トランプの乱

  憲法改正考(その26)

アメリカでは、「トランプの乱」が、その開始以前から大騒ぎを引き起こしています。むろん、それはアメリカ国内にとどまっていません。

このいわゆるポピュリズムの起こす「乱」には両面があり、いたずらなオール・オア・ナッシングな対応は無益だと思われます。

閉塞状態を示している世界に突破口を開けるという意味では、この「乱」は確かにそれなりの効果はもっており、その有益なところは有益として、きちんと判別し、支持、活用すべきでしょう。

私が思うには、この「大衆的な乱」が、もはやアメリカ社会の最大・最悪の癌となってきている《産軍複合体の暗躍》にくさびを打ち込もうとしているという点では、たとえそれが、単に金がかかりすぎる事業とのビジネスセンスな発想からきているとしても、これまで、どの大統領もが成功してこなかったどころか、その命さえ危険にさらすこととなる挑戦です。それは是非とも成功させてもらいたいものです。

次に、ロシアへの敵対政策を改め、おそらくこれも膨大な出費の無駄を防ごうとの発想からでしょうが、長年の懸案である米ロ対話を開始するのも、決して悪いことではないでしょう。ことにそれは、まだ冷戦構造が続いている東アジアへの波及においては、同地域にとっては極めて重大な状況の変化の始まりと言えます。

ことに、日本の防衛体制がその枠――産軍複合体の思惑と冷戦構造――で決められてきたことを思えば、その見直しに着手する絶好のチャンスです。つまり、日本の米軍基地の肩代わりは進んで受け入れ、かつ、その運用における、アメリカの強要を脱し日本の独自性に立ってゆくチャンスです(ことに、沖縄において)。

中国に対するトランプの揺さぶりについても、日本は、ビジネスライクな交渉の駆け引きの片棒担ぎにおちいるのではなく、中国の強硬姿勢に見直しを求め、東アジアの冷戦的軍事状況化の無益を諭す契機として活用し、自らその先頭に立つべきでしょう。そこで、たとえば東や南シナ海を、紛争の海域とするのではなく、どの関係諸国にも共に有用な発展の海路として、共有の観点で合意を形成させるべきです。ゆめゆめ、冷戦のなごりにかじりつき、意固地な敵意に頼った「陣取り合戦」的な対中観に堕すべきではないでしょう。

ただし、「トランプの乱」の保護貿易主義的な主眼は、これは特にこの乱に大義名分を与えているアメリカ独特のローカルな必要として、他の国は見習う必要はないでしょう。ことにアジアでは、まだまだ、自由貿易のもたらす恩恵は弊害をうわまわっています。そういう意味では、TPPからアメリカが抜けても、そのグローバル主義のアジア地域への引き続きの適用は有益でしょう。そして保護という意味では、むしろ保護されるべきは、雇用自体ではなく、「ブラック」一色の日本の雇用の中身でしょう。

さらには、もっとも大局的な見地に立って、日本は、東方のアメリカ、北方のロシア、西方の中国、そして南方のアジア諸国やオーストラリアをぐるっと四方に持つ、地勢的にも、経済的にも、戦略的中心に位置していることをもっと認識すべきです。そして、持ち前の平和主義と経済主義は、これらのどの国にも通用する万能の旗印でもあります。

トランプのアメリカの時代は、たしかに世界を混乱に導きかねない悲観的要素はあります。

しかし、上記のように、アメリカの産軍複合体中心の世界への武力干渉主義が弱まる可能性をもつこの「乱」は、それがゆえの、これまでの硬直した世界の枠組みを壊す要素を含んでおり、決して悲観的なものではないでしょう。そして少なくとも日本にとっては、巨大な歴史的チャンスを秘めたものであると見るべきでしょう。

それこそ、こうした勇気ある選択を行ったアメリカ国民に送る、その同盟国として果たす日本の役割です。

 

 

 

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