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       負けないで 
                      中井 由実 
      「何かにつかまっていないと 
      立っていられないほどの風が吹くかもしれません」 
      朝のテレビは 嵐をそう予告した 
      駅前広場の桜が咲いて、何日経った日だったか 
       
      少しすぼめた傘を両手で支え 
      風の方向をさぐりながら 
      今朝は 広場を突っきって職場に急いだ 
       
      気短かな低気圧が過ぎた後の澄んだ夕空 
      その桜の木は満開のまま 
      迷いなく立っていた 
      強風など知らないようなたたずまいの 
      やわらかな小さな花々 
      息を呑んで見あげる人に 
      ひとひら 花びらを落としてよこした 
       ― 大丈夫だから ― 
      どうして 投げ出してしまえるだろう 真っ直ぐに歩いていくことを 
      傘を持ち、風よけに逃げ込むことのできる人間の 
      私が 
       
      
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