今号の目次

Day 170+461(12月9日)

たぶん、暑さのためなのでしょうが、ここのところ、エクササイズの調子がいまいちです。ことに、陸上のそれが、低調です。暑さへの耐性が落ちてきている感じです。これまででしたら、30度を越えない程度なら、大汗はかきつつも、なんとか走れた、いや「はじれ」たのですが、今年は、大汗は同じですが、へばりが早くやってきます。

今日も、気温は26~27度ほどで、風もあってさほど暑くはなかったのですが、予定の10キロは途中で打ち切って、あとは歩きにしました。 詳細記事

人間にはどうも、つい「行ったり来たり」してしまう、悪い癖があるようです。

この「悪い癖」とは、例えば民主主義といった、せっかく長い時間をかけて、社会のみんなで作ってきた「ルール」があるのに、それをその一線を越えて、つまり「ルール破り」をして、一気にドバっと将来を先取りしてみたい、そういう危ない癖のことでです。どうやらそこに、《狭義の政治》と《広義の政治》の分かれ目があるようです。 詳細記事

Day 170+450(11月28日)

最近の報道、ことに日本よりのそれに接していて、このところ、ちょっと気に掛かることがあります。それはたとえば、「老後破産」とか「下流老人」とかと言った、なんとも“えぐい”報道用語と、それを教訓とするということなのでしょうか、そうした報道に相応するようにして増えている、投資や自前年金をすすめる様々な《マネー発起》記事や宣伝が目につくことです。

むろん、将来に備えよという意味で、そうした諸忠告も有用かとは思いますが、近状はどうやら「常識」を越えた領域に踏み込んでいるかのようです。長年、常識を養いつつ生きてきた者にとっては、お金とのしがらみある付き合いは、それなりの勝手知ったる分野でもありましょう。なのに、そうした右ならえな報道やそこに暗黙視されている、いわば「万事お金頼り」「マネー極楽」な世情には、ますます危なくなる足元を感じさせられてしまいます。 詳細記事

Day 170+438(11月16日)

こんどのヒマラヤ行きでは、特別な経験と出会えたことについてはすでにふれました。そしてその後も、ヒマラヤの山の写真を自分のPCの背景に入れるなどして、毎日のように、それも日に幾度も、繰り返しその貴重な体験を反すうしています。

そこでなのですが、そう繰り返して噛みしめれば噛みしめるほど、これまでにも幾度も述べていることなのですが、《健康であるということ》が、ますますに、最高の宝物をえていることなのだということに、じつにしみじみと思い至ってきています。 詳細記事

戦争という悪魔的巨大暴力に関して、それに伴って発生した、殺されたとか殺したとか、あるいは、被害者であるとか加害者であるとかという、けっして拭い去られてはならぬ事実のひとつ一つについては、その悲惨な当事者にしてみれば、それは降ってわいたにも等しい災厄です。まして、そんな苦しみを負わねばならぬ言われなぞ微塵もないにもかかわらず、その結末はまさしくそのように、痛々しくかつ逃れ難く、個々人の上にのし掛かっています。 詳細記事

 

Day 170+418(10月27日)

《自分でも不思議》とでも言ってよいのでしょうか、そんなことを今回のヒマラヤ・トレッキングで体験してきました。それは、先に「ポジティブ・ストレス」に書いた予期せぬ「バランス能力の回復」もその一例だったのですが、別の例をあげれば、前回の「《続》ヒマラヤ・トレッキング・フォト・レポート」に掲載した二枚目の写真にまつわる体験です。その写真は自分でシャッターボタンを押したショットのはずなのですが、撮れていた画像は、仮に偶然の産物だったとしても、出来過ぎな作品となっています。そのキャプションに「かくも些細な存在、人間」とは入れてみましたが、何というのでしょう、なにやらを暗示する含みある写真となっているのです。 詳細記事

Day 170+403(10月12日)

7日朝、ヒマラヤ・トレッキングから帰宅し、翌日からは店の勤めや更新の記事書きと、きつい一週間でした。昨日、更新をアップし終え、早めに寝て、8時間、爆睡しました。おかげで今日は爽やかです。

インドの下界での大気汚染が原因だと思われる咳とタンの絡みがつづいています。以前、中国から帰った時も同じ症状がありました。 詳細記事

もし私が日本の首相であったなら、先の戦後70周年の記念日には、「談話」などとしてではなく、日本国首相としての《宣言》として、以下のように、世界に向けて表明したのではないかと思います。 詳細記事

