クモ膜下出血による16日間の入院は、店の仕事には大きな穴を開けました。

ただ、幸いだったことは、その入院が3週間の予定のインドヒマラヤ行きの休暇の初日だったことで、休みが必要な期間がまったく重なったことです。そして、休暇がぴったり終了する今週からリハビリ訓練として職場復帰しています。 詳細記事

昨夜は、意義深いパーティーに出席してきました。私が「ボケ防止への第一プロジェクト」で修業した、その師匠のKazuさんが、引退後の生活を新たにするため、シドニーから北へ150kmほどにあるポートステファン湾に面して開発中のリタイアメント・ビレッジに引っ越す、そのお別れ会がありました。

集まった彼の弟子たち5人に、数人のゲストやその家族も加わりました【写真】。この5人の中に私も入れてもらっています。そういうことで、この集まりは数年ぶりの「同窓会」でもあったのです。むろんその同窓生の中で、私だけが一世代上の高齢者で、他は40歳末から50歳代のまさに現役で活躍中の店主たちです(Kazuさんは私より6歳下)。

後列中央の空色シャツ姿がKazuさん。私は前列左端。

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二カ月のブランク後、店の日常の仕事に戻ってみて、体が意外に動けることがうれしい。予想していたほど、頭も体も、忘れていない感じ。

それにやはり、週三日ながら、完全リタイアせずにこうして現実に有効な仕事ができているということは、いわゆる年齢がゆえの自尊心の揺らぎへの、よいつっかい棒となってくれています。 詳細記事

「穴埋め働き」と改題してこの新シリーズとしています。今回はその3回で、先に記事にしたように、11月11日まで2カ月にわたる北米大陸旅行をして、帰国したところです。そして、「穴埋め」どころか「大穴づくり」をすることとなりました。

帰国後ただちに電話を入れ、店が急に忙しくなっていると聞いて、二日後の日曜、予定を早めて店に出ました。気候が夏らしくなって、お客さんの動きが活発になってきたのでした。 詳細記事

それを「穴埋め働き」とよぶ、私のこの年齢や生活スタイルにふさわしい働き方をしてきています。

昔なら、学生のころの「アルバイト」も、そうした副次的な働き方でした。学業という本業――結構いいかげんでした――のかたわらで、副収入や一定の専門分野の経験をかじってみるのが新鮮でした。

こういう働き方を続けてきてもう十年にもなろうとしているのですが、私は現在、いい選択をしてきたなとしみじみと感じさせられています。 詳細記事

二週間の日本滞在から店の仕事に復帰すると、待ってましたとばかりの忙しさでした。

と言うのも、私の留守中に、キッチンの熱もの部門を担当していたアンディが辞めていたからでした。キッチン一同、私の復帰をいかにも待っていたかの雰囲気があって、“老兵”ながら、その期待には悪くない気分にさせてもらいました。 詳細記事