今号の目次

俺は先刻、名を改めてMOTEJIにした。じつは、今月初め、地球で死んだばかりで、まだ、この宇宙霊理空間にやってきたての新米だ。

地球で生きていたころ、その末期にはひどい認知症をわずらって、それはもう惨憺たるものだった。自分の内部世界は健全に駆動しているのに、外界との交信が次第に役に立たずになっていった。最後はまるで、水槽に密閉された一匹の金魚同然だった。家族や友人たちは、ガラスの向こうから俺を覗き込んで、いろいろ話しかけてきているのだが、俺はそのこっち側で、ただ口をパクパクさせているしかなかった。そういう自分をさらし、かつ、見ていなきゃならんのは実に苦痛だったね。一種の生き地獄だね。しかも、滑稽でさえもあったな。だって、自分で自分の便の始末すらできないのだからな。赤ん坊ならこれから成長する楽しみもあってオムツ姿もかわいいが、そんな俺には将来もなく、赤ん坊以下のまるで大きなお荷物同然と思えたよ。 詳細記事

いよいよこの訳読も大詰めに入ってきており、今回では、その結論部の最初の章、「ユートピア」の議論を読んでゆくこととなります。

そういう流れで、本書の集大成部に踏み入って行くのですが、ただ、そういう性格がゆえに、それが逆に含んでしまう、つまり、かなり理念的議論に終始するという特性がゆえに、この章のみを読んだ場合、ある種の退屈な「観念論」との印象を持ってしまいかねない弱点があります。

そうした場合、その前にまず読者に心してほしいことは、読者は本書の一連の訳読を、《フリー》つまり「ただ」で――しかもオンラインで――読むことができている、ということです。 詳細記事

 

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【新版(Second Edition)に基づく】

 

ユートピア

すべての人のために、フリー・エネルギーを構想し、その開始のために、お金を消滅させよう。人類にとっての黄金時代は、もうそこまでやってきている。
 

歴史の緒言

 

「それは最高の時代であり最悪の時代であった。それは知恵の時代であり愚かさの時代であった。それは信仰の時代であり不信の時代であった。 それは闇の季節であり希望の春であり絶望の冬であった。私たちは前途にすべてを持っていた。私たちは前途に何も持っていなかった。私たちはだれも天国に直接に行こうとし、だれも反対の道へと直接に歩もうとしている。」――チャールズ・ディケンズ著、『二都物語』

 

「幸福は自分次第である。」――アリストテレス

 

「あなたの思考を選び、感情のどの流れを解放しどれを強めるかを選ぶことによって、あなたは自らの「栄光」の質を決定しうる。 あなたは、他人に与える影響と、自らの人生の経験の性質を決定しうる。」 ――ガリー・ズカフ〔米国の霊性的教祖、著者(1942-)〕

 

 「エネルギー、パワー、振動は、人間、動物、鉱物のすべてが持っている。 動けば動くほどそれは増える。 地球や太陽系、全銀河、宇宙自体がエネルギー、パワー、振動を持っている。」――シャーマン・マンコルト『The Stepping Into The Fire』 詳細記事

この度の北米旅行の目的のひとつに大統領選挙のクライマックスを現地検分することがあったのですが、今回はまず、その見聞記から入ってゆきます。

結果として、トランプ氏が劇的な勝利をさらったその行方について、私は実際にアメリカに行くまで、それを確信できませんでした。ところが、まずサンフランシスコ、そしてロスアンゼルスと、アメリカ西海岸の二大都市に滞在して、ほとんど即座に、その勝利を確実視するようになりました。それは、この二つの都市の荒廃ぶり――前から耳にはしていましたが――を目の当たりにして、アメリカの陥っている問題の深さゆえ、尋常ではないことが起こりそうだと肌で感じたからでした。 詳細記事

今回訳読する章『地球外の惑星』では、私には大いに注目させられる議論が展開されています。それは、「地球痴呆化機構」というタイトルの節にあり、その要点は、一部のETたちが、地球を回る衛星に仕組まれた装置や、月や火星に密かに存在する彼らの基地の施設を使って、地球人の脳の「痴呆化」を図っているとの仮説です。 詳細記事

 

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地球外の惑星

こいつらはでっかい。 何て大きさだ。信じてもらえないだろうが、どこかの宇宙船がここにいるって言っているんですよ。クレーターの向こう側に並んでいる。月面上で、我々を観察している。」――アポロ11号宇宙飛行士ニール・アームストロングのコントロールセンターとの交信

上のニール・アームストロングとNASAとの交信は、1969年の歴史的な月面着陸の際のもので、テレビやラジオ局が使用する周波数を通じて、ハム無線家が傍受し記録したものである。 その月面に立った最初の人間は、他の宇宙船が着陸船イーグル号が着陸したクレーターの縁に列をなしていると語り、後にこうコメントしている。「それらの宇宙船は、大きさと技術の両方で、我々のものをはるかに凌駕していた。 そいつはでっかく、かつ、威嚇していた」。ニール・アームストロングはまた、NASAが最初に月に到達したわけではないと述べた。 1979年、NASA通信システムの元チーフ、モーリス・チャテレインは、ニール・アームストロングが実際にクレーターの縁に2機のUFOを見たと報告してきたことを断言している。「この遭遇はNASAにとっては常識であるのだが、今までそれについて誰も語ってはいない」と彼は述べている。残念ながら、NASAはUFOの存在については何の公表もしていない。

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旅の醍醐味は、何といっても訪問地自体のもつ地理的魅力ですが、それに劣らずに興味深いことは、その訪問先で一見“偶然”のように生じる未知の人との出会いです。ところが、その「偶然」というのは、実はそうではなく、世界のあまたの地からそこが選ばれ、そこを訪れた人々が共通して持つ選択や好みがその背後にあり、いわば「類が類を呼ぶ」収れんがそこに生じているのです。その結果、その出会いとは、そうした「類」同士における初接触であるのです。そういう意味で、その偶然は、あってしかるべき必然の産物なのです。そして、そうした出会いを体験したその新鮮な驚きは、旅の持つ地理的魅力に負けぬ旅の深みをもたらしてくれます。あたかも、旅という「ふるい分け」がもたらす絶妙の「縁結び」であるかのように。 詳細記事

私などには、クロップサークルはUFOなどとくらべ、やや馴染みの薄いテーマです。日本の田にも出現したことはあるようですが、私の知識の限りでは、それほどに知られた現象ではないようです。しかし、畑に一夜にして描かれる図形が、謎の現象であるどころか、ETからのそういう形での何らかのメッセージであるとすると、俄然、興味を引き起こされ、その本物を見てみたいとの関心も抱かされます。 詳細記事

 

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【新版(Second Edition)に基づく】


クロップサークル

「英国および世界各地に拡大している実に驚異的な現象がある。そしてそれについて、少数の人たちによる非科学的な思考やおそらく意図的な誤報が、ナイーブな報道によって世界的に取り上げられ受け入れられていることは、非常に残念なことである。その結果、何百万人もの人々は、その拡大する現象を意識して体験する機会を奪われてきた。それは私たちの文明の損失だが、幸いにも、そうした嘲笑され暴かれたクロップサークルの言動は、人類が先へと進む主要な変化には何ら貢献していない」――アラン・ホルト(NASA国際宇宙ステーション・プロジェクトマネージャー

私たちはいま、現代のトップ物理学者や天文学者たちが、間違いなく地球外からの訪問をうけているという論議を行い、また、過去30年間に世界中においてクロップサークルの出現頻度が増しているにもかかわらず、科学界はそうした現象に潜むどんな可能な証拠をも一蹴しているという、実に奇妙状況にある。