Day 170+400(10月9日)

ヒマラヤ・トレッキングは、大成功のうちに無事終了し、おおきな充足感とともにシドニーに帰ってきました。

そして「大成功」とは、自分の体力・気力全般につき、これまで《避けられない下り坂》という認識にあったものが、必ずしもそうではないのではないかといった、新たな展望を得られたという体験です。 詳細記事

Day 170+369(9月8日)

22日に本ブログが更新されている頃は、私はインド北部のヒマラヤでのトレッキングのため、深き山ふところに向かって移動中のはずです。 詳細記事

今朝、保育園にゆく前、坊や――ジョンという名です――が私に見せてくれたものがありました。 詳細記事

本ブログで訳読・フリー出版した『天皇の陰謀』が、参考図書として定着してきている様子がうかがえます。 詳細記事

Day 170+353(8月23日)

20日に69歳の誕生日を迎え、70歳の大台まであと一歩のところまでやってきました。

さて、ここまでくるとさすがに、残された自分の能力資源を無駄にせず、有効に使ってゆきたいという気がいっそう深まります。 詳細記事

いまさら何を言っているのか、ではあるのですが、よく研がれた包丁というものの味わいが、ようやく分かってきているところです。

私はこれまで、包丁の研ぎにはどこか自信めいたものがあって、それで十分であると思いこんでいる独りよがりがあったようです。

ところが最近、それまでの研ぎをもう一歩深めれるのではないかといった予感がふっとよぎって、二か月ほど前から、仕上げ砥石をつかって、いったん研ぎあげた包丁を、もう一度研ぐことを始めてみました。 詳細記事

お金は、私たちが富と幸せを追求するにあたっての、価値の《白紙委任》です。

それは、その価値が、何により、どのように築かれ、何を求めているかは一切問わず、ただ、その大きさのみを数値化して扱います。その数字には、色も味も種類もなく、ただ数値的大小がすべてです。さらに、汗水たらした1,000であろうと、あぶく銭の1,000であろうと、1,000は1,000です。そこに個性なぞ一切なく、善悪すらも消え去ります。しかも、今日のような商品経済社会では、そうしたお金にたよらずには生活は不可能です。 詳細記事

Day 170+345(8月15日)

《自然治癒力》という言葉があります。医療や薬に(必要以上に)頼るまでもない、私たちがもつ自然な身体の力を信頼し、それに立ち返る視点です。

同列な発想で、私はここのところ、《自然健康力》と呼んでもよいものを意識した生活態度にこころがけています。 詳細記事

Day 170+327(7月28日)

寒い日がつづくシドニーですが、今日は、昨日までの南氷洋から吹きつける冷たい南西風もやんで、暖かい日差しがまぶしいほどでした。

それでも、さすがに日が落ちてからのプール通いはひるんでしまって、昼食後のもっとも暖かいタイミングに、ひと泳ぎに行ってきました。

平日のこの時間帯となれば、来ている人たちはリタイアリーばかり。思いおもいのマイペースで、それぞれの泳ぎを満喫しているようでした。 詳細記事

Day 170+314(7月15日)

自分の健康を維持してゆくのは、夏目漱石の『草枕』の冒頭のくだりのごとくです。「智に働けば角が立つ。 情に棹させば流される。 意地を通せば窮屈だ。 とかくに人の世は住みにくい 」。正確にはこの前に、「山路を登りながら、こう考えた」との一文があります。

この切り出しを今の私の場面にあてはめればこんな風でしょうか。「医師に接しながら、こう考えた。頼りきるには危なっかしく、言うに任せればモルモット同然。自論を通すのは孤立の覚悟。とかく人の世は命すらも守りにくい。」 詳細記事

Day 170+293(6月24日)

二日前に行った血液検査結果が、今日、出ました。

気がかりだったPSA値は3.74で、3月の3.86よりかえって下っていました。このところ、食事療法が有機栽培野菜から通常の野菜に戻るなどの規律の緩みで、むしろ悪化を予想していたからです。

しかし、その心配は杞憂であったようで、全摘手術を避けた「active surveillance(積極的静観)」は、これまでの限り成功していると言えます。 詳細記事

この写真は、坊やのお気に入り、スパイダーマンの靴です。

いつもはいているいるために痛んでしまって、お父さんが接着剤で修理し、しっかりくっつくまで、庭で乾かしているところです。

 

