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私共和国《訳読》― 第10回


“ボケ”ずに生きる

どうすれば脳の健康を保ち、認知症を予防できるか


第10章
総 ま と め



 推薦事項その1: 心臓の健康は脳の健康――適切な血圧の維持
 認知症は、患者本人ばかりにではなく、家族や介護者や、新たな治療法を発見しようと奮闘している医師や科学者にとっても、まだまだ謎の中にあります。神経のメカニズム――記憶、集中、禁止、人格など認知症に関係する基幹的認知能力をつかさどる――は、まだまだ深く神秘的です。私たち科学者は、100年以上にわたって、ある古典的眼鏡――本書を通して説明してきた蛋白質の塊、アミロイド垢――を通して認知症を見てきました。それが、このほんの数年の間に、研究者たちは、この有害な蛋白質について、通常の生理学的役割を認識するようになり、その結果、この古典的仮説に沈黙してきた人々が発言を始め、いっそう自信をもってきています。ただ、アルツハイマー型認知症に真の革命的新治療法がほどこされるようになるのは、さらなる対-古典的ならびに創造的発想を通じてのみ、それがなされると思います。
 そうした新しい考え方のひとつに、血管性認知症とアルツハイマー型認知症の間の緊密な関係についての新たな認識があります。多数対象調査が明らかにするところでは、高血圧、喫煙、肥満、糖尿病、高コレステロールといった血管危険因子のいずれもが、血管性認知症とアルツハイマー型認知症の双方の発症を増す危険因子として関連しています。また、いっそう根本的な生物学的レベルでは、遺伝操作されたネズミを用い、末端の血流供給を増加させるといった血管条件をただ変化させることにより、いかにアルツハイマー病の発症のパターンを変えうるかを示した実験結果が相次いでいます。そして、いまや、アルツハイマー病理学の発達が、脳の血管構造上の微妙な弱点を解明しうるとの新たな仮説を打ちたてようとしています。
 明るいニュースは、そうした予断を含まない姿勢が、認知症の予防の上に、大きな成功を導いていることです。認知症の予防に効果を与える唯一の実証された医療法は、高血圧の治療です。つまり、私たちが認知症を予防できる第一の方法は、健康な血圧を維持することです。他でも説明したように、認知症に関する限り、健康な血圧を維持することは、ほとんど、宗教的確信ともなっています。
 一方、高血圧は、高齢人口の大きな集団において未治療となっている問題で、実証ある認知症の原因であるだけに、それは受け入れ難い社会的問題です。実際に、最近の調査が示すところでは、オーストラリア人の80パーセント近くが、高血圧と認知症の関係を知りません。明らかに、血圧を正常にもどすことの脳への効果を、素人だけでなく医師たちにも教育してゆく、新規な覚醒運動が求められています。
 幸いなことは、認知症予防の掛け声は、現存の心臓血管病についての目覚しい健康知識に 「上乗せ」 できるものです。私たちは誰もが、心臓を健康に保つために、禁煙し、日常的に運動を行い、バランスのとれた食事をとり、肥り過ぎないようにするなどを心がけています。ですから、認知症予防の掛け声は、血管心臓病予防の掛け声とぴったりと符合します。つまり、認知症を含めた場合、心臓に良いことは脳にも良い、とすればよいのです。
 明らかに、今、必要なことは、オーストラリア人に肥満が増えているだけに、こうした覚醒を行動へと結びつけることです。現状のまま何もしなければ、慢性的心臓病のより大きな重荷を背負うばかりでなく、高齢者のどの年齢層にも、認知症の発症率を高める結果をまねいてしまいます。


 
推薦事項その2: 脳も筋肉と同じように運動させよ
 心臓に良いことは脳にも良いとするならば、その対策も同様のはずです。身体の運動は私たちの筋肉、ことに心臓の筋肉に、強さと耐久性を与えます。同様に、精神の運動は私たちの脳に強さと耐久性をもたらす上で重要です。
 精神の運動と認知症発症率の低下との関係は、いまや否定することは困難となっています。いっそう確固とした立証が、一連の臨床試験から得られており、さまざまな形の認知能力運動は、高齢者の認知能力の劣化度合いを遅らせています。そうした臨床試験はまた、この種の精神的活動が全般的認知能力や日常生活機能の測定結果にも反映しています。その上に、多数対象調査をもって、私たちは、精神活動と低い認知症率の関係を付け加えることができます。ゆえに、同様な対策を行ってゆくことは、認知症の予防においても、高い効果が期待されます。そうした発展のうちに、現在、世界中で、認知症にかかわる臨床試験が実施されています。
 また、認知能力訓練と社会的要素および身体運動との結合は、認知能力訓練のみの場合よりいっそう効果的であると立証されています。


 
推薦事項その3: 毎日の生活の一部に身体運動を組み込め
 長い間、身体運動が脳の健康を高める助けとなるとは考えられてきましたが、それは、広く病気を退治する効果がゆえにでした。しかし、今や、身体運動が脳のいくつかの成長要因――神経発生(新しい脳細胞)、血管発生(新しい血管)、そして最も重要なことはシナプス発生(新しい脳の結合)――を促進することは明白とされてきています。さらには、多人数を対象とした臨床試験で、運動が認知能力、ことに、高齢者のそれを向上させることが立証されてきています。したがって、身体運動は、エアロビックと耐性運動の両方の要素を入れて、私たちの生活スタイルに組み込まれるべきです。


