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     オーストラリアの政権交代


 12月1日号でもお知らせしましたように、先月24日に実施された総選挙の結果、労働党が11年8ヶ月ぶりに政権を奪還しました。しかも、地すべり的な大勝利で、敗れた自由・国民連合側は、ハワード首相すらもが議席を失うという、壊滅的打撃を受けた敗北でした。
 ただ、「地すべり的勝利」 といっても、実際の票数で見れば、わずか6パーセントの有権者の “心変わり” が生み出したものという状況については、すでに1日号に書きましたので、これ以上は触れません。(これに関し、興味深い報道がありましたので、文末に参考記事として添付します。)
 ここでは、その、100人のうちの6人の支持の変化が、政治全体にこれほどの影響を与えるとの、一種の驚きをも含めた、この選挙結果の波紋について述べてみたいと思います。
 屈辱的敗北をこうむったハワード前首相の、傲慢でかたくなな保守姿勢への反発は、私見ですが、オーストラリアのある程度知性ある人々の間では、広く共有されていたと思います。それでも4期に渡り、ほぼ12年間も政権を維持できたのは、好調な経済による物的至福感が人々の感覚をマヒさせ、また、ハワード前首相の、国民、ことに多数派の英国系移民が潜在的に持つ、「白豪主義」 の片鱗を刺激して国を一つにまとめようと画策する、策謀者的リーダーシップを縦横に発揮したから、などによります。
 この選挙では、私のオージーの友人の間にも、「またしてもハワード政権が選ばれるようなことになったら、オーストラリアはもう終わりだ」、という声も聞かれました。つまり、オーストラリアの良さを代表する 「平等主義」 (egalitarianism) と 「フェアー精神」 (fair-go) を、それを 「政治的正しさ」 (political correctness) にすぎないと軽視し、国民多数派の持つ本音的排外心を呼び起こしてそれを 「普通のオーストラリア人」 といいふらす、手段を選ばぬ実務辣腕には、私も、評価を通り越し、ヒットラー的な不気味さも感じていました。
 その一方、前回総選挙でハワード政権が上下両院の多数を握り、議会の支配権を完全掌握した後、選挙公約にも上げていなかった労使関係制度の根幹的改変を一気呵成に導入、それに自身の存亡の危機感をもった労働組合が、今回選挙での反撃を計画して、文字通り 「どぶ板作戦」 を地道に展開、今回の結果をもたらす地盤を築いてきました。
 
 オーストラリアの選挙制度は独特で、たとえば、投票の際、全候補者に支持の強さ順に順番をつけるというユニークな方式を採用しています。また、有権者には投票を義務付けており (棄権には罰金)、海外移住者から郵送で送られてくる投票もあって、最終結果がまとまるまでには数週間を要します。
 今回の選挙でも、接戦であったハワード首相の地盤選挙区では、13日にようやく最終集計がまとまり、2600票ほどの僅差での彼の敗北が決定しました。また、この敗北には別の意味もあります。それは、オーストラリアの選挙制度が、票の重さの平等を重視し(当然です)、たしか20パーセント以上の格差が生じた場合、選挙区の境界の見直しを行い、その差の修正を行ないます。今回の場合でも、この選挙区でそれが実施され、新たに加わった地域が、韓国や中国系移民が多く住むところであったため、その動向が注目されていました。毎日新聞の特集記事 (11月26日付) にもあるように、同選挙区では、そうしたアジア系の票が、ハワード政権の排他的姿勢をきらって、大量に労働党支持に回ったと報道されています。

