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修行第三十風景

最古参の「ジーニアス」


  四年目に入った私の修行は、この店に5年間つとめた寿司の先輩がこの三月で日本に帰り、とうとう私が店の最古参ということとなってしまいました。おかげで、店での役目もずいぶんと変わってきました。
 ただ、確かに寿司部門では私はまだ未熟で、たまに訓練としてトップの場に立つことはありますが、常席はセカンドを続けています。
 しかし、キッチンに入ると、文字通り、僕が一番のベテランということとなり、そういう積もりもないのですが、チーフシェフの役目のようなものを担うことが多くなっています。
 もちろん、フルタイムの勤務についているわけではなく、休みの日は代わってもらうのですが、毎日の仕込みの計画や、日ごと、週ごとの仕入れの発注などは、私がやっています。
 わずか三年なのですが、店には一番長くいる人ということで、いろいろなことのこれまでの経緯や、なにがどうなっているのかといったもろもろにも通じているというわけで、重宝される身分となってしまったわけです。
 そういう次第で、自分としてはまだまだ修行中の気構えなのですが、人に教えることなども増えてきて、立場の変化とでもいえそうなものを感じているところです。
 
 寿司修行の方は、たしかに、少しずつ、慣れてきてはいるようで、先に先輩が辞めて行く際にも、ひとをほめることなどめったにない彼が、「手付きが良くなった」 と言ってくれました。
 以前は、つけ場に入って、お客さんの前に立つことが恐かったのですが、この頃では、少しは余裕じみたものをもって、眼の前のお客さんに接することができるようになっています。
 そういう訳で、修行の内容も初等段階を終え、中堅段階に入ってきているのではないかとも受け止めています。

 ところで、これは修行とは直接には関係のないことですが、私がいろいろ経験をつんできている、ことに工科系の教育や経験を持っているということの結果かなと思わされることがあります。たとえば、店の機械や装置などが故障した際など、別に特別のことをやっている積もりはないのですが、結果的にその修理や応急処置をすることができたりして、そんな思いを強めてきています。
 先日も、週末の、しかも八時を過ぎたもっとも立て込んでいる盛りに、店のPOSが突然にストップし、注文から会計、集計まで、すべてが手作業に頼らざるを得ないという “大事件” が発生しました。
 キッチンの奥で、全体のバックアップの役に当たっていた私のところにさっそく話がきて、なんとかならないか、というのです。何しろ、相手はコンピュータのことで、それ自体の故障となるといくら私でも手が出せません。しかし、故障の原因を調べてみると、それは、電源の安定化をはかっているはずの装置が故障し、そこで送電が停止しているらしいことが解りました。そこで、その装置を外し、それを経由しないで直接に電源をつないだところ、POSは見事に復活してくれたのでした。
 その間、やむなく、かって使っていた注文伝票が引っ張り出され、手書き伝票による昔ながらの方法が使い出されていたのですが、その面倒さといったら大変なものです。しかし、その “地獄” も三十分ほどで終わり、もとの超効率的なシステムにもどりました。
 それに一番喜んでくれたのは、オーナーはもちろん、ウエイトレスの女の子たちでした。いつもコンピュータが瞬時にやってくれていたことを手作業でするとなると、手間取るだけでなく、膨大な仕事量の増加となっていました。
 それが一挙に解決し、そこで、「はじめさん、ジーニアス!」、との声をもらったのでした。

 POSに限らず、店では様々な機械や道具が使われています。店のほとんど誰も、それらの点検、維持などには無頓着で、ただやみくもに使っているだけです。それを、確かに、「工学系の目」 で眺めていると、いろんなところで気がつくところがあります。時折、機械の要所、要所に油をさしてやったりもしているのは、その目の働きのためなのでしょう。
 あれやこれやとめぐり歩いてきた多面な経験は、思わぬ風に、役に立ってくれているようです。

 (2009年4月29日)

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