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ふと気が付いてみると、今度の北米大陸旅行は、先に書いた「反歴史》《反事実」といった姿勢に、知らず知らずに入り込むことなっていました。

というのは、日本人は歴史過程をつい単一構造で見てしまう習性があるようで、それがいったん旅に出ると、そんなものではない気配にさらされるからです。

今回の北米大陸旅行のうち、先のアメリカで発見したものは、グランドキャニオン地帯にある重層するキャニオン構造でした。

それにつづいて、このメキシコ旅行で発見しているものは、アメリカのそれとは対比をなして、歴史上のもろに重層する文明構造です。

私のように、訪問地の事情など不勉強のまま旅を続けていても、そこにしばらく滞在していると、その表層の背後に存在する、歴史や文明の地殻構造が感じられてきます。いわば文明の「グランドキャニオン」たるものが、そこここに歴然と存在しているのです。

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今回訳読の章は、「未確認動物学」といういっそう聞き慣れないタイトルの章です。

つまり、この章の要点は、世界のあちこちで伝説的に言われている、いわゆる「怪物」たちは、ETによる遺伝子操作実験による副産物だということです。

たしかに、世界に多々存在している少なくともそうした「怪物」たちの目撃談は、エソテリックな観点で、見直してみる余地はあります。

これまでの議論から見ると、ややマイナーな論点に見えますが、読んでみると、それなりに興味深いところがあります。

それでは、「未確認動物学」の章へご案内いたします。

 

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【新版(Second Edition)に基づく】


 

未確認動物学

「最も重要であるべき最初の平和というものは、人々が、宇宙とその力との関係や一体感を認識する時、その魂のなかに宿るものである。そして人々が、宇宙に存在する偉大な魂の中心にあると認識し、かつ、その中心とはどこにでもあるもので、私たちのそれぞれの中にも存在する。」――ブラック・エルク(スー族の聖者)

「未確認動物学 (cryptozoology)」という用語は、1950年代に、バーナード・ユーベルマンスというフランスの動物学者によって作られた。この学問分野は、文字通り、隠れているあるいは未知の動物について研究するものである。それは、オーストラリアのバニヤップ、あるいはもっとよく知られたビックフットやチュパカブラやネッシーといった、よく解明されていない生物についての研究である。 20世紀初頭、アメリカ人作家チャールズ・フォートは、膨大な量におよぶ文書や「とらえどころのない証拠」の収集を開始した。これらは、科学的には説明不可能あるいは対象外としたデータで、例えば、魚やカエル、神秘的な動物、血を降らす嵐、あるいは、深い地層で製造された芸術の発見といったものがあった。フォートは、飛行機の発明の前に、空にうかぶ巨大な円柱とか球体といった、空を飛ぶ多数の現象を収集した。今日では、これらの多くはUFOと考えられるものである。未確認動物学あるいは超自然な動物学は、説明不可能な動物あるいは「怪物」についてのあらゆる種類の研究をいう。そうした生き物や「未確認動物」は主流科学の常識によっては取り上げられず、従って、それらの存在はないとされている。そのように、未確認動物学は動物学の科学的分岐とはされていない。

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世界に存在する「質」には、《質からくる質》と、《量からくる質》の両面があるようです。

私は、70になってようやく、このアメリカという「地球の一角」を初体験していますが、この国は、その後者の《量からくる質》の典型であるように思われます。

他方、私が人間として所与の条件として体験してきた日本という別の「地球の一角」は、前者の《質からくる質》の典型であるように思われます(ただしここに、質を量より上位に見る視点は一切ありません)。 詳細記事

以下は、2016年9月22日から30日まで、大学時代の旧友夫妻たちと旅したカナダ・ロッキーのフォトレポートです。

 

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世界中からの観光客で、どこの景勝地も人また人。人影のないショットを得るのも一苦労。モレーン・レイクにて。

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別記事でも述べているように、カナダ旅行を終え、私にとって初めてのアメリカ旅行を始めています。

カナダのバンクーバーで、友人たち一行を見送った後、私と連れは、まずサンフランシスコに飛び、本訳読書の原著者、ブラッド・オルセン氏に面会しました。

その後、ロスアンゼルスをへてラスベガスを訪れ、10月5日夜から翌日には一晩と丸一日をかけて、まず、UFO見物のメッカ、レイチェルを訪れ、さらに訳読の「黒服の男たち(その1) 」でも述べられいる「エリア51」を実地検分してきました(残念ながら、ETとの遭遇はかないませんでしたが)。 詳細記事

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黒服の男たち(その2)

 

「シェイプシフト」

用語「shapeshifting〔形状変化〕」は、人間やETの(肉眼で見られる)姿や形の変化を指す。それはまた、transformation〔変換〕、transmogrification〔変形〕、homeomorphism〔異形同質〕または、metamorphosis〔変態〕とも呼ばれる。 「黒服の男」は人間の姿、形、および解剖学的特性を有しているが、厳密には、人間ではない。彼らは私たちのように見えるように変異することができますが、唯一変異できないのがその瞳――円形ではなく縦割り――で、そのため彼らはコンタクトレンズや濃いサングラスでそれを隠している。彼らの実際の、または「本当」の外観は、恐ろしいような姿で、地球上の人間には、だれにも間違いなく、恐怖と警戒を与えるものである。

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前回、霊理学を科学と見るための定義のひとつとして、「人間-生命=霊理」という方程式をあげました。

そう考えながら、以前、日野原重明(聖路加国際病院名誉院長)氏が、明日の世界を担う子供たちに教えたい最も大切なこととして、「命とはその人が持っている時間のこと」との言葉を思い出しました。

私は、氏の著作や講演でこの言葉に出会いながら、正直なところ、いまひとつピンとこないところがありました。

しかし今、自分で編み出した「霊理」と言う、用語ばかりでなくそれが対象とする領域を想定する時、あらためて、氏の言わんとしていたことが何であったのか、それが浮上してきています。 詳細記事

本稿がオンラインされる頃、私は、初めての北米大陸旅行のため、アメリカに向かう機中にあります。旅程は、いったんカナダを訪れ、その足でアメリカ本土そしてメキシコに向かいます。そしてふたたびアメリカに戻り、11月8日の大統領選挙結果を見届けて帰路につきます。 詳細記事

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黒服の男たち(その1)

「真実は時に不可解である。それに取り組むためには、多大な労力が必要となる。それは直感に反することもある。それは深く居座った偏見に対立することもある。そしてそれは、我々が何はともあれ真実と望むものと調和しないこともある。しかし、私たちの好みが、何が真実かを決定することはない。」――カール・セーガン〔米国の天文学者 1934-96〕

「黒服の男たち〔Men in Black〕」の説明には、ほとんどの人は目を丸くするか、1997年のトミー・リー・ジョーンズとウィル・スミス主演のヒットSF映画を思い浮かべる。しかし多くの人は、その映画が俗に「MiB」と称される者と遭遇した、何百もの実話にもとづいていることを知らない。黒スーツで身をつつんだ威圧的でスパイ風な男――秘密の使命を負い秘密の組織に属していると考えられる――に会ったという異様な目撃談は、過去数十年にわたって存在している。UFO目撃者を困らせることを唯一の目的とした、トレンチコートを着、フェドーラ帽をかぶり、ラップアラウンドメガネで目をおおった、厳しい印象の男のグループについて、年間を通じて、多くの異常や超自然な報告がある。彼らは、何かの効果のためにではなく、なにかのカモフラージュのためにそうしているようだ。ほとんどのそうした黒服の男たちとの遭遇は、夜に起こっている。そうした黒服の男たちは、不気味でとらえどころがなく、彼らの写真や訪問の証拠はほとんど残されていない。

