第4章 あらためて「量子理論」とは

この章では、前章までの「三つの比較」の項目ごとのステップを中断して、表題のように、「量子理論」についてあらためて、その歴史あるいは思想上の意味をはっきりとさせておきたいと、その補強をこころみておきたいと思います。

というのもこの理論は、物理学内部の学説の一つといったものでは到底終わっておらず、まさしく人類の歴史上に新時代を築くべく、新次元の理論である意味をもっているからです。従って、この補強という下ごしらえを十分に準備せずには、ステップごとの議論も「木を見て森を見ず」の愚をおかしかねず、せっかくの着目も、舌足らずならまだしも、台無しになりかねないからでもあります。

ただし、この壮大な科学的、思想的、“宗教”的発展を、私の限られた知識で扱いきれるかどうかは大いに疑問ではあります。どうかその辺りをお含みおき下さり、以下の拙なるこころみの背後の真意に、ご心眼あられたいと切望いたします。

 

「量子理論」の一学問的領域をこえた人類的意義をひとことで表せば、その樹立をもって、西洋的知性が自らのその限界を知り、東洋的知性からの影響も吸収しつつ自らを乗り越えた結果、その汎世界的成果をもたらしているものです。

また、「量子理論」の人類の思想上の深度について言えば、物質の根源の解明という方法的方向から、主観と客観という二元論を統一する視野をも展望しつつ、人間の知性の分化の止揚(一体化)をなしとげうる筋道を開拓しているものです。

すでに2章で述べたように、私たちの身辺には、さまざまな「二重性」がつきまとっており、そのまがまがしさは、極致に達している感もあります。

またその一方で、「量子理論」の提示する粒子と波動という二重性は、当面においては、「確率」という統計的手法で捉える一種の「統一法」を見出してきています。ただ、確率という一種の“当たり外れ”では捉えきれない、さらに融合した世界像が、ことに東洋思想からの潮流として描かれてもいます。

くわえて、この「新学問」について言えば、私たち一人ひとりの人生の経験にひそむ意味に注目し、「量子理論」というミクロの世界とは対極の、この社会というマクロの世界における「二重性」との私たちの個々になる無数の取組みの実例があげられるわけです。そしてもしそこに共通する要素があるとするなら、それはそれで、確率的あるいは数学的な確からしさをそこに発見できるということになります。

以上のように、そのアプローチの切り口は様々ながら、二元性とか二重性とかといった分化が、何らかの形でいろいろな角度から融合されてゆく時代的な流れや動向を見出すことができます。

こうして、人類の英知の結晶ともいうべき精密科学の粋としての「量子理論」がどういう深さを確立してきているのかを確認することは、以上のような各方面の動向を結合するためにも不可欠な知性的働きであるはずです。

そのような観点から、「量子理論」の基盤形成期のあり様を見てみるのは重要で、以下の二種の引用を行うものです。それぞれかなり長い引用とはなりますが、まさに、歴史を形づくった議論の足跡と息づかいがそこに見られるものです。

第一の引用の出典は、W・ハイゼンベルグ著『部分と全体』(みすず書房、1974年初版発行)で、この引用で行われている対話は、1927年のことです。ちなみに、ヴェルナー・カール・ハイゼンベルク(1901-1975)はドイツの理論物理学者で、ことに不確定性原理によって量子力学に絶大な貢献をしました。

 

われわれがソルベー会議の折りにブリュッセルのホテルで一緒にすごしたある晩のこと、会議の若い方の参加者の中の数人がホールに一緒に座っていた。その中にヴォルフガング・パウリ〔スイスの物理学者で1945年にノーベル物理学賞受賞、1900-1958〕と私もいた。少しおくれてパウル・ディラック〔イギリスの理論物理学者、1933年にE・シュレーディンガーと共にノーベル物理学賞を受賞、1902-1984〕もそこへやってきた。一人が疑問を提起した。「アインシュタインは実によく神について語るけれど、あれは、いったい何を意味しているのだろう? アインシュタインのような自然科学者が、宗教的な伝統と強い結びつきを持っていようとは想像できないことだが。」「アインシュタインはおそらくそうじゃないだろうが、しかしマックス・プランク〔ドイツの物理学者で量子論の創始者の一人、「量子論の父」。1918年にノーベル物理学賞受賞、1858-1947〕は多分持っているだろうね」と誰かが答えた。「それでもプランクの宗教と自然科学の関係について発表されたものの中で、両者の間に矛盾はないし、宗教と自然科学とは非常にうまくお互いに結合させることができるという見解を彼はとっているよ。」この領域におけるプランクの見解について私の知っていること、ならびに私がそれについてどう思っているのか、という質問が私に向けられた。私は実のところ、プランク自身とは二、三度しか話をしたことがなく、それもたいては一般的な問題についてではなく、物理学についてであった。しかし、私はプランクの多くのよい友達を知っており、彼らをして私はプランクについていろいろ聞いていたので、私は彼の見解についての一つのイメージを作ることができそうに思われた。

