意識の科学(その1)

〈訳読‐2b〉現代の「東西融合〈涅槃〉思想」(その7)

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「もし、宇宙の神秘を解き明かしたいのなら、エネルギー、周波数、振動について考察すればいい。」

ノキア・テスラ

〔アメリカの科学者・発明家。「フリー・エネルギー」の章参照〕

 

一世を風靡した合理主義者、還元主義者、そして現世の唯物的解釈者たちの死の前兆を示すものは、心についての科学の隆盛だろう。だが、頑迷固陋な懐疑主義者や自らの内なる声を聞く耳を持たぬ者たちは、いまだにテレパシーを、考えられないとするばかりでなく不可能とすらみなして、うつろな経験主義に執着している。彼らにとって、そう明言するのは有意義であろう。だが、心と心の交信の証拠は、いまやあまりに知れ渡っており、英国先進科学学会の年次総会でも提唱されている。

心の科学という分野は、ことさらに新しいものではない。宇宙の神秘に迫ること自体は、Metaphysics〔超物理学〕〔訳注〕という、古代そして今日も興隆中の、新旧両時代にわたる科学である。「Metaphysics」という言葉は、「Metaphusika」--ギリシャの哲学者アリストテレスの論文の題名--という語からきている。超物理学は哲学の一分野で、心と物質の関係と現実を考察するものである。人間の心の力がいっそう明らかになるにつれ、新たで未解明な現象を受け入れる能力も拡大してきている。

〔訳注〕)Metaphysicsは、英日辞書上では「形而上学」とか「哲学」と訳すのが通常だが、この文脈では不適切で、ここでは独自に「超物理学」と訳した。 

意識の新たな側面を物語る説得力ある資料に注目することは、残念なことに、マスメディアや時の政府によって奨励されずにすまされてきた。それにこうした権威筋は、意識の科学の進歩にはほとんど無知であった。無垢な人種の支配を明瞭に好む者たちは、人類の進歩のための創造的解決手段を提供しうる覚醒した人びとより、むしろ廃れかかったシステムに税金を投じた。もし、ニューヨークタイムスが「我々の生命は、異次元ではどう変化するか」との見出しの記事を掲載したり、あるいは、国民が宇宙旅行を実行するのを支援するために、政府がピラミッド状発射台の建設を開始した、などということがありえるのだろうか。だが実際、望ましいものは平易で単純なのだ。結局、昔ギリシャ人が述べたように、嘘が始まった時、国は滅びたのであった。

事実は、これまでに想像したこともないほどに限りなく複雑で神秘的な世界に、私たちが住んでいるということである。私たちの一生中におこる変化は、良かろうが悪かろうが、きわめて加速度的な速さで生じている。その結果、私たちは、人類がかつて知りえなかった能力を持ちえているか、あるいは、自らとこの惑星を破滅に導く無知の世界に沈み込んでいるかのいずれかである。誰もが自らの真実の主であることを認識しはじめるか、あるいは、無能で無関心でありつづけるか、そのいずれかである。そのかけがえのない力は、我々のうちの誰もにそれぞれに備わっているのである。自らに限界はなく、できないことはなく、そして、それがゆえに、意識の科学は私たちのあらゆる前進を助ける要となるのである。

今日の世界には、あまりに多くの破壊と隠蔽があり、そのように沈うつな海域をどう航海すればよいのか。そのまず第一は、すべてに疑問をもつことである。懐疑的であることは、人に判断を留保するという手段を与え、科学的手法によって例証された合理的で冷静な理由付けにかかわらせ、既成の信念にもとづく偏見を排した違った見解を求め、そして、その有効性を注意深く吟味し証拠を追究さしめる。あらゆる角度からあらゆる問題を考察することは、最初は直観に反しようとも、肝要なことなのである。

 

自らの運命の主に

人間の意識の変化は、ただ人間性を救うというだけでも、不可欠な要素にちがいない。私たちは、人間性に最大の危険を与えているものがその人間性自身であるという、歴史上の重大極致に至っている。そして、自らを救うためには、受容性における根本的変化を必要としている。すなわち、私たちの意識の根こそぎの変化を必要としている。