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この「越界-両生学」という枠組みを設定して、その「第一本編」とやらを昨年の7月に書きました。それがほぼ一年余りの潜伏期をへて、いよいよ、動きを開始しそうです。そして、この新たな気配は、私の70歳の誕生日の二週間後にやってきて、どうやら、この先10年間の新たな十年紀のメインテーマの一つになりそうです。

その新たな気配とは、別掲のように、訳読作業の必要から出てきた新語「霊理」にかかわっています。 詳細記事

《地球人には「愛」がある》

「血を分けた子」という言葉がある。

あるいは、自分の手で植えた苗木が成長した成木に、何とも特別な気持ちを抱いてしまう感情がある。

つまりそこには、自分が関与した生命にまつわる、深い思い入れが存在している。

それを男の立場で言えば、自分の性器の分泌液が、女の体内に注入されてその卵子を受精させ、やがてその受精卵は子となってこの世に誕生し、その子がどんどん成長して、どうしも否定のしようのない自分のコピーとなって存在しつづけてゆく。 詳細記事

もし、今回訳読の章に書かれていることが真実だとすると、世界中の政治家のすべての首が吹っ飛ばなければならない話です。というのは、今回の議論にもとづけば、もうすでにこの地球は、異星人の植民地となる勝負は決しているにも拘わらず、その「敗戦」の事実は一切、秘密にされ、各国民に何ら知らされていないからです(つまり、かつての「大本営発表」と同じことが、今日、世界的に行われているということです)。

そしてその“責任”ある――事実上の“言い逃れ”の――説明は、「それに対処しうる計画が開発されるまで、秘密にされなければならない」というわけです。つまり、もはや完全にお手上げなことを、いまさら発表する――そして国民の不安と混乱をあえてつくる――必要はない、ということです(逆に言えば、責任担う政治家にとっては、それは「墓場まで持って行かねばならない」知ってしまった事実である、というしかないことであるようです)。 詳細記事

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人間拉致と畜牛切断

 

「次の戦争は惑星間戦争になる。いつの日か国民は、他の惑星人の攻撃に対する共同戦線を構築する必要がある。」――ダグラス・マッカーサー元帥、1955年

 

UFOに関連する謎の中で、畜牛の切断と人間の拉致は、報じられる諸現象の中でもっとも奇妙である。北米全体にわたって、何千匹もの農場の動物が外科的に切断されている。ことにグレート・プレーンズや南部ロッキーマウンテン各州、特にコロラド州とニューメキシコ州においてそれは顕著である。そうした切断は、他の家畜にも行われているが、そのほとんどは牛に行われている。その一般的な説明は、それが「オカルト」の宗教的な行動に関連したものというものだが、今のところ、まだどんな集団も名乗り出てもいないし、逮捕もされていない。連邦政府はその捜査になんら乗り出しておらず、司法省もそれを、「個人による儀式あるいは祭事としてなされたもの」として、何ら問題としていない。しかし、トリニダードのコロラド州地方検事局の主任調査官ルー・ジロードは、南コロラド州のその神秘的で、無血で、痕跡のない動物の死亡事例を調査するために配置された。彼は、犯人は「この惑星のものではない生き物」、と結論づけている。

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《地球側よりの情報》

最近、世界、ことに、おびただしい商品バラエティを持つ日本のアダルト・ショップのトイの売れ行きが異常に伸びているという。

最初それは、日本を訪れる外国人が増え、彼らによる「爆買い」や「好奇心買い」がその原因なのだろうと考えられていた。

確かに、それが大きな一因であることに間違いはなく、外国人のお客さんが増え、外国語で対応できる店員を置いている店もあるという。そうではあるのだが、どうも、それだけではなさそうなのである。 詳細記事

おそらくこの章は、本書の中でも、もっともSF(サイエンス・フィクション)の度合いの高い章ではないでしょうか。言い方を変えれば、極めて深遠な仮説――あるいは最奥に隠されている真実や宗教分野にもおよぶ視野――を掲げている章ではないかと思います。

ことに、すでに人類の一定部分は、遠い昔のETとの混血による、人間とETとの「ハーフ」である(そういう言葉は用いていませんが)と言っている箇所は、その典型だろうと思われます。 詳細記事

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【新版(Second Edition)に基づく】

 

宇宙生命体

 

「夜、頭上に輝く星々について考えてください。私たちが決して到達することのできない、そうした途方もない世界のことを。そしてもし可能なら、それらに、私がよく思いをはせる惑星を加えてください。そうして星々たちを見ると、それはそんなに鮮明なのに、まだそんなに遠いことが、私を悲しませます。」――セシル・ローズ〔英国の政治家(1853― 1902)〕

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いきなりの声明となりますが、《「し」とは「タイムマシーン」に乗ること》です。

さてそうとは口火を切ってはみるものの、この声明を理解するには、二つのキーワード、「し」と「タイムマシーン」の双方を、従来的な意味から抜け出て理解する必要があります。

私は子供のころ、「のりもの」の絵本が好きでした。70の大台に至ろうとする今でもその好みの方向はほぼ変っていません。当時、そうした絵本には、自動車とか、汽車とか、飛行機とかの詳細画が描かれていて、子供心に、何かそれらが、自分をどこかに連れて行ってくれる魔力をおよぼしてくるように感じられ、わくわくさせられたものでした。 詳細記事

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【新版(Second Edition)に基づく】

 

時間と空間

 

「過去への思いわずらいを捨て、未来に夢するを忘れよ。過去はもはや存在せず、未来はいまだ生まれていない。深く現在をありのままに見つめ、いにしえの主たちの静寂と調和を達成すべし。」――ブッダ・ベーダ・カラタ・スッタ

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まず、本章の結論から先に触れると、次章である「空間と時間〔未訳読〕に、この章で述べられる「地球人の失敗」に関する疑問を解く鍵があるとなります。

つまり、本章の主旨は、ETとの宇宙条約交渉――これが真実でかつ公表されるなら、世界の耳目をさらう《歴史的出来事》のはず――で地球人は失敗しており、事実上、地球は乗っ取られたのも同然である、という視点です。そこでですが、その背景には深い理由があって、それが、次章で述べられているというのです。むろん、地球人はその事情を理解しきれていないでしょう。だからこその、その失敗なのです。 詳細記事

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 宇宙次元の極秘:UFO

 

「米国政府は、UFOには無関心を装っている。だが実際は、何十年にもわたって、おそらく、突出した、最優先の関心事であった。」――元カナダ国防大臣ポール・ヘリアー

 

Eppur si muoveとはイタリア語で「それでもそれは動いている」という意味である。有名なイタリアの数学、物理学、哲学者のガリレオ・ガリレイの言葉である。1633年の異端者裁判の前に、地球は太陽の周りを動いているという彼の信念の撤回を余儀なくされた時に発せられた。ガリレオは裁判中、司祭らに望遠鏡で見るように尋ねたが、彼らは、受け入れ難いものを見るとは判っていたので、それを拒否した。今日でも同じような拒否が、UFO現象に関して真実のようだ。 詳細記事

これまで、反重力とかタイムトラベルといったものを、純粋にSF的テーマとして、親しみはしながらも、現実とは一線も二線も画したものとして受け取ってきました。それが、本訳読を開始以来、ことに今回の訳読を体験することで、むろん、その専門分野が飲み込めたということではないですが、なにやらリアルな世界である感触がしてきています。少なくとも、単なる“絵空事”は超えたものとして。 詳細記事

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 反 重 力

 

「あるアイデアが、最初、馬鹿げて聞こえないなら、それには希望がありません。」――アルバート・アインシュタイン

 