 
推薦事項その4: 「三つの要点」の原則を満たす活動を選べ
 三要素の原則とは、認知、社会、身体要素を含めたレジャーや余暇時間を、日常生活、ことにリタイア後のそれに意欲的に組み込むことです。この三要素をゆうに満たす様々かつ数えきれないほどの活動があり、すでにその幾つかを紹介しました。重要なことは、あなたの今後の人生のために、この原則に従い、認知症の予防に最大の効果をあげるために、そうした活動に、楽しみとその実りの両方を見出してゆくことです。
 従って、広範な認知的、社会的、身体的活動を維持することは、人生の質にとって、不可欠なことです。日増しに、幸福に欠かせないものとして、良い人間関係、満足かつ挑戦的な職業、そして、自然や環境を保護しかつ楽しむ能力があげられてきています。つまり、認知症の予防とは、幸福の最大化と人生の質とがあい並んで実現されるものです。
 もちろん、私たちの生活にこの三要素を取り入れることによって、私たちの心臓血管上の健康は向上し、高血圧の危険を最小化し、これはさらに、認知症の危険を減らし、こうした活動に引き続いて参加することを可能とし、私たちに 〔人生の〕 意味と楽しみをもたらします。本書のひとつの核となる点を挙げるなら、この人徳循環をやしなうことに取り掛かる明瞭なきっかけを与えることです。三要素の原則は、一体のものとして心身を扱うばかりでなく、脳と心臓の統合を認識することでもあります。


 
推薦事項その5:すべての賭けをやめる――最善をつくそう
 認知症について言うならば、人生がそうであるように、保障というものはありません。受け継いだ遺伝、あるいは、私たちが充分には解明できていない複雑な生物的プロセスの結果が働き、すべての最善の助言に従った場合でも、認知症の発症はあります。
 しかし、むろんその発症の危険を最小限にすることは可能です。また、強い潜在的危険があるとしても、その出現を遅らすことはできます。すべての危険管理のアドバイスのように、悪い結果に対する100パーセントの保障はめったにありません。むしろ、自分のベストをつくして、そうした危険を減らすことを狙った、予防のための方策があるのみです。現在のところ、認知症の危険は厳密に、そうした範囲に存在しています。
 ゆえに、この本の目的は、読者のために、各々の条件による危険を管理できるよう、認知症に関する、何百もの研究、論文、時に相矛盾する発見を吟味し、評価することでした。既述のように、行き詰まりや予期しなかった逸脱や脱線、あるいは幾らかの失望、そしてむろん、いいニュースもありました。
 おそらく、そうしたいいニュースの中の最高のものは、人の認知症の危険は、固定したものではないことです。私たちは、心臓血管および脳の健康に努力することで、かなりの程度、認知症の危険を減らすことができます。さらによいことには、私たちがこうした生き方の変更を高齢になってから始めても、その効果が得られることです。ともあれ、あなたの生き方を変えるにあたって、決して遅すぎることはないということです。



焦点  要 約



 
認知症予防に有効な5項目
 ここに、私たちが述べてきた、認知症を予防する最善の方法を要約しておきます。最も有効な方策から順に列記します。ただし、それでも、保障されたものでなく、その人にとっての危険を最小限とするための挑戦項目です。

 
1.健康な血圧維持に努める
 血圧を高い状態から正常なものへ下げることは、認知症の発症を引き下げる、唯一の薬学的に証明された処置です。それとは別に、良い心臓血管上の健康が良い脳の健康と、いくつかの関連性があります。簡単な方程式を覚えておいてください。強い心臓=強い脳。詳細は第3章を参照してください。
 かかりつけの医師に、血圧を検査してもらい、もし高かった場合、あらゆる非薬学的および薬学的な選択枝について話し合ってください。もし、わずかに高い程度だったら、身体的運動は、それを自然に下げる最善の道です。

 
2.三要素: 精神的、社会的、身体的活動
 基礎的な動物実験、長期の人間対象調査、そして最新の臨床試験のいずれもが、精神的、社会的、身体的運動が、ことに高齢者の場合、脳に効果をおよぼすことをしめしています。そして、社会的要素は、脳の異なった使い方が求められるため、重要です。他の人たちと精神的課題に取り組む人は、一人で行う人より、より大きい効果が得られます。詳細は第7から9章を参照にしてください。
 新たな余暇、趣味、レジャー活動を始め、そこには他の人を含め、脳と身体に刺激を与えましょう。

 
3.脂っぽい魚を食べる
 脂っぽい魚を食べることは、確かに私たちの心臓の健康を向上させ、脳の健康にも良い影響を与えます。今、オメガ3脂という活性栄養素が認知症の危険を下げるかどうかの試験が進行中です。詳細は第4章を参照してください。
 週に2−3度、食事に脂っぽい魚を含めましょう。

 
4.地中海式に飲酒せよ
 もし、読者が飲酒するなら、大酒のみは完璧に避けましょう。しかし、適量で定期的な飲酒はわずかな利益があります。ただ読者がまったく酒を飲まないなら、認知症予防のために飲酒を始めるべき有効な証拠はありません。詳細は第4章を参照してください。
 もし、あなたが酒を飲むなら、毎週数度、食事にグラス1−2杯のワインを飲みましょう。

 
5.自然の抗酸化物に富むバランスのよい食物を食べる
 特定の食物 (魚は別) を食べることが、認知症の危険を特に下げるという明らかな証拠はありません。しかし、自然の抗酸化物に富むバランスのよい食物は、間違いなく、健康の維持の助けとなります。高度に加工された西洋式食事やインスタント食品は、肥満や糖尿病をおこす危険となる可能性があり、これらの病気が認知症に結びつく危険がいっそう明らかにされつつあります。詳細は第4章を参照してください。
 自然の抗酸化物に富むバランスのよい食物を食べ、毎日、必要なカロリーを越えないようにして、健康な体重の維持をはかりましょう。


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