 まだ全体の最終集計は出ていませんが、14日現在で、総議席150のうち、未決定の4議席を別として、労働党は82議席を獲得、前回結果より22議席を増やしました。当初は、16議席増で政権奪還が可能とし、それを目指していたのですが、その目標を6議席も上回り、未決定議席からの数議席を加味すると、国民の審判の結果はさらに圧倒的です。
 このような大差をもって敗れ、しかも、党首であったハワード首相も敗退するという衝撃的な選挙民の選択を受けた自由党は、この選挙以前でも、各州の政権がすべて労働党で占められているという現実をかかえていました。それが、この選挙結果で、州および連邦と、完全にオーストラリアの政界から閉め出しを食った形となり、その財政運営の面でも、危機的状況にいたっています。
 現在、態勢立て直し中の自由・国民連合ですが、世代の交代を図るとは言っているものの、選挙大敗北の責任を負わされ、前政府の主要閣僚たちは大半が前線をしりぞいて平議員にまわり、新体制の人事構成は見るからに弱体です。 
 野党自由・国民連合 (選挙結果ではそれぞれの獲得議席数は52と10) の大多数を占める自由党の新党首の選挙でも、新選出されたネルソン氏と次点のタ−ンブル氏との差はわずか3票。しかもその中には、未決定議席の見込み議員のものも含まれ、その後一部その敗北も決定してきているなど、新体制の正統性についても、疑問が出されかねない状況となっています。(敗北の決まった自由党候補者には、歴史上最小の僅か7票差というケースもあり、現在、再集計が控訴されています。)
 また、州レベルの自由党支部でも、当分、全面野党として冷や飯を食って行かねばならない事態に、新指導部の形成に派閥争いが露骨に持ち込まれるなど、さまざまな足並みの乱れが露見しています。つまり、指導力ある有能な人材はどこかよそに行き、小物同士のかけ引きばかり目に付くという状況と言ってよいでしょう。
 加えて、ハワード政権があれほどに強行な姿勢で臨んでいた労使関係制度の改変についても、大敗の大きな要因としてそれがあげられ、野党となった自由党の新執行部からも、当座の擦り寄りとはいえ、その行き過ぎを認める声が盛んに聞かれます。
 こうした状況を総じて言えば、オーストラリア政治の空気が見るからに一転したのは明らかで、報道の面でも、新任なった若々しいラッド首相 (50歳ですが、ベビーフェースでもっと若くみえます) には新たな期待が注がれ、また、それに応えようとする新首相も、公式着任後二時間もしないうちに、ハワード前首相が拒否し続けてきた 「京都議定書」 に真っ先に著名するなど、そういう意味では、確かに、政権交代のもたらす効用は明確に見えます。
 報道によると、日本でも、長年、全選挙区に候補者を立ててきた共産党が、重点選挙区に絞り込む選挙政策変更を打ち出しているようで、そうすると、これまでに共産党に投じられていた票がどう流れるかが注目されます。そういう意味では、野党乱立状況が緩まる気配で、その分、政権交代の可能性が高まってきているとも見れます。
 このように政権交代の現実を目撃してきて (二度目です)、国の政治姿勢が大きく変わる様を目の当たりにしてきたものとして、この効用を、ぜひとも日本にも起こしてみたいものと切に望んでいます。ただ、代わった新政府がその政権交代の実をどこまで現実化させてゆけるのか、そういう意味での政策実施能力がさらなる関心として上がってきます。
 例えば、この選挙結果が、下院での労働党多数をもたらしましたが、上院では僅差で多数をとれず、今後、少数党のキャスティングボードに左右される状況が予想されています。そうしたわけで、掲げる新政策がどこまで立法化につなげられるのか、懸念がおこる一因となっています。

 【参考記事】 12月14日付の Australian Financial Review 紙によると、今回の6パーセントの「スイング」(投票数の与党から野党への移動をオーストラリアではこう呼んでいます)は最近の政権交代では最大のもので、以下のグラフが示すように、その平均は4.6パーセントであったといいます。ということは、政権交代は、有権者の、いっそう微妙な心中の変化が、その結果を左右していると言うことができそうです。

 
 上の表は、過去4回の政権交代が起こった選挙のうち、必要であったスイングと、実際に起こったスイングのデータと平均です。この数値から言うと、今回の6%のスイングは、二番目の大きさのものといえ、最大であったのは、1975年の労働党から保守連合への交代の時でした。ただ、労働党へのスイングとしては、最大のものでありました。

 (松崎 元、2007年12月14日)

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