 科学革命は、英国人の物理学者、数学者、天文学者、神学者、自然哲学者、錬金術師そして発明家である、アイザック・ニュートン卿(1643―1727)による『自然哲学の数学的諸原理』の出版によって隆盛を始めたと考えられる。ニュートンはそして、1968年、『プリンシピア』を出版し、二つの包括的な物理理論を成立させた。その第一は、ニュートンの運動の法則で、古典力学を打ち立てた。第二は、ニュートンの引力の法則で、重力の根本原理を説明した。この両法則は、その後何世紀にもわたり原則と考えられ、その各々が独自にうまく機能した。『プリンシピア』はまた、流体力学のいくつかの理論も述べている。この著書は、万有引力と運動3原則を説明し、科学史における最も偉大な著書と言われている。同書は、古典力学の基礎を確定し、その後3世紀間の物的世界の科学的視野を確立させ、近代技術の基礎を築いた。 詳細記事

アルデバラン星系の惑星「フィラース」の主要メディアの報道を先に紹介したのだが、それは、太陽系の地球という惑星のある大国で、じつに奇態な大統領選が行われるようになってしまったという、宇宙の彼方からの一種の「なげき」のごとくだった。そのフィラーシアンによる報道の第二弾が手に入ったので、ここにさらに紹介したい。何やら、彼らのその「なげき」は杞憂におわり、地球人にある種の「希望」を見出しているかのようなのだ。

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いきなりの表現となりますが、私は、後天的「知識」以前の、時にはそれを超えた≪より高次の認識≫の根拠として、自分の先天的感性を生む内部の何か――おそらくそれを発生させる何らかの振動子――と、大自然や宇宙を満たすさまざまな振動源――音とか太陽光線とかとか宇宙線とか――との間の、≪共振≫があるのではないか、と考え始めています。

この「より高次の認識」とは、自分の人生の経験として、どうも普通の知識レベルの認識とは区別される、いまひとつ奥深くの感知の世界があり、それに幾度となく出くわし、否定しようにもどうにも否定できなく、長きにわたって意識し続けてきました。そしてそれを、たとえば、若い世代の人などには、「自分内部の声を聞け」などと話したりもしています。 詳細記事

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【新版(Second Edition)に基づく】

 

 

時空連続空間を抜け出して異次元へ、私たちといっしょに行き来しましょう。この世からあらゆる不思議世界への必須ガイド。

 

 歴史の緒言

 

「海よりもはるかに壮大な世界、それは空だ。空よりもはるかに壮大な世界、それは魂の内部だ。」――ヴィクトル・ユーゴー著、『レ・ミゼラブル』「ファンティーヌ」より

 

「私たちは、広大な宇宙のオーケストラのメンバーで、それぞれの命ある楽器は全体を補完し、調和のとれた演奏に不可欠である。」――J・アレンブーン

 

「私は、空飛ぶ円盤がもし本物なら、地球上のどの勢力の指揮をうけていないことを保証する。」――1950年、ハリー・S・トルーマン

 

「私が大統領になれば、この国が持っているUFO目撃に関するすべての情報を国民および科学者に公開します。私は目撃の経験がありますので、UFOが存在することを確信しています。」――ジミー・カーター、1976年 詳細記事

率直に言って、今回の訳読も、「もしこの記述が真実ならば」と驚嘆せざるを得ない記述の連続です。むろん、原著者にも、その確証はとれない事柄で、記述は各所に「伝えられる」とか「報じられている」とかとの表現で扱われています。

その一方、それが虚偽であるとの確証もとれないのであり、私たち読者としては、そういう情報として、それをひとまず頭にとどめておくしかありません。 詳細記事

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【新版(Second Edition)に基づく】

 

 

ニューメキシコ州ドゥルセ

ニューメキシコ州ドゥルセ(Dulce)は、4,000人に満たない人口の――大半がジカリラ・アパッチ族――、小さな田舎町である。過去数十年間に、その町付近の多くの牧場では、何百件もの奇怪な家畜切断事件が発生し、軍ヘリコプターが頻繁に目撃されている。1980年代半ば、不気味な異星人地下基地の話が浮上し、それは今日までも続いて、あたかもドゥルセの町全体が、取り沙汰される異星人地下実験所と同義語のごとくにすらなっている。というのは、ドゥルセはロスアラモス実験所の北西わずか160キロメートルに位置し、陰謀説ファンの関心にさらなる油を注いでいる。ともあれ、ロスアラモスは、米国のヒト・ゲノムやDNA研究の最先端の研究施設となっている。 詳細記事

この「両生歩き」は、今号で300号を迎えました。

本来なら、記念の特別企画でも掲載したいところではあります。しかし、そうにもならないのっぴきならぬ事がおこり、その対応に追われています。

というのは、東京杉並高円寺に、私が日本にいる当時に住居にしていた、もう築45年をこえる古いマンションがあるのですが、それが火災に会い、その後始末や今後への復旧のために、急きょ日本に帰国する事態となっているためです。 詳細記事

率直に言って、今回の訳読は、これまでのうちで最も「信じがたい」とコメントしたい議論です。

ことに地下基地について、確かに冷戦時代、まだ若かった私は、核攻撃に備えた地下シェルターがアメリカ全土に建設され、個人の家庭向けにも小規模の地下豪が販売されたとのニュースを幾度も聞いたことがありました。そうした話を思い出せば、点としての重要地下シェルター施設が線としての地下トンネルで相互に結ばれていたというのはあり得る話ではあります。 詳細記事

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【新版(Second Edition)に基づく】

「我々は、自らの意志に反して、着実に移動し、漂流しているようである。それは、あらゆる人種、国民、階級の意志に反して、ぞっとする大惨事に向かってである。誰もがそれを差し止めたいとしているが、その方法がわからない。」

ウィンストン・チャーチル

1950年代初めに着手された地下基地の広大なネットワークは、米国から始まり、その費用は膨大な数兆ドルにおよび、人類史における最大の建設プロジェクトをなしている。また、ほとんどの人びとは、こうした地下基地が存在していることすら知らない。「限りなき変貌」の調査者によると、以下が比較的知られた米国の地下基地の一部で、その多くは、最初、冷戦の勃発とともに建設された「政府継続(GoC)」施設として着手されたものである。

詳細記事

車いすの宇宙物理学者、スティーブン・ホーキンズ博士は今月12日の記者会見において、人類が地球を脱出して移住できる惑星を見つけるプロジェクトの発足を提唱しました。彼によると、人類はこの先100年以内で滅びる可能性があるといいます。世界の大金持ちたちは、このプロジェクトに賛成し、大金の提供を約束しているようです。率先して逃げ出す用意を整えているのでしょうか。

そうした宇宙版ノアの箱舟のアイデアは、いかにも西洋人的で自然征服的です。同じアイデアを裏返せば、宇宙の果ての他の惑星で、この地球同様の問題をかかえ、その移住先を求めて、すでにその使者がこの地球にやってきているとの見方も存在しています。 詳細記事

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【今回以降、2016年に発刊された新版(2nd Edition)に基づく】

「我々が誓うことは、統治が、敵意と征圧の旗のもとにではなく、自由と平和の旗のもとになされることである。そして我々は、宇宙が、武器と大量破壊によってではなく、知識と理解という方策によってなされるべきであると誓う。さらに、この誓いは、この国の国民である我々が最初であり、そしてそうなろうと努めることにのみに満足することである。」

ジョン・F・ケネディー大統領

(1962年9月12日「月に行く選択」演説で) 