ここでの良い知らせは、私たちの各々が、未解明の深遠な力を備えた不滅の存在であることである。そしてそれをもって、私たちは、その重要性のすべてを守り、新たに発見した能力をもちいて見極め、そして破滅的企てに立ち向かうことができるに十分であることだ。歴史には、死に瀕した体験、生まれ変わり、そして同様な霊性的現象が無数に存在し、私たちがその生の以前から存在し、かつ、その生の後にも存在し続けるという豊富な証しを提示している。なおこのテーマは、後の「生まれ変わり」の章でさらに論じられる。

歴史に登場する指導者たちは、一人としての例外なく、意識がすべてであると告げている。このことは、各々の個人が自らそれを体験しなければならないことを意味している。そしてこの体験は、〔古代インドの〕ヴェーダ語聖典から量子力学に至る、あるいは瞑想と祈りから、少数だが命名されている意図的顕現までといったように、いくつもの方法によって可能である。今日では、そうした方法は、私たちの意識が現実性によって影響されるだけでなく、逆に現実も私たちの考えによって影響されるフィードバック関係にあるという、実際の物理学上の現実性に関連付けられ始めているということと、共通した考えにもとづいている。

「錯覚のわな」は、私たちが世界の問題の検証を、典型的な単眼で、あるいは、西洋人特有の直線的発想によって行うことに発する。この狭い見地により、上に述べた超物理学的問題は、いかにも無関係で希望の持てない分野に見えてしまう。だが、もし、私たちが自らの見地を、その領域をも含む創造的かつ刷新的方法までへも広げ、生物圏や経済域にもその成果を再流通させえた場合、その可能性は無限にすら達しよう。

もともとは私たちの内面の考えや感覚を見出すものであった意識は、今日では、人間のはたす加速的な進歩に見合う発達を見せている。脳と技術の力の成長は、装置、化学製品、コンピューター、言語、新文化の進展といった、手段の爆発状況をもたらしているばかりでなく、何らかの衝撃をも巻き起こす、過去数千年の間に起こったことの数倍もの予期せぬ飛躍を可能とし、私たちが自分を誰だと考えること--自己意識あるいはエゴ--と私たちが何であるかということとは、必ずしも同じではなくなっている。この自分自身という発想は、もはや選択の自由の問題といってよく、自分をどう見るかについての判断である。こうした超然とした進化が偶然の飛躍の行方定まらぬ行進とともにすすむ時、かつては特別の者の領域であった大胆な洞察も、ゆっくりながら通常の視点になってゆこうとしている。自分本位な人々は何も特殊ではない。要するに、私たちはみな、真に「ひと」なのである。

 

啓発の筋道

真の啓発への道の出発点である霊性の母体の開発は、たとえシャーマンやその他の人々によって奨励されようとも、化学薬品的てこ入れのない、自然的な方法でのみ理想的に達成される。これは、洋の東西を問わず、すべての偉大な霊性的かつ神秘的教えの必須のメッセージである。さらに、それなりの理由はあろうとも、霊性的覚醒の目的で用いられるいかなる幻覚誘発剤も、霊性の母体を損なうおそれがあり、意をつくした適用と正しい使用をもって望ましい開放へと導かれるプロセスから外れてしまわれかねない。途上で遭遇するさまざまな困難は、賢者らが常に語るように、私たちの心の強化と教訓のためのもので、回避や近道にたよらず、霊性的方法によってのみ最も好ましく克服される。

幻覚誘発剤への用心は、西洋科学界が提示するように、大半の私たちには適正な警告である。その一方、歴史的に幻覚誘発剤使用の恩恵に異なった体験をもって接してきたシャーマンたちは違った見方をしている。今日の部族や狩猟あるいは収集文化のシャーマンたち--幻覚誘発剤あるいは類似した手段をとることで特異な意識をおこしている--は、恍惚状態で遭遇した存在から教えを受けている、と報告している。原住民族の聖職者に知識を与える知的存在は、異なった次元の現実性においては真実で、シャーマン的手法をつうじてのみ利用でき、また、古代の洞窟の美術家により体験され、その技法をもって表現された。

