サンダース・リボリューション Sanders Revolution

両生 “META-MANGA” ストーリー <第4話>

アルデバラン星系の惑星「フィラース」の主要メディアの報道を先に紹介したのだが、それは、太陽系の地球という惑星のある大国で、じつに奇態な大統領選が行われるようになってしまったという、宇宙の彼方からの一種の「なげき」のごとくだった。そのフィラーシアンによる報道の第二弾が手に入ったので、ここにさらに紹介したい。何やら、彼らのその「なげき」は杞憂におわり、地球人にある種の「希望」を見出しているかのようなのだ。

その第一弾レポートの中に、以下のようなくだりがある。

ただ、そうした選挙戦の中で、ひとつの興味深い異質要素が垣間みられる。それは、結果的に民主党内での候補者選びに破れて最終候補にはなりそこねたが、民主社会主義者を自称するサンダース候補である。彼は、そうした二重構造の一部の改革――たとえば、富の平等化、金融制度改革、あるいは、Buuによる世界的な経済植民地政策であるTPPに反対――を政策にあげるなどして健闘してきた。そして、そうした操り装置の歯車のどこかが狂って、もし、サンダース氏が大統領に選ばれ、Buuの支配に有効に歯向かう姿勢を堅持した場合、彼に故ケネディーと同じ運命をたどらせるシナリオが、Buuによって準備されているにちがいない。

この結論はいかにも不吉な予想を、このフィラーシアンのメディアは書いているのだが、それはもしこのサンダース候補が大番狂わせを起こして、大統領になってしまってからの話である。

まだ、そこまでには至っていない、地球年2016年7月段階の話である。

たしかに、それまでの予備選の結果、この大統領選をこれまでに牛耳ってきた、民主と共和という二大政党は、この7月までに、民主はヒラリー・クリントン氏、共和はドナルド・トランプ氏という、二人が各予備選に勝利して、11月8日の本選挙に臨む形勢となっている。

7月の段階では、両者の支持率はほぼ互角で、いずれが勝利するか、まだ誰にも予断の許せない状況である。

ただ、注意を要するのは、民主党の予備選で、同党の大統領候補になれずに終わったサンダース氏なのだが、この段階でもまだ候補者争いから降りておらず、最後の最後まで、可能性を探るとの姿勢を崩していない。

そうした彼が、いよいよ選挙の終盤に入ろうとする大詰めで、周囲の反対をも押切って民主党を見限り、もはや捨て身同然となって、インデペンデントへの鞍替えを表明したのだ。

むろん、サンダース陣営のことに民主党取り巻き連中は、いよいよの選挙終盤に向かって、サンダースのクリントン支持を取り付け、アンチ・トランプ票を固めるべきだとの意向に固執していた。

しかし、もはや、米国有権者、ことに大多数の庶民にとって、二大政党のいずれが勝利しようと、これまでに両党には散々幻滅させられ、ことに、Buuに骨の芯まで牛耳られ、大多数の国民には虚言を並べ立て、自らの党利党略で固まった両党に、国の将来の展望は見いだせないというのがこの選挙の真の争点である。もう、政党の違い自体やトランプ大統領か否かどうかなど、問題ではない状況だったのである。

いい換えれば、今日のアメリカ社会には、かっての繁栄を謳歌してきたその地位から脱落した元中産階級を中心に、その歴史上かつてない、巨大な不満が蔓延している。言ってみれば、選挙の行方を左右しうるその巨大な不満のマグマが、両党によって分断されている。つまり、現在の状況に導き、それから利益を得ているBuuら支配者層にしてみれば、この分断状況こそがミソであり、それさえ崩れなければ、この選挙でいずれが勝利しようと、その両者の違いなどは、彼らの手の内なのである。

つまり、隠された勝利への道は、第三の道、すなわち、この大統領選に関する限りはインデペンデントの道であった。サンダース氏はそこに、おそらく自分の最後の政治生命を賭けたのであった。