旧約聖書創世記の冒頭の有名な一行が「はじめに・・・ありき」で始まり、地球上の生命の創造の場面が述べられている。創世記は、第19章24節でそのトーンが変わり、「そこで、主は硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて」と述べる。この節の表現は、宇宙における武器に関する論争と、驚くほどに似ている。それはあたかも、創世の時代の天より命じられたハイテク戦争とでも言えるほど、(聖書やその他の文献上には)多くの関連性があると、古代宇宙飛行士説の提唱者は論じている。ジョン・F・ケネディーが提起した月への到達競争の〔冒頭の〕演説のように、たとえ私たち〔米国人〕のみが、その構想を実現するべきであったのだとしても。 詳細記事

日本は19世紀半ば、泰平の眠りを破られる思わぬ外来者を迎え、夜も眠れぬ事態におちいった時期がありました。

そうした来訪がどれほどに予期しえ、それへの備えがいかに可能かはどうかは、主に、地理的条件に左右される外客や外敵との遭遇度や、むろんそれを迎える側の知恵の深さの度によりましょう。

そして日本のように島国であった場合、大陸の一端に位置する地続きの国々と比べ、その孤立の度はいっそう大きく(逆に、外敵来襲の危険からはそれだけ守られ)、実際の外来者を経験した際のインパクトの度は、その孤立度に比例して激しいものであったことでしょう。

そして日本の場合、それは三世紀半ほどの鎖国の時代――建前として、外の世界の存在を秘匿していた時代――の末でしたが、ついに開国の決断を強いられる現実との遭遇に至ったわけです。

そこでなのですが、この地球を、宇宙という大海原に浮かぶ、やはり一つの孤島として考えてみたらどうなのでしょうか。つまり、かっての日本と外国という関係は、同じような危険と摂取の問題を含んで、人類とETという関係に置き換えることができましょう。 詳細記事

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「他の誰もが話したくない真実を口にすることは、馬鹿者だけができること。」

ウィリアム・シェイクスピア

 

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真珠湾攻撃から数週間後、戦争の恐怖の真っただ中で、他の世界あるいは他の次元から到来した宇宙船が、停電の暗闇の中でパニックとなったロスアンゼルス上空を旋回しているシーンを想像してみよう。日本軍の見知らぬ航空機と推定されるこの巨大な機体が攻撃をしかけてきた、と想像してみよう。それは、カルバー・シティーとサンタモニカの上空でほとんど静止しているにも拘わらず、何十万人もの市民の眼前で、何十もの対空砲が火をふき、5.4キログラムの高性能爆薬弾丸をおよそ2000発もぶち込んでいながら、その飛行体をただちに破壊できない光景を想像してみよう。そして、あなたが、そうしたロスアンゼルス戦争という出来事を考えることが一体なにを意味するのかを想像してみよう。(with permission, (c) Brad Olsen, 2016)

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第9回
  遺品のショパン  

 

 このシリーズは、表題のように、「老い」 という “現象” ―― 「人生ステージ」 と言った方がいいかも――を扱ってきています。二周目の人生航路に避けては通れない、明暗こもった 「パンドラの箱」 です。誰しもすすんでは開けたい箱ではありません。 
 前回までは、その 「老い」 について、 徐々に衰えゆくその方向は変えられないものの、そのうちの 「健康」 サイドに焦点をあて、それでもなんとか 《創造過程》 に乗せうる 「明」 の角度から見てきました。
 その一方、たとえば、私の親しい友人のひとりが、年齢的にはまだ早すぎとも受止められるのですが、すでに明らかな痴呆症状を示し始め、その彼や家族のことに考えを廻らせていると、時間の問題として誰にもやってくる、 《病的状態》 としての 「老い」 の側面も、ひしひしと現実味を帯びて迫ってきます。
 この老いにまつわる 「暗」 の側面は、自分自身の白髪のように、いつの間にやら自分の一部属性と化している、しかも白髪事程度ではすまない、重たい荷物です。
 同じ避けられない属性でも、昔の成長時代に伴ったそれなら、ポジティブな自分自身として、誰しも、歓迎し、楽しめたものです。しかしながら、この 「老い」 に伴うその荷物は、まずは歓迎されない、疎ましく、ネガティブで、そして時には、醜悪視すらされて、その 「パンドラの箱」 は、ますます重たくのしかかってきます。
 むろん本人にとって、そんなネガティブなものをあえて選んでいる積りはなく、あの成長時と同じく、自然に年齢を加えてきただけの結果です。季節と同じです。それがいつからか、そして確かに、 《病的状態》 とも分類されて止むを得ない、自分の負の属性となりつつあります。
 ゆえに、それは一人ひとりの個別の問題としては、第一に、回避に努力し、それでもやってきた時は、介護の方策を追求し、そして最後は、安楽な旅立ちを志向するしかありません。
 ただ “処方箋” としてはそれでよいでしょう。しかし、これからまだ20年近くの “未来” をもつ者には、 その大きな時空間を満たす、 「処方箋」 以上の、生の 《設計図》 が必要です。
 だからこそ、その 《暗部》 をめぐるある種の諦念に、そうは素直になじみたくなく、時には、年甲斐もなく、 《反抗》 すらしたくなるのです。
 そう言えば、昔、それこそ私がティーンの頃、 『理由なき反抗』 という映画がありました。1950年代半ばのアメリカ社会のティーン世代の反抗を描いたこの映画は、人生の 「入口期」 と 「出口期」 との先の脈略で言えば、 「入口期」 での反抗を描いたものです。
 それを、人生二周目期での 《反抗》 とはおだやかではないのですが、少なくとも、それを “ブラックボックス” に葬りたくはありません。入口にあるものが出口にあってどこが不思議でしょう。
 また、こんな歌もあります。

 

 墓場に近い老いらくの 恋は怖るる 何ものもなし (川田 順)


 あるいは、私がネットの中で偶然に発見した、以下のようなブログ記事があります。ちょっと長い引用となりますが、借用します。

 

冬は誰しも人恋しくなるのでしょうか。
先日に続きまた告白をされたのですが
モテ期襲来?などと悠長なものではなく
あたしの人生の中で間違いなく最大の
複雑で難解で不条理で困惑しまくりの
ありえない人からの恋の告白でした。

 

 

その相手は数日前に書いた迷子のおじいちゃん。
自分がどこに車を置いたのか分からなくなり

まる2日迷子になって探し続けていたおじいちゃん。

 

お礼をしたいから、と連絡先を聞かれたので
携帯と名前をお教えしましたが、おじいちゃんです。
警戒するはずもなく、でも気を使われるのも嫌で
最初はお断りしたのですが、交番の方にも促され
結局小さなメモに連絡先を残しました。

 そのメモの存在さえ忘れてしまうかもしれないし。

 

2日ほど後に連絡をいただき、すでにあたしの住む
最寄の駅前までいらっしゃっている、とのことでした。
寒空の中、お断りすることもできず、駅にむかいました。

 

お礼にお昼ご飯でも、と言われたので近くで軽い食事を。
お礼にと何かを渡されたので、受け取れないと断りました。
どうしても気が済まないから、と渡されてしまいました。
小さな薄い箱のようなものだったので、ハンカチと思いました。
その場で開けるわけにもいかないし、でも現金でも困るしと思い
おじいちゃんの連絡先も教えてくださいと言いましたが断られて。
家族にバレると色々面倒だ、ということでしたが名前は教えてくれました。
家に帰って開けてみると、現金ではないものの、あたしがした事に対して
分不相応な金額の商品券が包まれていました。

 

困ってしまい、母親や届け出た交番にも相談してみましたが、
「おじいちゃんの気持ちだから受け取って差し支えない」とのこと。
家から勝手に持ち出してしまった物だったりしたらどうしようかと。

 

んー。

 

そして今日、またおじいちゃんから電話がありました。
また会いたいと。たまに会いたいと。年内に会いたいと。
最初、話し相手がいなくて寂しいのかな?と思ったのですが。
おじいちゃんは完全シモネタモードに入ってしまいました。
お嬢さんと会ってから、ビンビンになってびっくりした。
こんなことは随分久しぶりで自分でもどうしようもない。
お嬢さんのこと考えながら、色んなことをしたいと想像する。
身体さえ与えてくれれば、望むものをいくらでも与える。
若い男と違って自分本位にしないから満足させる自信がある。
定期的に会える場所と時間をなんとか確保しようと思っている。
とにかく惚れちゃって惚れちゃって毎日どうしようもない。

 

って。

 

おじいちゃん><

 

あの日の、さわやかな、青春のようなひとときは何だったの?
あの日の、紳士的ないでたちと立ち振る舞いは何だったの?
おじいちゃん、あたし多分、孫くらいの年齢だと思いますよ。

 

妾?