作家のグラハム・ハンコックは、過去35,000年にわたる世界のすべての宗教が証明していることは、霊性界あるいは科学領域の他の次元では現次元を超えることがありえるという意味では真実であるということの可能性を、伝統と権威ある学者たちが考えようとしていないと見ている。ハンコックは、意識の異なった次元の現象について述べた文献を検証する、新しい科学分野が必要と提唱する。そうした分野は、以下に述べるように、純粋思惟科学学会(Institute of Noetic Sciences)や意識研究センター(Center for Consciousness Studies)そしてその他の組織などによって開拓されてきている。新たな研究モデルでは、幻覚が懸念され、研究者は脳をそうした印象を製造する工場であるとはみていない。それに代わり、脳は情報の受信機で、毎日のさまざまのものから、他の次元からのものを受け入れているとみている。ハンコックは、「私たちの脳は、数ポンドのジェリーだ。目から入った光線が理解意識や感覚意識に変換されるのだが、それがどのように成されているのかを説明できる科学はなく、きわめて困難なことだ。加えて、幻覚とよぶ繊細な受容がどのように到来し、その根源がなんであるのか、それを説明するのはなお難しい」と言う。

感覚と意識に変化を与える〔植物の〕アヤファスカの含有物質は、DMTすなわちNNデメチルトリプタミンである。この化合物は、世界の植物や菌類に自然のままに発見され、あるいは、私たちの脳のほぼ中心にある松果腺でつくられる。興味深いことに、古代人はこの器官を「魂の座」あるいは、それを通じて魂が身体に入ってくると考えたことである。DMTは、私たちの意識状態につなげることのできる化合物として、「霊性の分子」ともよばれている。

 

意識エンジニアリング

1970年代に開始されたPrinston Engineering Anomalies Research (PEAR) 計画は、人間の意識と物質界との相互関係を精密な物理装置やシステムをもちいて研究した。同研究チームは、物的現実体系における意識の役割の理解を助ける、補助的理論モデルを開発した。そうして行われた実験が明らかにしたことは、電子的ノイズを用いた任意数発生装置が、人間の意識によって影響されうることであった。膨大量の大衆の意識が、たとえば、9.11貿易センター悲劇やダイアナ王妃の死、あるいはスーパーボールさえといった世界的な出来事に集中した時、任意性が変化してわずかながら秩序性があらわれることである。〔同研究を率いた〕ロバート・G・ヤーン教授は、彼のチームがプリンストン大学の研究所でおこなった成果に対する何十年間にもわたる批判に耐え忍んだ。プリンストン大学当局は、同研究所を閉鎖するよう圧力をかけたが、大学への主要な寄付主からそれを妨げる強い反対がおこった。その議論の少なくない部分は、科学の思想は、その最上のものでは、自由の一部であって、いかなる考えも、たとえその成果がほど遠くにみえようとも、追求されるべきであるというものであった。

Global Consciousness Project (GCP) は、中止となったプリンストン大の研究を引き継ぎ、そうした任意性の現象を「Event Generators Electrogaiagrams」(EGG) と呼んだ。そして、人間の意識が同現象を全地球に拡大しえて、上述の2001年の9.11攻撃やインド洋津波のように、任意現象記録装置の結果を変えうる--のではないかと検証した。そして分析者は、EGGは、そうした災難を24時間以上も前に検知していたと結論づけた。同プロジェクトの指導者ロジャー・ネルソンは、「私たちは、世界の重大な出来事の発生を予言できそうであるが、それがいつ、どこで起こるかは正確には分からない」と述べた。しかし、重大事件が何百万人もの人々の感覚を同期させた時、同チームの任意数発生装置のネットワークが微細に作動する。こうして、任意数出力への大量の意識の統計的重要性をもった影響をしめす膨大な同種データを得た後、2007年、プリンストン大学のPEAR計画は、その物議がゆえではなく、その創設者が言うには時期が来たからとの理由で閉じられた。純粋思惟科学学会の上級科学者で、かつ同計画の参画者であったディーン・ラディンによると、偶然に対する〔意識の影響する〕確率は、百万分の一をゆうに超える。言い換えれば、任意数発生装置への集中した人間の意図は、現実の効果をおよぼすということである。これは、人間の意識が物質界に効果をおよぼす現象に強い支持を表すデータである。こうした立証は、各時代のあらゆる文化の賢人たちによって述べられたように、「ヌースフィア」〔訳注〕の出現、あるいは、意識の統合化された領域を意味している。

