1.「穴埋め労働」でいい

前回

2.「市場外行為」の貴重さ

最近の日本の報道を見ると、深刻な人手不足のために、高齢者層にもその供給の掘り起こしが広がっているようです。そうした人手不足対策という意味では、そうした動きは、経済用語で言う「市場内」での動向と言えましょう。

しかし私は基本的に、《働く》という行為は、人間が生きて行く上での必須かつ根源的行為で、「食」や「呼吸」と同じように、死ぬまで――何やら“暗い響き”が伴いますが――続けられるものと考えています。むろんこの働くとは広い意味で、たとえ収入の伴わぬ働きであっても働くことに変わりません。そういう観点では、この《働く》という行為は、経済用語で言う「市場外行為」を特に意味します(そこで《》を付けてそれを区別しています)。 詳細記事

これまでの『修行風景』では、昔なら「六十の手習い」とされるこころみを、「六十の“新職”」の視点から、その初体験、一定の定着、そして中堅化、あるいは穴埋め働きへと、その経緯をやや距離をとった姿勢で、「写生」風に描いてきました。

それはそもそも、私が還暦を迎えるにあたって、自分の「ボケ防止プロジェクト」として始めた寿司修行体験にかかわる一連の体験談でした。その私もこの8月で72となって新たな年男の番が巡ってきています。そしてこの12年間の「ポスト還暦働き経験」に関しても、あらたな「風景」に達しつつあるとの感慨を持ち始めています。

そこで新たに表記のような「多世代協働」というテーマをおこし、この十年余りの私的体験を、少々、格上げしてみます。 詳細記事