私は、こんなふうに話に入っていったと思う。「私の想像ですが、プランクにとっては、宗教と自然科学とは次の理由で結合させることができたのでしょう。というのは彼の仮定によれば、それらは真実の中の完全に違った領域に関係するものだからです。自然科学では、客観的な真実についての正しい陳述をすることと、それらの関係を理解することをわれわれに課題として提供します。ところが宗教は、価値の世界を取り扱います。ここではいかにあるべきか、われわれは何をなすべきか、であって何であるか、ということについて話されることはありません。自然科学では、正しいか誤っているかをめぐる問題であるのに対して、宗教では善か悪かについて、価値があるか価値がないかを問題にします。自然科学は技術的な目的にかなった出来事に対する基礎ですし、宗教は倫理学の基礎です。それですから十八世紀以来の両者の領域の間のいざこざは、単に誤解にもとづくもののように思われます。その誤解は宗教の象徴と比喩を自然科学的な主張であると解釈するときに起こってくるもので、それはもちろん無意味です。私の両親の家庭の在り方から、私はこの見解をよく知っていますが、それによれば、両者の領域は別々に、世界の客観的および主観的側面に対応させられます。自然科学というのは、いわば、いかにわれわれが真実の客観的な面に立ち向かうか、いかにそれと対決するかという方式であります。宗教的な信仰というのは、逆に、それに則ってわれわれにとっての価値を判断し、それに従ってわれわれの生活における行為を正す主観的な決定の表現であります。家庭であれ、民族、あるいは文化圏であれ、実際上は、われわれは自分の属している社会と調和するようにこの決定を下すのが普通であります。この決定は、教育と環境によって最も強く影響されます。しかし結局のところ、それは主観的なもので、したがって、“正しいか誤っているか”という判断の根拠を定めることはできません。もし私が正しく彼を理解しているものとすれば、マックス・プランクはこの自由度を使って、はっきりとキリスト教的伝統を選びました。彼の思考と行為は、人間的な関係においても、まさにこの伝統の枠内で留保なしに行われますし、その際にいかなる人も彼を尊敬せずにはいられないでしょう。このように、世界の客観的および主観的側面という二つの領域は彼においてはみごとに整然と分離されているようにみえます――――しかし私にとってはこの分離は満足なものではないということを告白せねばなりません。人間社会が知識と信仰との間のこの鋭い分裂をもったままで、いつまでも生きて行けるかということに、私は疑問をいだきます。〔下線は引用者(松崎)によるもの、以下同〕」

