Day 1,384 & 104(1月7日〈日〉

ちょうど12年前、つまり還暦の年の3月、「ボケ防止への第一プロジェクト」という記事をこのサイトに書きました。それは、以来、今日までも続いている、「寿司シェフ修行」という文字通りの「60の手習い」への着手宣言で、かなり緊張した雰囲気のうかがえる文章です。確かにその時は、それなりの一大決心――何しろまったく無経験でお門違いの職域への、その歳にしての入門――で、それこそ「清水の舞台から飛び降りる」心境でした。しかし、今になって思えば、よくぞ決心したものだと、手前味噌ながら、その頭のリセット具合をほめてやりたく思っています。

というのは、それから暦が一巡りして、その決心の効用や意味が、はっきりと見えてきているからです。 詳細記事

Day 1,280+62(11月26日〈日〉)

ほこりを払って、要所にオイルをさしてメンテを完了した後、二カ月ぶりに自転車に乗りました。もう、大丈夫との自信はあったのですが、まだ医師からのOKはないままの無許可運転です。運動不足で体重が増し、何らかのエクササイズはまったなしです。さもないと、衣服のサイズがキュンキュンになってきて、全部、買い替えなければならなくなってしまいます。

そこで、以前なら「はじり」で往復していたコースを、20キロほど、乗ってみました。 詳細記事

Day 1,280+43(11月7日〈火〉)

これを「貧乏人根性」とすべきなのか、それとも「健康な向上心」とすべきなのか、順調に健康状態が回復されてくるにつれ、ある種の空無感にとらわれています。確かに、クモ膜下出血、Subdural Hematoma(以下「SDH」)、に関わる一連の身体異常は、強力な脱出志向を引き起こし、それに全力をあげるという効用をもたらしていました。その結果として至りつつある達成そして平穏状態は、それに安住していればよいものを、新たな志向を必要としています。あたかも薬を欠いた中毒患者のように。考えようによっては、この安穏温暖なぬるま湯の方が、もっと危険な潜在命取りなのかも知れません。 詳細記事

Day 1,280+16(10月11日〈水〉)

退院1日目、日常生活はほぼ普通だが、どこか足が地についていないようなふわふわした感触があるる。午後、車を使い、魚市場でサケ一匹を仕入れたあと、店に退院後の姿を見せにゆく。車中、スピードに目がついてゆけないのか、くらくらする。 詳細記事

Day 170+1,108(9月23日〈土〉

今日、店でどうにも左足に力が入らず、最後にはしゃがみこんでしまい、へたり込む始末でした。さすがに店のみんなが心配してくれて、自転車は後部席に積み、車で自宅まで送ってもらいました。何かが変なのです。

(8月20日の僕の71歳の誕生日に発生した自転車転倒事故を参照) 詳細記事