 

おじいちゃん、あたしあんまり器用なほうじゃないんですよ。
おじいちゃん、あたしあんまり金銭欲も物欲もないんですよ。
おじいちゃん、ついでに薬の副作用で性欲さえないんですよ。
おじいちゃん、あたし片思いだけど好きな人がいるんですよ。

 

「先が短いと思うと、残り少ない時間、なるべく楽しみたくてね」
そんな切ないこと言わないでくださいよ。

 

それより寒くなったしお体も車の運転も気をつけてくださいね。
と話をそらそうとすると、
お嬢さんとなら、若いやつなんかに負けないくらいビンビンになるから心配ないよ。

 

そんな心配してないですよ。
むしろ不安になりますよ。

 

お年寄りなので、無碍にもできず、突き放すこともできず。
年内は忙しいこと、自分は病気を患っていることなどでお茶を濁す・・・
つもりが、おじいちゃん聞いちゃいねーし。

 

年内無理なら年明け、どこで会う?どこの病院?病院まで迎えに行くよ。
あの。すみません。やっぱりあたしには、おじいちゃん、というイメージしか・・・
大丈夫、大丈夫、俺の○○○を見たら、おじいちゃんなんて言えなくなるから!

 

おじいちゃん、
あたしの、やんわりの拒絶をやんわり拒絶。
どーしたもんか。

 

認知症の症状の中に 突然にそういう意欲が目覚める
というのがあるようですが、その類なのでしょうか?
交番へ2度行ったくらいなので迷子は本当だろうし。
色んな意味で、そんなつもりじゃなかったんだけどな。

 

良かれと思いしたことが
思わぬ形で返ってきたことに
困惑し、重荷に感じるあたしは
心がせまいのかそれとも結局は
ただの自己満足だったのか。

 

おじいちゃんの ばか。
そしてあたしも ばか。

 

男の人は いくつになっても 男の人なのですね。

 

 私の亡き父親が認知症を進行させていた時、やはり父もよく迷子になり、交番のお世話になっていました。
 その際、上記のエピソードのような世話を、どなたかからいただいていた可能性はおおいにあります。ただ、私の知る限り、こうした突飛な “ナンパ” の行動まであったとは聞いていません。しかし、最後に入った養護施設では、よく若い介護婦さんのお尻をさわったとかで、エッチじいさんとの評判ではあったということです。
 認知症のケースしだいでは、この程度のものはまだ軽度のもので、重篤なものとなれば、おじいちゃんが家族内の嫁に異常な執念を示し、聞くも絶えないような言動にまで発展する場合もあるようです。

ここでまた、昔の話を思い浮かべます。40年近く昔の、ある生活シーンです。
 その頃、私は結婚してまだ間もない頃で、私たちは、ボランティアで、親に捨てられられたある “知恵遅れ” (この言葉は差別用語なのでしょうか) の少年――といっても推定年齢は二十歳くらい――を、月に一回ほどの週末の一泊二日、我が家で過ごしてもらっていました。
 その際、横浜郊外のとある公立施設から東京、高円寺のマンションまで、片道二時間近くを、電車を乗り継いで連れてきていました。
 その道中なのですが、駅のホームなどで、彼は、同じ年恰好の少女をみつけると、むろん時や場所の配慮などお構いなしで、突然に言い寄って行くのです(しかもみるからにかわいい子に)。むろん、相手は一瞬、驚くのですが、私たちが事情を説明して、なんとか理解はしてもらっていました。
 彼だって、好きで “知恵遅れ” でいるのではなく、おまけにその年齢ですから、異性に興味をもったとしても自然です。それが、社会はまだ、そういう彼の性を受入れる余地はありませんでした。
 私は彼のその問題が気がかりではありましたが、自分たちで扱える範囲上、それは “あっては困る” 問題でもありました。施設内でも、それがどう扱われているのか、あえて聞いたりはしませんでしたが、いろいろな投薬管理はされていたようです。
 今日では、障害者の性を “介護” するNPOが活動し始めています (例えば、 「ホワイトハンズ」 )。
 もう、すっかりと忘れていたこのボランティアのシーンを、いま、こうして思い浮かべたのは、自分も、そういう “圏内” に入りつつある――あるいは、 “まだ” その圏外にいる――ことを、無意識にも察したからなのでしょうか。

 実は、私はいま、この文章を、ある音楽を聞きながら書いています。
 その音楽は、最近、我が家におさまった、あるハイファイセットから流れてきています。
 それは、この2月末に亡くなった友人が愛用していたセットで、それを譲り受けたものです。そうとう高価なものらしく(ちなみに、パナソニック製)、それまで私が使っていたものと較べると、格段に音質が違います。
 そのハイファイセットには、5枚のCDが入ったままで我が家に来ました。その5枚は彼の好みのものに違いなく、彼の入院直前の日まで、聞かれていた曲々であったはずです。
 先にも書きましたように、15年年上の彼は私の人生のシュミレーションでもあり、互いに何も隠すことなく、オープンに様々の話をしてきました。その中で、互いの性についての話も話題のひとつでした。
 そうした話で思い出すのですが、彼は、80を越えても 「盛んだよ」 と微笑みを浮かべて言いつつ、それでも、奥さんを先に亡くした寂しさは隠していませんでした。
 また彼は、当地のコリアンの文芸サークルに属していて、最高齢者の風格もあって、ひとり飛び抜けた存在でありました。そのためか、そのサークルを主宰する女性詩人から、明らかな私的誘いを受けていたようですが、彼は、とうとう最後まで、それを拒絶したまま逝ってしまいました。
 ある時、私は彼に、ちょっとけしかけたりもしてみたのですが、彼はある威厳をもって、揺らぐことなく、その孤独を維持していました。
 私が見るところ、彼を抑制していたのは、周囲の 「目」 であったようでした。当地のコリアン社会は小規模で、そこでの人間関係はいかにも閉鎖的でしかも世俗臭芬々とし、彼はその小社会の手垢まみれのうわさの餌食にされるのは真っ平のようでした。
 いま、その彼の愛用したハイファイセットから、ショパンの曲が流れています。音楽に疎い私ですが、そういう私の耳にも親しい夜想曲です。ことにこのピアニストの、ゆっくりとおだやかに、しかも何とも深い抑揚と間合いをもった弾き方は、そんな音楽音痴の私にも、いかにも印象的です。

彼はことにクラシック音楽に詳しく、彼の書斎に残されていたLP版のレコードだけでも、100枚は下らなかったと思います。このピアニストも、幾多の名手の中から、その彼が気に入って選び出した人に違いありません。ジャケットによると、その名はダニエル・バレンボイム。著名なピアニストで、今日ではむしろ指揮者のようですが、私は、その名と実際の演奏を重ね合わせて聞いたのは、これが初めてでした。