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昨年末のこの風景記事に、日豪の経済・ビジネス関係があらたな潮目を迎えているとレポートしました。そうした新たな流れを象徴する進展が、今年に入って、まさに劇的とも言えるほどに見られています。それはまず、日本のリクルート社が、オーストラリアの大手および中堅人材派遣会社を、同時に二社、買収したことです。そしてそれにつづいて、日本郵便が、オーストラリアの大手輸送会社、トール社を買収しました。 詳細記事

Day 170+278(6月9日)

前回の記事のように、前立腺ガン患者のうち、5人に1人が7年以内に転位ガンを発病し、その場合の生存期間はわずか6カ月という調査結果が発表されている。

なかなか厳しい調査結果ですが、この調査は、オーストラリアNSW州での調査であり、しかも、その調査は、1993年から2002年までの10年間に前立腺ガンを診断された患者3万人余りの結果です。つまり、ほぼ20年ほど昔の同州の前立腺ガン患者にとっての現実がそうであったというわけで、現在の患者においては、その環境は大いに違っているはずです。

そういう次第で、この調査結果には、いろいそな解釈が可能なわけですが、そうだとしても、身の引き締まるものではあります。 詳細記事

4歳の男児と同居することになって、日々の時おり、子供の立場に立つといったことが起っています。

四人の“高齢者”に囲まれて生活する彼にとって、この世とはどんな風に映っているのだろうか、などとも考えたりもします。 詳細記事

Day 170+263(5月25日)

別家族とのシェアー生活が始まりました。シェアーの宿に長滞在している感じで、同居家族との、遠からず、近からずの生活は、ある種の妙味があります。

ことに、もうすぐ5歳になる男の子は、家の中にいる時でも、歩くということはなく、動く時はいつも走り回っています。自分もあんな時代があったのか、もはや記憶の圏内ではありません。 詳細記事

新たに始まった二家族シェアー生活。

これが、どこかざわざわしつつ、どこか新鮮なのです。

そうしたありさまを扱う新コーナー、題して<「二極子育て」外野席」>をもうけました。

この四人暮らしは、各々の年齢が、4+64と、57+68というダブル二極化同居家族(「ダブル二極」とは、あたかも、祖父・孫親子+子育て・リタイア共存のようなとの意)ですが、四人を平均すれば48歳となって、この数字の限りでは、もはや子育ての気配はすこしも感じられない”熟年家族”風です。 詳細記事

Day 170+260(5月22日)

ようやくにして、引越し作業のおおかたが終わりました。まだ、荷物の整理は残っており、かつ、新たな家での生活への慣れはまだまだで、まごつく日々が続いています。

やれやれです。

ところで、今度の引越し中に痛感したことですが、引越しという環境の変化への適応能力に、確かな《にぶさ》をしみじみと感じさせられました。何というのでしょう、新しい居住空間が、以前なら即時に自分の感覚に入ってきていたのですが、それがなかなかそうでないのです。ひとつ何かのクッションをおいたその先のような感じなのです。それに、いったん解体した元のさまざまな品々の存在感が、荷物を解いて配置しなおしても、かってのそれらの諸物の感覚がよみがえってこないのです。 詳細記事

いま、私が別掲で訳読を続けているブラッド・オルセンの二著書、Future EsotericModern Esoteric (邦訳タイトルはそれぞれ『「東西融合〈涅槃〉思想」の将来性 』と『現代の「東西融合〈涅槃〉思想」 』)に述べられている内容は、極めて広い領域におよんでいるばかりでなく、その意味も実に深遠です。

ことに私がその深遠さで注目する点は、世界平和の真の枠組みを考えるとすると、こういう立場しかないのではないか、と思われる彼の視点、つまり、人類の原点です。

一方、阿部政権がまんまと罠にはまるように迷い込んで行っている現日米同盟――田中宇の『多極化への捨て駒にされる日本』必読――が言う「世界平和」とは、アメリカの世界覇権の挽回のための方便にすぎません。 詳細記事

Day 170+234(4月26日)

「はじり」の前後には、自宅から数百メートルほどのところにある公園でストレッチングをします。その公園まで数分ほど歩いている時の話なのですが、いつも、その行きと帰りの違いを痛感させられています。というのは、行きのぎこちのない歩きが、帰りにはいともスムーズなそれに変わっているのです。その違いは自分でも驚くほどです。まるで、爺さんと(若者とは言いませんが)そうですね、四十歳代に若返ったほどの違いです。それほど、体のこなしがこの間で変わっているのです。 詳細記事