〔訳注〕人類は生物進化のステージであるバイオスフィア(生物圏)を超えてさらにヌースフィア(叡智圏)というステージへ進化するという、キリスト教的見地と科学的進化論を折衷した見方。

そうした実験はまた、適宜的に命名された「瞑想効果」--数千人が集い前向きな結果を瞑想した際に生じる--でも確認されている。いくつもの研究が、焦点を絞った多数の瞑想者の集いが、肯定的な結果をもたらし、そのグループが設定した目的をも深めることを示している。そうした一定の成果は、否定的望みを明示していないことが観測される。異なった50の科学研究は、瞑想効果は本物で、たとえば、ある研究によれば、世界的なテロリズムのため、〔瞑想効果は〕72パーセント低下した。同様に、劇的な低下は、戦争や犠牲や暴力犯罪によってでも生じている。懐疑者は、それが本物であろうとなかろうと、そうした研究は厳密に組み立てられた取り組みであるべきで、週末や天気や休日や歴史的繰り返しなど、その他の影響が除外されるべきと、繰り返し論じるであろう。こうした効果は、Journal of Offender Rehabilitation を含む研究界での数多くの出版物で述べられている。目を見張らされる結論は、瞑想効果が、宇宙が愛と平和と許しによって満たされているという、永年にわたる知恵ある教えを強力に支持していることである。さらには、私たちがこれを自らの内に実践する時、他者にも、集団的でエネルギッシュな効果を与えることである。

 

パラレルな宇宙

 20世紀の傑人の一人は、理論物理学者のアルバート・アインシュタインである。アインシュタインは、ドイツの特許事務所で働いている時に、その相対性理論の着想を得ていた。彼は、得体の知れない宇宙の中でも、秒速30万キロメートルという光の速度が一定であることを数学的に証明した。時間と空間のあらゆる人間の標準は、光速の単独の「絶対性」にもとづいている。言い換えれば、時間と空間は相対的で限定された要素であり、光速を尺度として関連づけた条件的測定変数によっている。したがって、物体は、速度に応じて質量は増すが、その質量が無限にならない限り、けっして光速には達しない。

 原子レベルにおいての量子力学の進歩は、各々の原子がミニチュアの宇宙であることを明らかにした。要素の最小単位である原子はすべて、プラスの電荷をおびた原子核を電子の体系が取り囲んでいるという特徴がある。原子は物質ではなくエネルギーであるばかりか、原子のエネルギーは、本質的に意識的存在である。1927年にハイゼンベルグの不確定性原理が示したように、観測自体はただ影響をもたらすのみである。電子は、エネルギーであって物質でもあるとの、二重の性格をもつことが観測され、もしその粒子が観測されていないならば、それはあらゆる可能な状態で存在する。つまり数学の論理的結論は、ひとつの宇宙体に共存する無限数のパラレル宇宙か次元を示している。ジェームス・ジーン卿は、『The Mysterious Universe』の中で、「知識の流れは、非機械的現実へと向かっている。宇宙は巨大な機械というより、偉大な考えだ」と述べている。

パラレルな宇宙があるのは事実と考える科学者は、ビッグバンのすぐ後、時空間は場所ごとに異なった速度で広がり、各自に物理法則をもって働く泡の宇宙をもたらした、と主張する。もし私たちの宇宙が他の宇宙を含んでいるとするなら、私たちはそれとぶつかるはずだ、と彼らはいう。そうした衝突は、Cosmic Microwave Background (CBM) 〔宇宙マイクロ波背景〕放射--宇宙に充満するビッグバンによって残された放散光--に何らかの痕跡を残しているはずである。ヒッグス・ボソンまたは「神の粒子」は、2012年7月、CERN〔欧州原子核研究機構〕によってその存在が確認された。そうした亜原子粒子は、まさしく宇宙の根源で、それなくしては何物も存在できない。その粒子は、一種の力をつくると考えられており、宇宙を満たし、他の粒子に質量--動きに対する抵抗--とよばれる性質をもたらす。

