認知症治療の最前線:悲観論を超える挑戦

  そこそこ健康=積極活用編=その8(添付資料)

【資料】

認知症治療の最前線:悲観論を超える挑戦

科学記者の目 編集委員 滝順一

日本経済新聞電子版

2018513

東京大学で3月にアルツハイマー病治療の現状について専門家が意見交換をする円卓会合があった。認知症の大半を占めるアルツハイマー病の治療薬開発に対してこのところ悲観論が出ている。アルツハイマー病特有のたんぱく質「アミロイドベータ」を標的に進めてきた臨床試験で思わしくない結果が相次いだためだ。その一方でなお期待を集める候補薬もあり、悲観論は時期尚早との見方も根強い。

薬の候補が水平線上にみえない

円卓会合で、米国のアルツハイマー病研究の第一人者であるロナルド・ピーターセン・メイヨー・クリニック・アルツハイマー病研究センター所長は「(これはという候補は)水平線上に見えない」と現状を総括した。米イーライ・リリーや米メルクなど大手製薬会社がアルツハイマー病の新薬の承認申請を断念する事態が過去数年の間に相次いだ。薬の有効性を確認する第3相臨床試験(治験)で、はっきりと症状の改善を示す結果が得られなかったためだ。

ピーターセン所長はこれらの「失敗」に関し、(1)投与量が間違っている(2)投与時期が間違っている(3)標的が間違っている――と考えうる理由を並べた。 

製薬会社や研究者が活路を見いだそうとしているのは(2)の時期に関する課題だ。記憶障害などの症状がはっきりし、すでに神経細胞が死に始めた時期では遅すぎるとみて、より早い段階での投与で効果の有無を確かめようとしている。

代表例は、イーライ・リリーが承認申請を棚上げした候補薬「ソラネズマブ」を用いた医師主導の国際共同臨床試験「A4」だ。「無症候性アルツハイマー病の抗アミロイド治療」という意味の英語の4つの頭文字がすべてAであることに由来した名称だ。陽電子放射断層撮影装置(PET)検査で脳内にアミロイドベータの蓄積が確認されているものの、症状は出ていない人びとを対象に進められている。

また、ヤンセンファーマやスイスのノバルティスファーマも、それぞれ症状のないボランティアをたくさん集めた試験を進めている。両社の薬は「BACE阻害剤」と呼ばれる。ソラネズマブが脳内の免疫細胞を活性化させて蓄積したアミロイドベータを細胞に除去させるのに対し、BACE阻害剤はアミロイドベータをつくり出す仕組みを働かなくする。

軽度の認知症の人やアルツハイマー病の診断を受けていない人を対象に「もっとゆっくり、もっと長く試験に取り組むようになりつつある」と東大の岩坪威教授は話す。製薬会社にとっては開発コストとリスクが増すことにもつながる。

残された光明も

残された光明もいくつかある。米バイオジェンの「アデュカヌマブ」を軽度の認知症の人に投与した臨床試験の成果が2016年に英科学誌ネイチャーの表紙を飾り、異例なほどの注目を集めた。この薬も免疫の働きでアミロイドベータを取り除く。第1相の安全性などを調べる試験段階だったが、有効性にも踏み込んだ評価をし、投与量によってアミロイドベータの減り方に違いがみられたことが注目された。

日本法人であるバイオジェン・ジャパンの鳥居慎一社長は「記憶機能などが確かな高齢者の免疫細胞(に関する情報)をもとに開発した」と話す。先行する薬が動物実験での免疫応答を土台にしていたのとは異なると強調する。

現在は約3500人を対象にして有効性を確認する第3相臨床試験に入っている。承認申請に関して日本の厚生労働省から優先的に扱う「先駆け審査」の指定を受けた。アルツハイマー病との闘いの連戦連敗を覆せるか、大規模試験の結果待ちだ。

アルツハイマー病の新薬は困難だが、あきらめるには課題があまりに重要であり、潜在的な市場も巨大だ。国際アルツハイマー病協会の試算では、認知症の治療や介護に世界で1兆ドル(約110兆円)が費やされているという。その一部でも軽減できれば意義は大きい。

認知症対策を地球規模の課題ととらえて国際協力を主導する英国のジュレミー・ハント保健相に治療薬開発の展望を尋ねたところ「かつてのエイズと状況は似ている」との答えが返ってきた。エイズも当初、治療薬開発は容易でないといわれたが、今では病気の進行をやわらげることが可能になった。

アルツハイマー病でも、アミロイドベータの脳内の蓄積をPETでとらえる手法が確立したのは最近のことだ。かつては亡くなった人の脳を調べて異常を確認するしかなかった。国立長寿医療研究センターと島津製作所は微量の血液からアミロイドベータの蓄積を推測する手法を開発し、島津は検査の受託事業に乗り出す計画だ。早期の診断に役立つ。

東大などの研究グループは軽い認知障害がある早期のアルツハイマー病で、症状がどのように進行するのかについて大規模な臨床研究データをまとめて発表した。米国などでは早期の病状の進行に関するデータが集積されていたが、日本人を対象にした分析は初めて。基礎的なデータが新薬の効果を精密に判定する際などに役立つと考えられる。

検査手法の進歩や地道な基礎研究の進展が新薬開発に新たな突破口を生み出す可能性もある。

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