「行ったり来たり」の悪い癖

   憲法改正考(その20)

人間にはどうも、つい「行ったり来たり」してしまう、悪い癖があるようです。

この「悪い癖」とは、例えば民主主義といった、せっかく長い時間をかけて、社会のみんなで作ってきた「ルール」があるのに、それをその一線を越えて、つまり「ルール破り」をして、一気にドバっと将来を先取りしてみたい、そういう危ない癖のことでです。どうやらそこに、《狭義の政治》と《広義の政治》の分かれ目があるようです。

つまり、政治とは、法律というそうした「ルール」に基づいて、その範囲での諸事をうまく巧みに組み立ててゆくプロの世界のことです。それが《狭義の政治》です。

ただ、法律という「ルール」は、それを定める必要があったように、そういう線引きを行う以上、その境界線の内と外という両世界を前提とすることです。つまり、ある法律を定めてしまうと、それまでに存在した世界のうちのその線引きの外側を、禁止するとか、存在しないことにしてしまうことです。

そこで政治家は、国民や外向きには、その辺の一線を絶対守ると公言しておきながら、その腹の内では、「そんなことをやっていて政治家がつとまるか」と、常にかつ執拗に、その一線をめぐる灰色の部分を嗅ぎ出し、そしていったんそれを見つけると、それを駆使して他者を出し抜き、そして目前の硬直を突破しようとする。そういう能力の保持者のことを、自ら、政治家としているようです。だからある政治家が、「あいつはいつも刑務所の塀の上を歩きながら、絶対に塀の内側には落ちないやつだ」などと言われたりするのは、そのあたりの達人ぶりを表現したものでしょう。つまり、「ルール破り」を常に密かに狙っているプロこそが政治家だ、という世界です。こういう政治の世界が《広義の政治》です。

そこでなのですが、《戦争》というのは、その辺のプロの政治家にとって、つまり、《広義の政治》を自任する政治家――民主主義だの人権だのと言っている政治家を「ヒヨコ」だの「青臭い」とせせら笑って――にとって、常に選択肢のどこかにそれを入れている、「切り札中の切り札」のことであるようです。

それを私に気付かせてくれたのは、2001年の9・11事件でした。

あの度肝を抜かされる事件が発生して、しばらくの間は、NY消防隊が燃え盛る二本のタワーに突入するとか、NY警察がそうした非常事態に対応するとか、そして連邦レベルでは、そうした巨大な《犯罪》への捜査態勢が動き始めたかなと思っていたやさきでした。ブッシュ大統領がいきなり、「テロへの戦争」の宣言をしたのです。

いまから思えば、この時こそが、爺さん時代以来の政治家の血筋であるブッシュ家にとって、この「切り札中の切り札」を切った瞬間です。

世界に対し、先進民主主義大国を自任する米国にとって、普通の国民ならだれでもが反対するに違いない《戦争》という超高度な政策手段を開始するにあたっては、太平洋戦争の真珠湾やベトナム戦争のトンキン湾等にみられたように、つねに、敵にいったん攻撃をさせるという《やらせ》を秘密裏に工作し、「悪に対して立ち上がる」形を作らねばなりませんでした。でなければ、身内の血を流すことになる戦争を、どうして国民が「民主主義的」に決定することがでるのかというものでしょう。

つまり、《広義の政治》にとって、そうした「悪に対して立ち上がる」格好をどうやってつくるか、それを常に考え、準備しているかがその使命の根源ということとなります。言い換えれば、《秘密のやらせ》を含む、一連の戦争態勢は、《広義の政治》にとっての定石ということとなります。

別掲の訳読で連載している「 “第四帝国”としてのアメリカ」とか「《伏魔殿》たるアメリカン・デモクラシー」で論じられている、決して歴史の表では触れられてこなかった、アメリカとナチ・ドイツの関係についても、民主主義にもっとも成熟したアメリカが、その成熟のその先をにらんでなおかつ必要としたそうした《広義の政治》の手段として、その手段=戦争の先進国としてのナチ・ドイツの知恵と人材を確保した結果が、どうやら、アメリカでのCIAの発足であったようです。そして、そういう非アメリカなアメリカに気付き、それに警告を発したケネディーが暗殺されたわけです。

つまり、自国の最VIPである大統領が白昼公然と暗殺されるという事態を体験しておきながら、それを恥じるわけでもなく、どこかしらっとしているアメリカの不思議も、どうやらそのあたりに、その謎を解くカギがありそうです。

《広義の政治》にかかわることを自任する“本物”のプロ政治家にとって、戦争をめぐる「行ったり来たり」は、それこそが政治家の究極の醍醐味と言ってもよいものでしょう。

しかし、ここまで狭くなってしまった地球にあっては、そうした一国の《広義の政治》をどこもの国が没頭してくれていたのでは、それこそ、地球が滅びるまで、戦争が続くこととなってしまいます。そうした「行ったり来たり」の悪循環を断たない限り、この地球の永続はありえないでしょう。

そこに多国間の新たな《広義の政治》が必要とされる理由があります。

日本がかつて、その戦争という選択をし、させられてしまったその悲劇の落とし子が、日本の「平和憲法」です。むろんそれは戦勝国による敗戦国へのしごく当然な「押しつけ」です。そうでありながらも、私はそれを、戦争をめぐる「行ったり来たり」を回避し、人類のおろかな癖をなんとか克服する一歩として、そうしたアメリカン・デモクラシーの隠蔽されたダイナミックスを知る世界の見識のバランスが、そのような憲法をまず日本に制定しようとした歴史的知恵ではないのか、そんなふうに解釈したいと思っています。

世界中の国々が一国々々と、まず、自分からは戦争を始めませんと世界に約束し、それが国際ルールへと広がってゆく。有能な《広義の政治家》たちが、そういう《より高度なルール》を、互いに確認し広げてゆかないかぎり、世界の歴史の堂々巡りは終わらないでしょう。さもないと、世界の政治家は戦争という切り札にすがりつづけ、有能な《広義の政治》たちも結局は「巨悪」の一人になりさがり、いつまでも、醜い悲劇と惨禍は起こり続けてゆくこととなります。

それに、付け加えておかねばなりませんが、戦争のもう一つの面は、それがある種の産業に巨大な利益を生ませるという、これまた魔性ある切り札でもあることです。これがまた、プロの政治家たちを巨悪へといざないます。

《広義の政治》は間違いなく必要ですが、戦争をめぐる「行ったり来たり」は避けねばなりません。

日本は、そのようにして獲得した天命のような憲法を、それだからこそ、本気に正々堂々と、胸を張って、世界に広めることこそをその使命と自任すべき時にきているのではないかと考えます。

 

2015年12月12日、野坂昭如氏逝去の冥福を祈って。

 

 

 

 

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