サンダース氏にその決心をさせたのは、こうした分断を熟知している彼の見識であり、それを信じる彼の支持者たちの熱意である。

いうなれば、彼がこの時点までの民主党候補としての選挙運動で切り開いてきたものは、この分断状況を誰の目にも明らかにすることであり、第三の道の不可避性を浮かび上がらせるためであった。慣例の二大政党選挙が執行される限り、自分たちの未来は「お先真っ暗」であることがあぶり出されてきたのが、7月までの経緯であった。

かくして、サンダース氏が立候補から下りず、第三の道の可能性を探り続ける限り、アメリカの社会は、少なくとも選挙制度上、従来の二大政党政治にピリオッドを打つ、≪サンダース・リボリューション≫を遂げてゆく可能性がある。

 

フィラーシアンのメディアが報じるレポートの概略は以上で、さすが遠方のフィラーシアンには、今後の選挙作戦として、サンダース候補が大統領本選に勝利するまでの道筋の詳細分析までにはふれていない。

いやむしろ、そうした作戦は、この7月以降の4ヶ月間に、アメリカ選挙民がどう組み立て、それをどう実行するのか、自ら決めてゆく道筋でもあるのだろう。

さらに、フィラーシアン社会は、サンダース候補の勝利を望む立場を明確に表している。だがそれと同時に、ある悲観論もないではない。

それは、サンダース大統領が実現した後、彼がインデペンデントな政策を前面に出せば出すほど、Buuら支配者層らとの対立は深まらざるを得ない。つまり、二大政党議員が従来のように二つの議会を牛耳っている限り、これまで以上に新大統領と両議会の対立は深まり、行政上の膠着状態が慢性化する事態は明らかに予想される。そしてそれを繰り返し見せつけられれば、サンダース大統領を生んだ一時の熱気や希望もしだいに忘れ去られ、「何も変わらない」とのあきらめの充満がやってくる。

すなわち、もしサンダース大統領が実現しても、今後、議会にインデペンデント派勢力を浸透させてゆけない限り、アメリカ政治の実質は変化してゆけない。そうした長期にわたるだろう広範な浸透の戦いを、アメリカ国民は戦ってゆけるのだろうか。

そこで、フィラーシアンのメディアは、一種皮肉な見解を披露している。すなわち、アメリカの背後のもっともた巧みな支配者は、時間をかけたプロセスの内に、それを米国国民の不満の「肝抜き」に利用しうるがゆえに、今回の「サンダース・リボリューション」をも一種のお祭り騒ぎにかつぎ上げ、サンダース大統領を受容すらするかも知れない、との見方である。

かつてオバマ黒人大統領が誕生した際、同じような熱狂が米国を覆った記憶もまだ生々しい。しかしその後、彼ほど「お飾り物」にされた大統領もかつてない。

ちなみに、そういうオバマ大統領は、自国の核保有を棚に上げ、世界の核廃絶などと、広島・長崎の被爆者の悲願にすら便乗してノーベル平和賞に輝くといった風に、その「お飾り物」度も極致にすら至っている。ましてやその彼の謝罪ぬきの広島訪問など、Buuら支配者の望む米国の覇権維持のためには手段を択ばぬ姿勢の表れ以外の何物でもない、というのが、フィラーシアンのメディアの率直な分析であるようだ。

むろん、サンダース側が、さらに長期的に支持陣を拡大し、議会とともにアメリカ政治を変えてゆく可能性が視野に入ってきた時、それこそ、かつてのケネディーの「二の舞」の再現の前夜情勢となろう。

 

以上のレポートには付け足しがある。どうも、フィラーシアンの若手読者からの反応のようで、上記の悲観論といった冷静で傍観的な分析はありえても、サンダース大統領が誕生することには、それだけの現実的で動的な意味はある。そしてそれは、誰にも予想のつかなかった《不測のインパクト》生み出す可能性があり、それが新たな歴史を切り開く契機となる、というものである。

 

【7月7日の予定を繰り上げ、2016年6月27日に掲載】

 

 

Bookmark the permalink.