「新たに出来ることがある」楽しさ

  修行風景=穴埋め働き編=その7

脳負傷からの回復は驚くほどで、それどころか、頭や気力の衰えを歳のせいとして半ばあきらめかかっていたところに、思わぬ再考の機会を与えてくれています。というのは、それがどんな作用――先に書いたように、脳トレゲームの効用もあるような気もします――に因るのか、正確なところは判らないのですが、ともかく総体の結果として、以前より意欲や積極度が増してきている感じがあります。

その証拠に、店の仕事を以前のようにこなせるようになって今後への見通しがついた時、店長に、魚の下ろしの作業にも手を広げたいと申し出たのでした。

と云うのは、これまで、寿司を料理として完成品にする“下流”作業を中心に担い、下ごしらえの“上流”作業はしてきていませんでした。以前に述べたようにそれは、若い人の領域として、あえて手を出さないでいたためです。それに、週三日の、しかも限られた時間内では、そこまでは難しい感じもありました。

今回、それを申し出たのは、寿司修行をする以上、魚の下ろしから手掛けないでは片手落ちで、腕として中途半端だとの気持ちをずっと持っていたからです。

それに、店長の話では、いくら募集をかけても人がいないといいます。もう、ここオーストラリアでは、この仕事に若い人を期待できる雇用情勢ではなくなっているようです。

そうならば、これまでの僕の配慮も無用ということとなります。そういう次第もあって、今更になって、この申し出となったわけです。

むろん、下ごしらえは、早い時間に終えないと、後の作業に差し支えます。そういう次第で、時間も早めて出勤して(あえて支払いは求めず)、この新たな作業に臨んでいます。

確かに、仕事量が増す分、疲れが増す面はあります。ですが、この歳になって、出来なくなってゆくことに次々と出くわされる時に、新たにできることがあるとは、なかなか楽しいものです。むろん、お金になぞ代えられません。

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