木金土の三日間の仕事は、順調に続いています。各5時間、合わせて週15時間の修行労働です。

私にとって、この15時間は、長すぎもせず、かといって短すぎでもなく、なんとも具合良い、絶妙な私の定期活動のひとつとなっています。 詳細記事

先日、あるブログを読んで、これほどに。「国」を守ろうとの意識をもっている国民は、世界のどこを捜しても、日本以外にはないのではないか、と確信する思いを持ちました。

そのブログとは、元自衛隊陸将補の池田整治氏の「地震等サバイバルのための「3・3・3の原則」」です。 詳細記事

 Day 170+207(3月30日)

歯医者に行って、虫歯の充填をしてもらいました。もう一か所あるとのことで、来週もゆくこととなりました。

歯の悪化は、健康悪化の一合目という考えで、その治療には結構出費もおしまずに対処してきています。私の歯はあまり丈夫でないようで、子供のころから、歯医者にはよく通った記憶があります。 詳細記事

 Day 170+189(3月12日)

私の身体に、10キロ「はじり」がすっかりなじんでくれているようです。事前にちょっと決心はいるものの、いったんはじり始めさえすれば、体はもうそういうもんだと覚悟しているのか、距離そのものにはさほどの苦痛はありません。むろん、体の調子――ことに始めの1キロほどで、坐骨神経痛が邪魔をする――や気温の影響があって、スピード(といっても遅いもんですが)に多少の違いはありますが、はじりそのものは、もう完璧に体に刷り込まれた感じです。 詳細記事

いま、世界が必要なことは、敵をつくることなのだろうか。

地球がこれほど狭く、人の行き来は頻繁になる一方であり、しかも、ネットを通じれば、一人の発言が瞬時にして世界に伝わる時代というのに、どこをどう間違えて、そこまで角突き合わせなければならないのだろうか。 詳細記事

Day 170+181(3月4日)

一昨日の血液検査の結果が出ました。PSA値は、やはり少々上がっていましたが、正常値範囲内の3.86でした。

ただ、Bilirubin値が27で、正常値の最大20を越えており、用心のため、ウルトラサウンド検査をしなさいとのことでした。この数値は肝臓に関係しているもので、肝機能の異常のマーカーということです。大きな異常値ではないということで、あくまでも念のための検査です。 詳細記事

Day 170+160(2月11日)

以前私は、「健康という年金」という考えを述べました。しかし、それにとどまらず、私は最近、健康維持が「仕事」であってもいいのではないか、とだんだん考えるようになってきています。むろん、この「仕事」でお金は稼げません。しかし、健康であれば医療費として出てゆくお金は減らすことができます。つまり、マイナスをゼロに近づけるという“生産”を行う「仕事」です。そして、それだけではありません。 詳細記事

以下は、職業的修行に関するものというより、別掲の「健康エコロジー実践法」にもからんだ話題です。

私は、今の週三日の寿司シェフの仕事に、相変わらず自転車で通勤しており、それにまつわる健康上のエピソードです。 詳細記事

 

Day 170+140(1月22日)

午前10時30分の便でシドニーをたち、約3時間の飛行で、現地時刻午後3時25分、ニュージーランド南島のクイーンズタウンに到着しました。天候は快晴、降り立った空港は、澄み切った空からまぶしい陽光がふりそそぎ、空気の透明感がとても印象的でした。 詳細記事

Day 170+134(1月16日)

前に「タナトス・セックス」との題名で、人生の出口へと向かう時期でのセックスについて思うところを述べました。そこに漂う自分の内の、移ろい変わりつつある何ものかは、もし私が前立腺ガンの告知から、その臓器の全摘手術を受け入れ、自分の身体にそうした人為的足跡を残していた場合、これは確信をもって言えることですが、こうした「移ろいかわりつつある何ものか」を、自然なできごととして、かつ、そのようにありのままには、感知できなかったことでしょう。 詳細記事

Day 170+110(12月23日)

今日、友人の葬儀がありました。長く患っていた病名は cerebral ataxia、 訳せば脳失調症。なんともあいまいな病名が示唆するように、原因が解明されていない難病のひとつで、運動機能がしだいに失われる病です。いわゆるパーキンソン病とは異なるらしい。最後となった9月末に会った時は、もう車椅子にも乗れず、寝たきり状態でした。 詳細記事