ヴォルフガングはこの憂慮に賛意を表した。「そうだ、それはうまくゆくはずがない。宗教が発生した時代には、関係する社会の意のままになるようなすべての知識は、当然のことながら、関係する宗教の価値と理念を最も重要な内容としているような精神的枠組にも適合していた。この精神的な枠組は、その社会の最も平凡な人間でも何とか理解できるものでなければならないことが要求された――たとえその比喩とか象徴が、そもそも価値とか理念とかといものが何を意味しているのかについて漠然とした感じしか伝えないにしてもね。平凡な人が、自分自身の生活をその価値判断に従って決定しなければならないとき、この精神的な枠が社会のすべてのの知識に代わって充分に役立つものだということを、彼らに確信させなければならない。なぜなら信ずるといことは、彼らにとっては“正しいと信ずる”ことを意味するのでなく、“これらの価値による指導にゆだねる”ことを意味するからだ。だから、歴史の経過の中で習得された新しい知識が、古い精神的な枠を破壊するおそれがあるときには、大きな危険が発生する。知識と信仰との完全な分離は、確かに非常に限られた時間の間の応急の手段に過ぎない。西欧文化圏には、たとえば今までの宗教の比喩や象徴では平凡な民衆にさえも、もはや説得力を持たなくなるような時点があまり遠くない将来にやって来るだろう。そうすれば、これまでの倫理も、みる間に崩壊してしまって、われわれが現在ではまだ全く予想することすらできないような恐るべきことが起こる心配がある。だから、プランクは倫理的には筋が通っており、また彼の人としても行いにも僕は尊敬をおしまないとしても、彼の哲学ではたいして役に立たないと思う。アインシュタインの見解は僕にぴったりだ。彼があんなにしばしば呼びかける神は、変えることのできない自然法則ととこかで関係している。アインシュタインは物の中心的秩序に対する感覚を持っている。この秩序を自然法則の簡明さの中に感知するのだ。彼はこの簡明さを相対性理論の発見に際して、強く、そしてじかに体験したと想像することができる。もちろんここからは、まだ宗教の内容までには遠い道のりだ。アインシュタインはおそらくほどんど宗教的伝統と何の結びつきもないし、むしろ人間的な神の概念は彼には全く無縁のものであると私は信じたい。しかし彼にとっては、科学と宗教の間の分離は存在せず、中心的秩序は主観的であると同時に客観的な領域にも属している。その方が僕にはよりよい出発点であるように思える。」

「何に対する出発点だ?」私は問い返した。「もしも偉大な関連への態度を、いわば一つの純粋に個人的な事柄であるとみなすのなら、アインシュタインの姿勢は非常によく理解できるが、しかしそれではこの姿勢からは何も出てこない。」

ヴォルフガング「いやいやどうして、そうでもないんじゃないか。最近の二世紀における自然科学の開花は、キリスト教的文化圏の外でも、人間の考えを確かに全体として変化させた。だから物理学者が考えることなどは対して重要でないというわけにはいかない。そしてまさに因果律にしたがって、時間と空間の枠内で流れて行く客観的世界というこの理念の狭さこそが、いろいろな宗教の精神的な枠とのいざこざを引き起こしてきたものなのだ。もしも自然科学自身がこの狭い枠を破ったならば――それは相対性理論において行われたし、またわれわれが、今このようにはげしく討論を戦わせている量子論においては、もっともっとそうすることになるかも知れないが――、やっぱり違ってみえてくるだろう。おそらく、われわれが最近の三十年の自然科学においてさらに学んできたところの関連によって、われわれの思考は大きな幅をもつようになったのだ。たとえばニールス・ボーアが、今や量子論の解釈に際して、あのように強く前面におし出した相補性という概念は、精神科学や哲学において、たとえそれほどに明確に表現されていなかったとしても、決して未知のものではなかったのだ。それが精密科学の中へも入ってきたということは、やっぱり一つの決定的な変化を意味するね。なぜならそれによってはじめて、いかにそれが観察されるかという手段に完全に無関係な、物的客体という概念は、実在と正確には対応しない抽象的な外挿を表わすに過ぎないことを、人は理解できるからだ。アジアの哲学と宗教の中には、もはや対置すべき客体のない純粋の認識の対象という、それとは相補的な概念が存在する。この概念も心霊や精神の実在とは正確には対応しない抽象的な外挿であることが照明された。偉大なる関連についてよく考えてみると、われわれは将来――たとえばボーアの相補性によって指示されるような――中道を保持することを強制されるだろう。この種の考え方を取り入れた科学は、宗教のいろいろな形式に対して寛大であるばかりでなく、それは“全体”をよりよく見通せるので、おそらく価値の世界にも寄与し得るであろう。」(上掲書 p. 133-38)

(中略)

だからこそ僕は、われわれが最近の三十年間における物理学の発展から、“客観的”と“主観的”という概念がいかに問題のあるものかを学んだというとこは、思想の解放であると感じているのだ。(同 p. 142)

(中略)