有名なUFO研究者で物理学者のジャック・バリーは、2012年、彼の得意とするUFOについてではなく、「その他の何かの理論」について講義した。そこで彼は、物理学にはいくつかの競い合う理論が存在すると述べた。量子力学と意識科学は、ともに一般相対性と食い違っている。この食い違いを、ひも理論といった新しい見方で解決すれば、バリーがいう「子供を亡くすこと」と表現される問題に遭遇する。この子供とは、学校で教える、物質、粒子、質量、力そしてエネルギーにかかわる通常の物理学である。しかし、私たちはそうした「子供を生かす」情報の物理学を欠いている。そして再慮の必要のある最初の分野は時間で、私たちはいまだにこの次元の一方向のみには進めるが、逆には進めない。同様なことは、重力や粒子についてもいえる。だが、時間とか同時性とかとは一体どういうことなのであろうか。量子力学の理論は、私たちが「現実」として理解する、瞬間ごとについての理論である。

探究心旺盛な物理学だが、これまでに発見した宇宙の理論を統一しようとして、奇妙な領域に迷い込んでしまっている。バリーは数年前の講義で、「物理学者が、理論と基本粒子の観察される性状と宇宙科学の先端での発見とを調和させようとする際、現代物理学は、人類はまだ宇宙のあらゆる事実の発見に至っておらず、そうした未発見の分野を開発するため、新しい理論や実験を提唱しなければならないことを示唆している」と述べている。言うなれば、プリンストン大学のPAERや純粋思惟科学学会といった科学者たちは新たな理論やモデルを提唱し、それを検証する独創的な方法を考案しようとしている。古いニュートン主義モデルと拡大意識モデルとの間を橋渡ししようと考察された今日の研究は、心霊の領域からの「データ」を組み入れることで、理解を紐解き始めている。そこでバリーは、「私たちは『心霊』という言葉を、物理的現実性と人間意識との間の相互関連性という意味で用いている」と言い、こう結論している。「これらの二つの分野の(派生する)不条理や矛盾の感覚は、科学的な論議より低位なものを意味しているものではなく、粒子か波動かとか、もっと最近では、量子的からまりとか多次元的移動論争といったものと同次元のものである。」

カール・ヤングは、偶然の一致といった心霊現象についての著作で有名である。彼は、黄金の甲虫石〔古代エジプトの護符・装飾品〕について読もうとしているまさにその時偶然に、一匹の甲虫が窓から飛び込んできた。しかし、偶然の一致では、量子力学を説明することはできない。つまりここで、超自然現象がむしろ正常となる。私たちは、同時性と偶然の一致という「その他の何か」を含み込むように、私たちの「データ」を拡大しなければならない。そうすれば、私たちは、私たちの思考が陥っている二重の犠牲に気づくことができるだろう。こうしたことを全て共に行うことは、バリーが指摘するように、とても複雑なプロセスで、ことにそれは、私たちが情報の海で溺れているだけに--ユーチューブには毎分ごとに35時間のビデオがアップロードされている--、なおさらのことである。そこでバリーは、そうした新物理学のために、四つの条件を提唱している。その第一は、私たちが受け止める宇宙とは超現実的であると認識すること。第二は、次元を人工遺物と認識して排除すること。第三は、現在を過去から現在に到来している過剰決定されたものとして扱うこと。そして最後は、意識は多大な関連物の勢ぞろいを経たもので、それが時間と空間の総印象を発生させているものと考慮すること。

 

亜原子粒子

 物質は、それが固体、液体、気体のいずれであろうと、分子からできている。各々の分子は、プラスを帯びた陽子を含む亜原子粒子からなる密な核心部を構成している。この核心部はマイナスを帯びた電子が軌道上をすばやく動いて取り囲んでいる。通常の空気の受動分子は、同数の陽子と電子をもって、電気的に中和している。イオンはひとつの分子で、ひとつの電子を得ているか失っており、空気中には、プラスのイオンもマイナスのイオンも存在する。私たちに「いい感じ」要素を与えるのはマイナスイオンで、人や動物を刺激しエネルギー化することができる。水と空気の間の摩擦は、電子が置き換わって自由に浮遊するマイナスイオンをつくる一方、プラスイオンは水滴とともに落下する原因となる。私たちが空気中に散乱したマイナスイオンを吸うと、爽快となって活気付けられることが多い。

