《苦しみの記憶》を共の歴史遺産に

  憲法改正考(その19)

戦争という悪魔的巨大暴力に関して、それに伴って発生した、殺されたとか殺したとか、あるいは、被害者であるとか加害者であるとかという、けっして拭い去られてはならぬ事実のひとつ一つについては、その悲惨な当事者にしてみれば、それは降ってわいたにも等しい災厄です。まして、そんな苦しみを負わねばならぬ言われなぞ微塵もないにもかかわらず、その結末はまさしくそのように、痛々しくかつ逃れ難く、個々人の上にのし掛かっています。

「被害」あるいは「加害」のいずれであれ、そうした双方の無数の《実害者》は、本当は、ただ、気づいた時にはすでに片棒をかつがされ、あるいは巻き込まれてそうなっていただけの、戦争にともなう両サイドに横たわる膨大な数におよぶ被害者群です。

そうした共の被害者の誰一人として、そうした戦争を自ら起こそうなぞとは、とても欲していなかったはずですし、ましてや、戦場となった地で出会った見も知らずの初対面者を、いきなり殺したり殺されたりするなんてことは、正気の沙汰の世界でないのは言うまでもないことです。

他方、そんな戦争を起こした者は、誰もその責任をとることはなく、ただ濡れ衣をきせられた者のみがまつりあげられるだけです。それが戦争の実相です。

そして、その非人道的行為の結果としての累々たる人間としての《苦しみ》だけが、少なくとも戦争の残すもっとも正確な真実として、消しようもなく、残され続けています。

何という片方芝居、非対称性でしょう。

つまり、戦争に伴う人間的真実は、結局、もみ消そうにも消せない、そうした《苦しみの記憶》として「非対称的」に残されるしかないものです。そしてそれこそ、それのみが、戦争に伴う取り上げられるべき真実です。つまり、そうした《苦しみの記憶》こそ、戦争という人間の愚行の多弁な歴史証言です。

 

片や、南京虐殺にともなう戦争資料を、ユネスコの歴史遺産に登録し、それを「記憶資料」として残そうとの運動があります。

他方、辺見庸が書き続けている『1★9★3★7』という、加害記憶を掘り起こす作業があります。あるいは、ディビット・バーガミニ著の『天皇の陰謀』という歴史記録書があります。いずれも、日本人にとっては大きな辛さを伴わずには読むことすらできない、そうした苦しい記憶を忘れまいとする人間的努力の産物です。

 

ここで私たちが注目すべきことは、そうした《記憶》が、その双方の当事者やその子孫たちによって積極的に採り上げられた場合の効果です。その記憶される苦しみには、繰り返しかつ意図的におこなわれてきたそうした「非対称性」のからくりを、一挙にあばきそしてくつがえす、《人間同士の共通項》となりえる効用がひそんでいます。

むろん、それを既存国際機関のユネスコの制度にのせようとする時には、国の介入も働き、「すり替え」や「揚げ足取り」の餌食とされる恐れがあります。

しかし逆に、そのこころみを、歴史に伴う人間の《苦しみの記憶》として共有の歴史記憶遺産とさせてゆく道筋を選ぶ時、それは二国の人々を分ける亀裂としてではなく、両者をつなげる共通のブリッジとして働くはずです。

そういう道筋として、日本の側からも(現日本政府の協力は絶望的であることを肝にすえて)、ユネスコのその制度を《逆活用》してゆく方法は考えられます。

その実に扱いにくい《苦しみの記憶》がありのままに扱われる時――それはあたかも私たちが権力側に突きつける「踏み絵」のようにも働き――、それが共通項となって、これまでのにがい分断を越えて、人々と人々を和解し結びつける《未来への足掛かり》となるものと思います。

辺見さん、そう思いませんか。

 

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