量子力学においては、この理念〔古い古典物理学の意味における客観的な記述の理念〕からの離反は遥かに徹底的(ラディカル)に行われた。これまでの物理学で使われる意味での客観的な言葉で伝えることのできるのは、事実についての陳述に限られている。たとえば、ここで写真乾板が黒くなっている、とか、ここに霧の粒が作られたとか。原子そのものについては、われわれは何も言うことができない。しかし、それについては観測者が自由に決めることができる。もとろん、観測者が人間であるか、動物であるか、あるいは装置であるかということは、ここでは同じことだ。しかし将来起こることについての予言は、観測者あるいは観測手段を引き合いに出さねば述べることができない。その限りにおいて今日の自然科学では、いかなる物理的な事実も、客観的および主観的な傾向を含んでいる。前世紀における自然科学の客観的世界は、今ではよく知られているように、一つの理想的な極限概念であって、真実ではなかった。 (同 p. 143)

 

 ここで述べられている要点は、まず、物質の元の元を追求し量子という概念に到達していった結果、その量子を捉えることは観測手段で左右され、その意味で恣意的つまり主観の介入は避けられず、旧来の物理学でいう「客観的」把握というものはありえなくなったことです。

冒頭にあるアインシュタインの口にする「神」とは、こうした人が把握しきれない真理を知るはずの全知全能さをもつ主をそうよぶもので、そういう「神」が知り得ているものを、人間が知り得るのは確率としてしかできない到達を、前章にのべたように、「神はサイコロを振らず」と表現し、まだ未到達な何かを示唆したものです。

ちなみに、ここで指摘されている、アインシュタインの持つ「物の中心的秩序に対する感覚」とは、私は、たとえば私や日本人の大半がもつ、自然との一体感といったものと同種のものだと思います。

つまりここでは、真実というものは、もはや客観的実体として示されるものではなく、概念という抽象的なものであるということに到達したということです。

遠くギリシャ文明の理性の発見以来、数学や自然科学の発展を通じて築かれてきた客観と主観を厳しく分離した二元論に立つ西洋文明が到達していったそのとどのつまりが、以上のような不確定な真実(これが「不確定性原理」の基礎)を発見したわけでした。そうした次第から、引用の最後にあるように、客観的世界とは「一つの理想的な極限概念」という表現があるものです。

そのような経緯から、思想の伝統の異なるアジアにおける「対置すべき客体のない純粋の認識の対象」という思考法への注目が生まれ、「相補的な概念」という、主観と客観の両者や、西洋と東洋の両者を「相補的」に見る発想へと至っているものです。

ただし、こうした先進的なものの見方が生じていたのは1920年代のことで、しかもそうした常識は、一部の最もすすんだ物理学者の間のみのもので、世界の常識はまだまだ旧来のものに深く根付いていました。つまり歴史はその後、たとえば日本は、東亜対西洋の戦いでもある太平洋戦争に着手して壮絶なる結末に到達したわけですが、以上のような科学的真実の人類全体への常識化は、その後、21世紀に至ってもなお、広くは行き渡っていません。それどころか、こうした科学の知見の流れに反動するかのような、自国の伝統を狭隘に前に打ち出す主義主張が強まっているのが近年の趨勢でもあります。ちなみに、引用で「宗教の比喩や象徴」が役に立たなくなった結果「恐るべきことが起こる心配」とは、その後すぐの第二次世界大戦というより、今日の世界における、世界全体が終末へと向かうような情況を指しているのだと思います。

 

さらに、西洋の卓越した知性が、自らの文明の限界をどのようにみつめていたかという第二の実例を見ておきたいと思います。

これも十分長い引用に頼ることになりますが、出典はエルヴィン・シュレーディンガー著『わが世界観』(ちくま学術文庫、2002年、原著完成は1960年)です。シュレーディンガーは、上の引用でも触れられているように、1933年のノーベル賞受賞者で、オーストリア出身の理論物理学者(1887-1961)です。彼は、西洋文明の骨格とも言える純粋な理性の君臨が西洋の堕落を生んだとし、形而上学の役割の重要さを主張しています。理論物理学者という精密科学のその先端をゆく実践者としての彼がです。

 