通常、物質は分子から構成され、電磁的力が相互に結び付けて分子をつくる。こうした分子は集まって、固体や液体や気体を形成する。原子は「密な」核とそれを囲む電子の雲からなる。原子核は陽子と中性子からなり、強力な核力によって結合している。中心部では、陽子と中性子はそれぞれ3つのクォークをつくり、グルーオンとよばれる強い核力によって互いに結びつく。これらのクォークの「特性」つまり陽子の基本的要素には目を見張らされる。すなわち、その非常に小さなサイズは、私たちの理解を超える。基本的に、クォークは物質の根本的構成要素である。それが発見された時、アルバート・アインシュタインは宣言した。「我々はみな間違っていた。我々が物質とよんでいたものはエネルギーで、その振動は感覚に感じられるほどに下がってきた。」

クォークは、電荷、色荷、スピンそして質量といった、さまざまな固有特性をもっている。クォークは、根源的力として知られる四つの基本相互作用--電磁力、重力、強い相互作用そして弱い相互作用--のすべてを経験するため、素粒子物理学の標準模型のうちの唯一の素粒子である。あらゆる量子のフレーバーのために、反クォークとして知られる反粒子の対応タイプがあり、クォークとは、その特徴が程度では同じだが逆特性である点のみで異なっている。

グルーオンは素粒子であり、「クォーク間」の強い核力のための特性の基本力の運搬役として行動する。二つのグルーオンは一体となって他のグルーオンを作ることができる。また、一つのグルーオンは分かれて二つのグルーオン、あるいは三つのグルーオンにすらなることができる。したがって、もし一つのグルーオンを持っていたとしたら、たくさん持っていることになる。また、もし一つのクォークを持っていたとしたら、グルーオンをいくつも持っていることでもある。あるいは、もしグルーオンをいくつも持っていたとしたら、クォークをいくつも持っていることでもある。一つのグルーオンは、ひとつのクォークを他に変え、莫大なエネルギーを放出する。現代の科学は、かつては最小の粒子と考えられた原子が、実際に分裂しうることを発見した。検証を通じて次には、あらゆる生きる存在、さらにはあらゆる物質が、エネルギーで構成されていることを確認することだろう。

 

ひも理論

 ひも理論は素粒子物理学の一モデルで、世界は、よく知られた四次元の標準モデル以上のものから出来ていることを予言している。私たちが量子力学あるいは亜原子粒子の研究で得た知識は、それが、物理学の標準モデルではなく、独自の法則に基づいて働いているらしいことである。そこで求められることは、すべてをつかさどる統一理論であり、宇宙の両法則が通用しなければならないことである。両方に適用でき、しかも分解されてはならない一つの主方程式がひも理論で、統一の要求を満たしているが、ひも理論の数学を実証する実験はまだ考案されていない。ひもは振動するエネルギーの小片で、亜原子レベルで共振すると提唱されているが、科学的には検証されておらず、その存在も証明されていない。残された疑問は、それは物理学の理論なのか、それとも哲学なのかということである。加えて、一般相対性理論との食い違いもある。物理学の標準モデルは重力について完璧には説明できないが、ひも理論はそれができる。自然の他の力は、亜原子によっても説明可能である。タキヨン〔超光速で動くと仮定されている粒子〕あるいは無質量粒子は、エネルギーの小さなひもで、原子の何十億分の一の大きさである。重力をおこすグラビトンもそうであるが、説明はされていない。

