一振動となる。すなわち、原子核の周囲をまわる電子の回転運動というのは錯覚である。つまり、空間を伝わる原子核と電子の相関した運動という考えは、回転運動という錯覚による。ただ、反物質の形成の間は完全に探知不可能である。というのは、あらゆる物質は――原子構造を解明するどの装置や探知器であろうと――、同じ振動数において出現するからである。各物質の振動数あるいはその周期が、私たちが時間とか光の速度とかと呼ぶ、与えられた空間の特定の位置においての計測値をもたらす。

もし、そうした振動数が増加あるいは減少すると、時間や光の速度は、その割合で変化する。この考えは、アインシュタインが理論づけたように、時間が測地学的生成物であることを物語っている。一方、光は、〔非測地学的な〕波動でありまた振動でもあると表現されるのが正しい。マックス・プランクの理論もこれに呼応している。プランクは、光の振動は原子構造のエネルギーレベルが外部からの影響で変化した時に生成されるとした。この考えによると、回転の反物質側において、意識の双子の流れ〔のうちの他方〕がありえ、そしてそれは、私たち自身の世界認識の鏡像体がありえるものとする〔見方に通じる〕。意識をめぐるこうした二つの流れの生成の頻度は、時空の特定の位置における現実の錯覚についての私たちの気付き〔の頻度〕を規定する。私たちはいまや、〔自分が〕物理的な意味で一定距離を移動中であるとの感覚を持たないまま、空間のある地点から他の地点へと移動できる場を得た。これこそが、空間移動のための究極の方法である。

アインシュタインは、無限の非構造的縮小が、統一場理論を解決する鍵であることに気付いていた。だがアインシュタインは、フラクタル測地学については知らなかった。そして彼は、黄金比が構成上の電気的干渉を解決することに気付いていなかった。これが、現代物理学が重力や光の源を知ろうとしない原因である。もし車輪を作りたいと欲するなら、輪〔を知ること〕が必要であるように、もしDNAをもった生命を作りたいなら、黄金比が必要なのである。

 

自然は真空を嫌う

百年前、神秘主義者は、地球上空の宇宙空間を埋める物質として、エーテルというものを想定していた。この考えは、何十年にもわたり、科学的考えにチャレンジするものであった。また神秘主義化学者は、「もととなる別の真空」との意のMulaprakriti と呼ばれる原初エーテルを想定し、私たちが今日、「余剰な力」によって起こされる「通常の量子真空」と呼んでいる、Koilon へと拡大する様相変化を表現した。神秘主義者たちは、エーテル自身はとても密度があるので、空っぽで実体のないエーテルの中のソリッドな物体〔という見方〕に代わって、物体とは単に泡であるかエーテルの欠如部であると主張した。空っぽな空間が意味するものは、実際は、量子活動の怒涛のように沸騰する興奮状態であり、「亡霊」あるいは複雑な相互反応の熱狂状態にある、事実上の粒子のごった返しなのである。

エーテルの存在は、1887年にマイケルソン・モーレイの実験がそうした隠れたエネルギー源が存在しないことを“証明”するために取込まれれたことに始まり、20世紀初頭までには、科学者の世界でも広く受入れられるものとなった。同じように、常温核融合は弾劾されたが、新たな名前「Lattice Assisted Nuclear Reaction」のもとで再現し、禁じられたエーテルではなく、「量子媒体」とのより穏健な用語を用いているものの、主要メディアはただそうした議論のみを報じている。ともあれ、それがどのように呼ばれようと、未知のエネルギー媒体は、宇宙全体において脈動している。この神秘主義的宇宙科学を支えた19世紀の概念は、ひとつのシリンダーの中の液体といった用語で容易に可視化できる。そのピストンが動けば、その液体は吹き出す。このように、余剰な力は、量子-真空変換すなわちMulaprakritiKoilon へと誘導してエネルギーを解放し、エーテルを、無数の亜原子粒子あるいは「泡」のいずれかへと分離させる。これらは、実際には実体の欠如であったとしても、実体の存在として見えたり観測されたりする。かくして私たちは、物体とは、宇宙拡大の裂け目によって、存在へと吸い込まれたものだ、と言うことができる。

描写を量子段階で行う時、真空が支配的な構造であることを知るのは重要なことである。粒子は、この活動の広大な背景において生じるさ細な泡にすぎない。質量を持つもっとも単純な粒子はメソンとして知られるエーテルの泡であって、その泡の内部に取り込まれた内部「物体」場のひもを持っている。回転しない「物体泡」は球形をなしやすい。それらはスカラー中間子と呼ばれ、自然には36種が存在している。ビサントやリードビーターといった神秘主義化学者たちは、1895年、物体のE3状態として、ベクトル中間子とスカラー中間子という二種の場を発見した。こうして、「密度あるエーテル」あるいは「量子真空」は、今日では科学概念となっており、そればかりか、神秘主義的神知学者が最初に提案した概念が愚の骨頂であるどころか、神秘主義〔esoteric〕理論がやがて通常に用いられ、認知された科学になることの証明にすらなっている。

新量子科学はまた、トーラスのようにすべての拡大には縮小が伴わなければならないゆえ、宇宙の創造に「ビッグバン」説をとることを拒否する傾向がある。他方、宇宙が放射崩壊するという説にも距離を置く傾向がある。宇宙が放射崩壊することを証明するために科学者は、プロトンの放射崩壊を証明しなければならないが、それはまだ達成されていない。新量子科学者はまた、フリー・エネルギー論争を開放して論じている。

 3 4 3 fractal nature of consciousness

with permission, (c) Brad Olsen, 2015

上の図表は、渦巻原理の数学が意識やその高揚過程のフラクタル性質に関わっていることを描いている。(ML2/T)+X2+Y2+DT2 との表現は、意識の高揚と魂自身を表す際に用いる数式である。その内の(ML2/T)とフォトンX2とY2は、その高揚がもたらす微妙なエネルギーの二つの形態を表している。これらは、距離と時間を数式から排除し、ただちにすべてを無限へと拡大させる。私たちが過去、現在、未来と呼ぶ各々の意識体験はすべて、粒子と波の両相を含むフォトンを表す持続する波の部分である。そのフォトンの波の相は、DNAの形にみられるような、波の回転の原因となる。ロディン回転(2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13)は、フォトンの原子モデルをなし、電磁トーラス内部の確率の持続する波に捕えられていることを表している。こうした電磁トーラスは、情報の電信や受信を、純粋なエネルギーの生きた細胞としてそれ自身に可能とさせる。

 

【以上が、ブラッド・オルセン著『東西融合〈涅槃〉思想の将来性』の「総合統一場理論」と題された章(原書 p.311-20)の翻訳の後半部分です】

 

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Future Esoteric: The Unseen Realms 

by  Brad Olsen

http://cccpublishing.com/FutureEsoteric

 www.bradolsen.com

with permission, (c) Brad Olsen, 2015

 

 

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