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    修行第三風景


 日本ではひな祭りの3月3日、こちらは最高気温35度の「真夏日」でした。
 土曜日のその日、シドニーでは、恒例の「シドニー マディグラ」祭が開かれ、わがお店も、その余波で混み合うとのことで、その下ごしらえのため、私もいつもより早くに出勤しようとしていました。
 暑さを覚悟の上で、いつものように自転車で出かけたのはよかったのですが、その途上、ほぼ半分ほど行ったところでタイヤがパンク、残りを歩いて行くはめとなってしまいました。なにか、とがったものをふんだようでした。
 幸い、ゆっくり行くつもりで、少し早めに出ていたので遅刻はしないですみましたが、暑さの中を最速で30分以上は歩かねばらなず、職場に着いた時は汗だく。その日の立込んだ仕事に差支えがでるのではと、心配になるほどでした。

 ところで、二月末より、いよいよ私の「修行」も寿司の領域に入り、いま、「しゃり切り」という寿司用のご飯つくりを仕込まれています。
 客の多い週末には、ことにそのご飯の量も最大で、大きなガス釜で3升6合のお米を炊き、それを二回に分けて「しゃり切り」します。よく使い込んだ大きなヒノキの飯たらいを使い、これも、大型のしゃもじで、炊きたてのご飯と「しゃり酢」を混ぜます。その混ぜ方が、そのしゃもじで、「しゃり」を、ねらないよう、つぶさぬよう、「切る」ようにして混ぜるので、そう呼ばれています。
 最初の一週間は、親方がする「しゃり切り」をただ見ているだけでしたが、先週から、親方の見ているもとで、自分でやってみる段階に入っています。
 当初、頭に入っているつもりでも、いざやってみるととんと手が動かず、「そうじゃない、こうやりなさい」と、毎度、親方の実演を見習わさせられます。
 この数日、ようやく、全工程を自分でやれるようになってはいるもののまだぎこちなく、そのしゃりを使う板さんからは、「まだまだ団子があって握りにくい」と、苦情がきます。
 思いおこせば、この店のお世話になり始めたのが、昨年の3月7日でした。

 こうして一年、その通勤に自転車で走った距離も、合計すれば、3,000キロを上回ります。
 その自転車は、いまではすっかり毎日の生活に溶け込み、自転車通勤でない日があると、何か体の具合が本調子になりません。まして車を使ったりすると、その爽快感が奪われるだけでなく、かすかながら、何か自責めいた気分が生じてきてます。その分余計に、地球を汚したかな、と。
 
 ただ、私のこの「環境配慮」意識も、いわゆる「環境志向」のライフスタイルのひとつなのかと問われれば、違うものではないか、と答えるでしょう。
 ちなみに、ここオーストラリアでも、環境主義とか、エコ志向といった呼び方で言い表わされるライフスタイルがあります。なかでも、「シーチェンジ」(sea change 英語の語源では「急激なめざましい変化」の意)、と呼んで、都会生活を離れ、海辺の小さな町に移って、自然に親しむ生活をするスタイルが人気を集めています。
 また、「シーチェンジ」は理想としても、都会を離れられない人々が、海やら川に面したいわゆる「ウォーターフロント」の地域に住むことが、根強い需要を生んでいます。もちろんそのため、そうした地域と認められるサバーブの住民となるには、他地域よりは格段に高い居住費用を覚悟せねばなりません。
 そんな世相が当地にはあり、そこで私が、そうした環境志向派のひとりであるのかと問われた際には、否定的な答えをせざるをえません。
 というのは、私の場合、そうする理由のひとつに、お金を使うことに出来るだけ頼らない、ということに重きを置くことがあります。つまり、いわゆる環境志向というスタイルが、これも、そういう形の消費であり、ことに自然環境の消費、であるからです。
 また、何もそんなにかたくなにならずに、環境志向を認めてもいっこうに構わないのですが、私をこだわらせるものに、自分の心身も含めた環境全体が、一体の自然体系と考えるところがあるからです。つまり、そうした環境の「購入」や「所有」によって、そのシステムとの一体化がはかれると思うのは、相当な考え違いではないかと思うからです。

 店が混み、仕込みも含めた長時間の労働にこっぴどく疲れて、夜もふけ、それに加えて、自転車をこいでもう30分。そんなことをあえて選択する私を不思議がる人も多いのですが、その30分を終わらせて自宅に帰りついた時、そのこっぴどい疲れが、ある種の爽快感に変わっているのです。
 ことに、夏場の今、もうひと汗流して帰宅し、そこで飲める冷えた一缶のビールのうまいこと。ちなみに、その際、私はともあれ、私の身体が欲しているのは水分ですので、そのビールには三分の一ほどの冷水を混ぜます(この時、先に注いだ冷水に後からビールを加えると、ビールの炭酸ガスが泡にならずに水に解け、気の抜けたビールになるのを防ぎます。また、炭酸ガスは水が冷たいほどよく解けます)。そして、フレッシュな野菜や果物をたっぷり摂ります。

 そのように、自然のシステムや摂理を自分の日常生活や心身に取り入れ実践することをもってそう言うのであれば、私は、大いに「環境主義者」であることを自認いたします。

 (松崎 元、2007年3月6日)
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