いまこうして、晩年の彼を思い浮かべ、彼が老いても失われないでいる自分のエネルギーを確かめつつも孤高を保ち、自らの思いを内に秘めてこれらの曲に耳を傾け、その熱さを自ら温めている様子を、我が事のように受け止めています。

彼が、こうした曲から何を吸収し、自分の何を満たしていたのか、そう想像すると、この何とも琴線に触れるかのピアノの音色が、確かな感動とともに、胸に浸み込んできます。

「老い」 という人生ステージの終の姿が、時の経過とともにやってくる、社会にとっての 「障害者」 のステージだと覚るなら、長寿社会という豊かな社会――だがその 「障害者」 を大量にかかえる――が意味しはじめている、それ以前の社会とは根源的に異なる尺度の社会の到来を予感させます。あるいは、これまで、限られたマイノリティーとして扱われ、差別されてきた 「障害者」 と呼ばれるカテゴリーが、大量の新たな仲間を迎えてもはやマイノリティーを脱し、おそらく、皆が、単なる 《互いの違い》 の幅のうちに吸収されてゆく社会の在りようです。
 その時は、たとえば上の迷子のおじいちゃんも、その意中の気持ちを、商品券なぞに託さずに、お気に入りのCDになど込めて、告白するのかも知れません。ちなみに、上の老いらくの恋の歌人、川田順は、いばらの恋路をへてこの歌をうたい、彼が67歳、相手は39歳で、結婚に至りました。時はまだ、昭和24年(1949年)のことです。

(2013年5月16日)

 

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Copyright(C)、2013, Hajime Matsuzaki

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この稿を書こうとしているいま、日本からは、3.11の巨大震災の5周年を告げる報道がさかんに入ってきています。むろん、海外居住の私なぞが知り得ることは、その実状の「ほんの一部」というのもおこがましいほどのはずです。にもかかわらず、その災害の規模や深刻さの度は途方もなく、それはおよそ、個人の人間的感覚でとらえうる尺度を、はるかに無残に凌駕するものがあります。

それほどのその巨大災害が、もしも、もしも「自然災害」でなく、「人工地震」を引き金とする人為的と類する出来事であったとするならどうなのでしょう。それはつまり、それを企てた者たちやその組織がこの世に存在するということになります。 詳細記事

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「我々はすでに他の星へと旅する手段をもっているが、そうした技術は暗黒プロジェクト内に閉ざされていて、人類の利益に供するためには、神の手を借りる必要がある。あなたが想像可能なことは何事でも、すでに我々はどうすればよいかを知っている。」

ベン・リッチ

(ロッキード社スカンクワークス・ステルス技術創設者)

 

米国は現在、国民には隠された秘密の科学進歩によって二層の技術開発計画をもっていると、広く一般に受け止められている。この隠された技術は、少なくともほぼこの一世紀の間、支配エリートの手に握られてきている。だがその「秘密」技術の起源は、19世紀以前へとさかのぼる。現代において、特定の技術が、人類への大きな恩恵をもたらすにも拘わらず公開されていない理由は、支配と権力がそれを独占しているからに他ならない。「権力は腐敗する。絶対権力は絶対に腐敗する」との古い金言はいまだに正しい。つまり、もし私たちが、真に進んだ技術進歩の成果――例えば、タイムトラベル、フリーエネルギー、立体像送受信、そして惑星間旅行――を達成しえたなら、そうした情報を統括する者は極めて強力な地位を掌握するだろう。だが、そうした技術開発が、もし少数の支配グループ内に占有された場合、彼らは文字通り、この惑星や人類全体を牛耳る力をもつことになる。 詳細記事

 

【再度改題】本年初め、「両生“ジャンク”ストーリー」として発足したこの連載を、先月、「両生“絵のない漫画”ストーリー」と改め、今回、それをさらに「両生“META-MANGA”ストーリー」と再改題いたしました。

アルデバラン星系の惑星「フィラース」の主要メディアの報道によると、太陽系の地球という惑星のある大国で、じつに奇態な大統領選が行われるようになってしまったと、フィラーシアンによる、どこか自戒めいた関心を呼んでいる。

 

この国は、この惑星にこれまでに存在した最大の覇権国であり、その全世界に巨大な影響をおよぼしてきた。そしてその国の国是は《デモクラシー》とよばれる政治制度で、その国は国民の総意が所有し、国民のために国が存在、機能するというものである。ただし、この建前が文字通りの建前となってきているところが曲者であり、その成り行きが注目されているのである。

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私は、いわゆる大手新聞記事では報道されない、よりつっこんだ情報を得る方法のひとつとして、『田中宇の国際ニュース解説』(http://tanakanews.com/)を頻繁に参考にしています。そういう彼の分析の、ことに米国情勢の分析に頻繁に使用される「隠れ○△」という特徴的用語があります。それは、表面には表れない隠然たる勢力のことを指し、米国政治内の「暗闘」という用語とも対応するものです。

ただ、そういう彼の分析の「隠れ」とか「暗闘」とかという取り上げ方に、私はどこか分析の甘さのようなものを感じ、それに対し、本訳読で読める「秘密エリート」という用語で指し示す、米国政府内の極秘政府という見方に、より的確な分析を見出しています。いわば前者は、探究プロセスの手がかりとしての途上用語ではあるでしょうが、分析結果をあらわす用語にしては生煮えです。むろん、片や日本人、他方はアメリカ人という、拠って立つナショナリティの違いは勘定に入れるべきですが。 詳細記事

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アルカイダという幻集団

冷戦が終焉すると、そうした秘密集団は、冷戦に代わる新たな国家的脅威が必要であることに気付いた。そこで彼らは、超過激な集団を組織することを策謀し、それを「テロとの戦争」へと発展させる標的と定めた。CIAは、ここにふたたび、無法なテロリスト戦略にたける特殊な熟達工作組織として採用されることとなった。ネオコン・シンクタンクのひとつ「アメリカ新世紀プロジェクト」 (Project for the New American Century)〔1997年設立、21世紀への米国の覇権戦略を構想 〕は、世界にとっての全面的脅威をもたらしかねない文書を公表した。それは、社会の常識を、無脅威状態から世界的有脅威状態へと変えること(それを「トランスフォーメーション」と呼ぶ)の必要を述べたものであった。そしてその立案者は、そうした変化を現実のものとするためには相当の期間を要することを認識していた。曰く「そうしたトランスフォーメーションは、革命的変化をもたらすものとはいえ、真珠湾の再来といった、壊滅的で天地をひっくり返す出来事でもない限り、長期を要するのが通例である」。 詳細記事

ハリウッド・フィルムではないが、それに負けじと劣らないリアル・ストーリーがある。ただ、それがまだ真実でないのは、今の段階ではひとつの予言であるからだ。

【「両生空間」200号を記念して】

覇権力の陰りの著しいアメリカが、威勢の巻き返しをねらって、次の“超”頂上作戦を準備している。

ただし、それに準ずる作戦はすでにいく度も実施済みで、それでも世界の度肝を抜かせてきた。直近では、2001年の「9・11」であった。その前では「湾岸戦争」。さらにその前では「ベトナム戦争」、そして「キューバ危機」、はてまた「真珠湾」・・・。

つまり次の“スパー”頂上作戦とは、これらの諸戦争にならぶどころか、それらからの次元を脱した究極の“やらせ”作戦、すなわちウルトラ・スーパー・グレードの「偽国旗」作戦、むろんこの場合、偽“星”旗作戦である。 詳細記事

私は、このエソテリック・シリーズの議論に少なからず刺激をうけてきています。そうではあるのですが、こと「UFO」にまつわる論議になると、それが映画に小説にあまりにポピュラーで娯楽的すぎるがゆえに、それをまともに受け取るにはどうも腰を引いてしまうところがあります。 詳細記事