西洋はこの一世紀の間に、ある 特定の方向に向かってまことに飛躍的な発展をなしとげた〔斜字体は原著者、以下同じ〕。それはすなわち<自然の空間時間的な事象>の基礎を広く認識すること(つまり物理学と化学)を意味している。そして西洋は、(広い意味での)「各種機械」の夢のような生産によって、人間の意志の到達しようとする領域を拡大すること(つまり技術)をその支えとしてきた。ただしここで私は、これすなわち後者(技術)を、この時代にヨーロッパで生みだされた最も意味あるものとは、決して見なしはしないと言明せざるをえない。なぜなら、喜んで自らを技術の時代と呼んでいるこの時代は、そのきわめて輝かしい光彩と、そしてそれがゆえのきわめて深い陰影とによって、やがて後年には進化論(もしくは進化思想)の時代、そして芸術荒廃の時代と呼ばれるかもしれない、と私は考えるからである。だがこれはちなみに述べたことであって、わたしにはまさにいま 最も強く作用している力が問題なのである。

この片寄った、いわゆる 〔技術の発展という名の〕「象皮病」のために、西洋の知性、あるいはなんにせよこのように呼ばれるものの目ざす、文化や認識という別の方向への発展が無視され、実にかってなかったほどに弱められてしまった。それはまるで、恐るべき勢いで肥大する一つの器官が、直接他の器官に破壊と退化の影響を与えたかのように思われる。(上掲書 p. 72-3)

(中略)

理論と実際両面での西洋思想の最終成果を、過去千五百年にわたって概観してみても、われわれの気持ちはそれほど高揚するものではない。すべての超越的なるもの(訳注)はきっぱりと除去すべきであるという、この西洋の叡智の最終的な結論は、認識 の領域において導き出したものであるが、それにもかかわらず、現実的なものではない。なぜならわれわれは、認識の領域では形而上学的な導きを欠くことはできないのであり、さもなければ多くの場合、古い壮大な形而上的謬説を、無数のより単純で信念のない謬説にすりかえるということになってしまうからである。他方、実生活 の領域においては、知的な中間の階層の人々に端を発した、形而上学の実践的 な解放がが進められている。ただし、本来このこ解放ををもくろんだ高邁なな人々――私は特に啓蒙主義者の哲学者たちやカントのことを考えている――が、もしこの現状をを見たならば、おそらく戦慄を覚えることであろう。(同 p. 76)

(訳注) 超越的なるものは、認識の対象として、これに依存するものではなく、認識作用に対してまったく自立的なものである。一般に形而上学や神学では、絶対者(=神)が超越的なものと言われている。著者の考えでは、超越的なるものを否定することが形而上学そのものの否定につながり、それが現在の危機的状況を招いた。(同 p. 80)

私はまず、次のことをあらかじめ断っておかなければならない。すなわち本章で熟考することがらは、これまで述べてきたことと同様の論理的に 重要なものなのではなく、むしろ倫理的な 意味で重要なものであるということである。そこでまず最初に、以下私は形而上学を、また神秘主義さえも避けて通りはしないということ、そしてむしろそれらが以下の展開で重要な役割を演ずるであろうということを、ここで包み隠さず認めておきたい。もちろん私は、これを認めるだけで、合理主義の側から、すなわち多くの自然科学者仲間の側からの、激しい論駁にさらされるであろうことは承知のうえである。彼らは、およそ慇懃で皮肉に満ちたほくそ笑みを浮かべ、次のように言うであろう。「いいかね君、うるさいからわれわれのそばへは寄らないでくれたまえ。共通経験の原因として物質世界をありのままに受け入れる方が、ずっと好ましいことなんだから。そうするのに作為はないし、そのは誰もが率直に認めることだよ。それに物質世界には、形而上学的なものや、まして神秘的なものなどないのだからね 」と。