ひも理論は、「すべての理論」--自然や物質のすべての力を説明する--には不足があるが、関心を呼び起こす開拓の道をひらく新たなアイデアをもたらしている。ひもが振動する異なった方式は、質量に特徴を与える。それが働くには、ひも理論は宇宙の多次元を考慮に入れなければならない。時間は3次元空間に加わる4番目の次元である。さらなる次元は私たちの周囲のいたるところに存在し、視野や自然の部分を逸脱し、ねじれ、互いにもつれ合っている。ひも理論は、最小でも11次元を予告し、あらゆる物質と力を説明するひとつの道である。ひも理論は、重力、強い力、弱い力、そして電磁力という自然の四つの力を統一することができる。それはまた、互いに矛盾する二つの理論基盤を解決する一つの道である。

ひも理論は、亜原子レベルにとどまっていない。マクロなレベルにおいては、宇宙の内部の働きに新しい方式をもたらしている。ワームホールは、宇宙的な近道であるようだが、時空間の「裂け目」がなければならない。量子力学は原子世界の法則であり、より高い空間内の他の次元を予告している。クォークの中で、各陽子と中性子は振動するエネルギーの「ひも」であり、世界のあらゆる要素を形成し、ゆえに、ひも理論はすべての統一理論であることを示唆している。

私たちの3次元を上回る諸次元は、あまりに小さく丸まっていて、目には見えない。ひも理論科学者は、私たちは3次元の膜--他の膜のようにさらなる次元を受け入れるのはほとんど不可能--の上に住んでいると提唱する。宇宙はおそらくより高い次元の宇宙内の膜である。薄切りにしたパンのように、パラレルな宇宙は私たちのすぐ横のいたるところにあり、そして、自ずからの物理法則にもとづいて機能しているのであろう。私たちはきっと、一片のパンの上に「捕われて」いる。私たちの世界の原子や粒子は、私たちの一片のパン上に限られた法則によって働いているが、おそらく重力は他の諸次元に属しているのであろう。重力は、パンの表面のシナモンのように付着しておらず、私たちの3次元の現実にしばられた物であるジェリーのようでもない。重力は弱い力である。光や電気や磁石は電磁力で、重力よりははるかに強い。グラビトンは、他の次元に逃げ去ることが知られている。重力波は、他の世界と交信できる可能性がある。

第三以上の諸次元の膜は、接触する可能性があり、もし衝突すれば、その「ビッグバン」でエネルギーが発生する。しかもそれは、遠い昔に生じた一度だけの出来事ではない。パラレルな宇宙は引き続いて衝突し、エネルギーと粒子の爆発をおこしている。そして理解の鍵は、こうした現象は、グラビトンによるものであることだ。グラビトンは閉じたループをなしており、別の諸次元へと流出している。電子、光子そしてグラビトンは、ひも理論を証明しようとする研究室の実験へのひとつの洞察を与えている。「スパーティクル」は次の発見で、量子理論の荒野を証明する助けとなるだろう。「すべての理論」への鍵となるエビデンスは、ヒッグス・ボソン粒子の発見である。この粒子は、その存在が有用で論理的であることを示す調和した数学式の分野において、数十年にわたる探求のすえ、2013年3月にその存在が仮定的に証明されたものである。まもなく新たな実験が、エレガントな宇宙の基本構造の中でのヒッグス・ボソンの役割を実証するか反証するであろう。

ひも、膜、パラレル宇宙、そして未知の諸次元は、研究室で再認識されるまでは、哲学の問題へと後退させられよう。だがしだいに明らかになってきていることは、宇宙のあらゆるものが、生きたものであれ無生物であれ、運動するエネルギーと予想を超える現実諸層から成っていることである。原子ならびに亜原子のレベルでは、エネルギーの運動がある。そうして、エネルギーの運動がどこであれ、振動がありまたその逆がある。私たちは、エネルギッシュな宇宙内に振動する電気的存在である。人間がエネルギーを送受信し、私たちの心がその振動変換機であることを想像してみよう。私たちは常に、エネルギーの波長や振動という信号を送り出し、他の振動する存在、出来事そして体験を、引き付けるか追いやっているのである。

 

【つづく】

 

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Modern Esoteric cover small

Modern Esoteric: Beyond Our Senses,  by  Brad Olsen

http://cccpublishing.com/ModernEsoteric  www.bradolsen.com

with permission, (c) Brad Olsen, 2015

 

 

 

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