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「人は時に真実につまずくが、たいていは、何事もなかったかのように立ち上がり、急いで立ち去る。」

ウィンストン・チャーチル

国家秘密――たとえばUFO――についての政府の役割を見る際、平均的なアメリカ人の基本的限界は、隠された支配力や操りのシステムがどのように機能しているのか、多くのアメリカ人が解っていないことである。平均的庶民は、その生涯をある一定の筋道で考えるよう条件付けられている。たくさんの事例において、市民権を授与された海外からの移民は、政府の合法的働きについて、大半のアメリカ生まれの人たちよりよく知っている。学科公民の授業は、高校での教育システムではもはや重点が置かれておらず、大学においても、政治学を専攻としない限り、そのカリキュラムに組まれることはまずない。加えて、メディアや多くの人たちの言う「政府」とは、単一体のものではない、ということに注目する必要がある。実際は、何百万人もの人たちによって構成され、すべて違ったレベルにおいての役目を果たしている。もしUFOの知識が膨大な官僚層のうちのどこかに存在とするなら、それは、政府全体がその情報の隠蔽に加担していることが、暗黙の前提とされていることにほかならない。しかし、あらゆる巨大なピラミッド状の階級組織がそうであるように、政府の各階層内(ことに諜報員同士)の不適切なコミュニケーションは、根本的な弱点をもたらす。ある職員あるいは管理職が情報を得たからといって、それは同じ情報が他の人たちと共有されていることを意味しない。米国政府の高度に細分化された諜報組織の中では、厳密な「相応知」原則と、おびただしい機密分類があるのみである。したがって、政府職員のほとんどの人が、UFOの「公的」知識にアクセスしえないとしても、少しも不思議なことではない。 詳細記事

毎年初めの恒例になった感のあるニュージーランド(NZ)トレッキング。今年は、北島の中東部にあるワイカレモアナ湖(地図に赤矢印)の三分の二を時計回りにめぐるコースです。トレッキング日程は三泊四日、シドニーからの全日程は一週間です。

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今回に登場する「メディア王」ルパート・マードックは、もとオーストラリア人で米国に帰化した人物です。私は、オーストラリアにあってその「米国市民権獲得」の話を聞いた時、その理由が気になりました。それが今回の訳読を通じ、そのねらいの実相がようやく明瞭となったとの印象があります。つまり、「王国」と称されるメディア支配体制を完成させるには、まさに、米国がその最適地であったわけです。そしてそれでは、なぜ、米国であったのでしょうか。 詳細記事

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企業力のコントロール

テディー・ルーズベルト大統領は、一世紀以上も前にこう述べていた。「これらの国際銀行やロックフェラー・スタンダード石油は、従順な記者クラブ員とさせるか、あるいは、隠れた政府をなす強力な利権集団の誘惑を拒否した政府官職を追放させるかして、新聞や新聞のコラムの大半をコントロールすることに腐心している」。そして彼と議会は、シャーマン・反トラスト法を首尾よく成立させた。この法は、急成長する企業を分割し、金権がらみの影響を制限する打撃を与えるものであった。彼の政府は、また、企業と金持ちに、国を運営する公正な税の分担を強いる累進的所得税制を成立させた。同政府は、労働組合の結成を許す法を通過させ、この国に中産階級を生み、アメリカ民主主義を世界の羨望の的とさせる国の繁栄と安定を可能とした。議会は、他の成果とともに、上院の直接選挙を成立させ、1907年、連邦政府政治家と連邦議員候補への企業献金を禁じる法律を通過させた。

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私はこれまで、アメリカは今なおキリスト教の影響の強い国と考えてきました。たとえば、大統領の演説は常に「Good bless you〔神の祝福を〕」で結ばれ、あるいは、相当数の同教の宗派が、あたかもビジネスであるかのごとく繁盛しているかと受け取ってきているからです。

こうした受け止めが妥当なものかどうか、それはそれで確かめてみる必要はありそうなのですが、アメリカのメディアをテーマとした今回の訳読の限りでは、そうした宗教的“配慮”は、支配のための意図的なものだと述べられています。逆に言えば、アメリカ国民一般は、それほどに「宗教的」ではない――日本のように――ということです。にもかかわらず、アメリカ社会のあちこちに、ことに主要メディアの報道姿勢のなかに、いわば「宗教臭」が意図的に挿入されているという著者の主張です。 詳細記事

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「ちょっと、自分のまわりを見ればいい。なにもかもが後ろ向きで、上下転倒している。医者は健康を破壊し、弁護士は正義を破壊し、大学は知識を破壊し、政府は自由を破壊し、主要メディアは情報を破壊し、そして、宗教は霊魂を破壊している。」

マイケル・エルナー〔米国の医療批判家〕

もし大衆社会を、容易にコントロールでき、一定の傾向をもって考えるよう仕向けることができるなら、それはひとつの資産になりえないか。もし、成人社会の関心を、深刻な問題からそらすことができるのなら、それは大衆コントロールの手段として有用なのではないのか。もし、社会の関心を生の社会問題から現実には重要でない事柄に向けることができるのなら、新世界秩序を構築するための障害にはならないのではないか。権力を握るものたちは、ある事柄が、まして重大で劇的な問題が、主要メディアで報道されないかぎり、大半の人々はそうしたことの存在すら信じないことを知っている。メディアのプロは、社会感情にどう関わるかを熟知しており、人々の欲望を、セックスと暴力とあらゆる形のいざかいや争奪の洪水といったような、低俗なスリルでいかに飽満させておくかに腐心している。巧みな支配者は、片方では、決断に必要な重要な情報を拒みつつ、他方では、人々に彼らの望むものを、ことに頭のジャンクフードを過剰にすら与える。こうしたもろもろは、隠された戦争の沈黙の兵器である。

詳細記事

今回の訳読を通じていっそう納得させられることは、(過去もふくめ)現代の資本主義体制にとって、戦争、ことに第二次世界大戦が、いかにその体制確立のための周到かつ巧みな手段――「結果」のごとく言われていますが――となっていたかということです。いわば、軍事力と経済力は、国力という同じコインの両面で、それを相互にあるいは両輪として駆使しながら、そうして、たとえば米国は二次大戦後の覇権国家となり、日本はその野望を完膚なきまでに粉砕され、かつ、上手に利用されたわけでした。 詳細記事

 

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何がこうさせたのか

こうした不愉快なシナリオは、1776年、アダム・スミスが『国富論』を出版した時に始まった。彼は、名目貨幣が世界的に通用するためには、金本位制にもとづく国の通貨は必要はないと考えた。主要銀行家たちは、世界のすべての金を市場から除去する制度を計画し、国の富はその国が作り出した価値に応じるとした。だが第一に、それは金本位制を消滅させることが不可欠であった。現実に金を保有する国はその計画を壊そうとしえたし、他の国にとってもそれはリスクとなった。そこで、新たな規則は、誰も金の保有は許されないと定めた。 詳細記事

新年を記念して、新しい企画を始めます。題して「両生 “絵なし漫画” ストーリー」。読んで字のごとく、絵はないけれど、まさに日本の伝統の「漫画」です。どうぞお楽しみ、いや、お付き合いいただければ幸いす。

今年みた初夢は、何やらスケールの大きなものでした。

人類は、サルから枝分かれして、類人猿から人類へと進化してきたといわれていますが、じゃあ、その進化経路はずっと切れ目なく続いてきているのかといえば、あちこちに、ミッシング・リンクがあるようです。 詳細記事

 

ブラッド・オルセン著

 「東西融合〈涅槃〉思想」の将来性

――未知次元への飛躍――

 

も く じ

 

本書宣伝用リーフレット

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