この予期される論駁に対する私の弁明は、彼らにおとらぬ親密さを込めた、次のような反撃もしくは防御的な論駁とでも言うべきものである。それはすなわち、上に斜字体とした主張は間違っているということである。これまでの各章で私は、以下のことを示そうと務めてきた。第一に(われわれが広範な経験を共有するその原因としての)物質世界という仮定は、このような共有を認識するためになにも提供してはくれず、共有の認識 〔なる問題〕については、この仮定があろうとなかろうと同様に[ただそう]【注記】考えなければならないということである。第二に 、私は次のように――それは本来証明が不可能であり、その必要もないものである――くり返し強調してきた。すなわちその仮定をもとにした、物質世界とわれわれの経験との因果関係というものは、意志行為の場合と同様に感覚に関して言うならば、自然科学において間違いなく実際上重要な役割を演じている通常の因果関係とは、類として(toto genere)まったく異なっているということ、そして(略)、そのような因果関係は、このゆえ(propter hoc)のものとしてではなく、このあと(host hoc)のものとしてしか現実には観測されないことがわかったということである。最初に述べたことからして、 〔共通経験の原因となる〕物質世界という仮定は形而上学的なものとなる。なぜなら一般に観測可能なもののなかで、そのような仮定と一致するものはなにもないからである。第二に述べたことからして、それは神秘的なものとなる。なぜならわれわれのおびただしい経験のなかで、このあと(post hoc)のものとして常に維持されている二つの事象(すなわち結果と原因)の相互関係は、互いに対になった対象に適用して考えられるものであるが、その対象の一方(感覚ないし意志行為)だけが実際に知覚され観測されるのであって、他方物質的 原因ないしは物質的 効果)は想像上の構想にすぎないからである。

 それゆえ私は、ためらうことなく率直に次のように言明するものである。すなわち、われわれは結局同じ環境にいるという、この経験上の事実を説明する目的で、現実に存在する物質世界を受容するのは、神秘的で形而上学的なことである、と。だが物質世界を容認したいと思う者は、そうすればよいのであって、これはいくらか素朴なもので多くを欠いているにせよ、彼らにとっては好都合な考えなのであろう。しかしそのような人が、形而上学や神秘主義という「弱み」をもたないと主張してみても、他の立場を形而上学的で神秘主義的だと嘲笑する権利など、彼にはないのである。(同 p.207-9)

 

【注記】上で「同様に[ただそう]」と消去と訂正が示されている部分は、私が英訳原文に当った結果、翻訳をそう訂正した方がよいと判断した箇所です。

 

この最後から二番目の長いパラグラフこそ、シュレーディンガーの言わんとするまさに核心中の核心なのですが、それだけに、なかなか意味の取り難い部分です。そこで、その理解を助けるために、私の著しく我田引水な――これまでの章の記述を例にそれに引き付けて――解説を付け加えさせてもらいます。

まず、「(われわれが広範な経験を共有するその原因としての)物質世界という仮定」ですが、このうちの「(われわれが広範な経験を共有するその原因としての)」とはどういうことかと言えば、2章で述べた二重性の根源たる「労働」つまり、食ってゆくための必要事としての経験ということです。そして、それを彼を攻撃する合理主義の側はそれに「物質世界という仮定」を置いているとしているわけです。だからこそ、そういう「仮定」は、「共有を認識するためには何も提供してくれず」となるわけです。

次に、「類として(toto genere)まったく異なっている」とは、「種類としてまったく別物である」という意味で、そうした異種なものを、ごっちゃにして議論はできないという含みです。

さらに、「このゆえ(propter hoc)のものとしてではなく、このあと(host hoc)のもの」との部分は、 〔これも英訳原文に当った結果〕 「それがゆえに導き出されるものではなく、それはそれとそのまま受け取るもの」と読み替えた方が理解しやすいかと思います。

つまり、「現実世界」のひとつである「労働」を引き合いにして言えば、それは、形而上学的、あるいは神秘的に、そして私の表現でいえば「直観的」に、それはそれとして直接に感じ取る経験であるということとなります。彼はそれを、「想像」とも言っています。

言い換えれば、ゆえに、合理主義的「仮定」をもってあれやこれやと言うことはできない、というわけです。

これまでの章でも述べてきているように、本「新学問」では、私たちの《人生上の経験》というものを重視しています。シュレーディンガーがここでいう「経験」もまったく同類のもので、そこから得られるものは、合理主義側がいう「客観的観測」では到達されない、「形而上学的、神秘的な」ものであるというわけです。

この点では、前半のハイゼンベルクが言う「客観的世界というこの理念の狭さ」や、「相補的な概念」を通じた「対置すべき客体のない純粋の認識」の結果に見通せる「全体」という言い方も、まったく同一の視点にあるものだと言えます。

再度、身近な話題に引き付けて言えば、私たちが日々の労働の体験から得たさまざまな苦みが、「KYごと」として軽視されがちな理由も、その感知が、それをそうと「形而上学的に、神秘的に」直観するしかない「弱み」を持つがゆえにであると、こうして明瞭になったかと思います。