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<連載>  ダブル・フィクションとしての天皇 (第49回)


わずか15年間のこと


 今ではあまりそうした表現に出会いませんが、満州事変に始まり無条件降伏に終わったかつての戦争が 「15年戦争」 と呼ばれたことがありました。そのように、それは1931年から45年までの、15年間の出来事でした。
 これは私の個人的な感慨なのですが、この15年間というのは、余りに短い期間のように思えてなりません。つまり、私の感覚には、その 「戦争の時代」 とは、とても長く、重々しかった期間としてあり、なんだか50年も60年も、あるいはもっと長く続いたような感じがあって、とても15年で終わった事であるとは思えないのです。
 今日の、 「失われた10年」 とか 「失われた15年」 とかという時期と比べて、それが同じほどの時間的長さだったとは、とても考えられないのです。
 それは、ひとことで言えば 《平和な時代と戦争の時代の違い》 ということなのでしょうが、単に軽重を比べるというのではなく、時代の、ことに人々の生活に課された切迫度や犠牲度を比べた時、明らかな違いがあったはずです。同じ時間的長さの二つの時代に、人の人生の 《青年時代と壮年時代の違い》 とも言い換えれるような、ある “燃焼度の違い” があったように思えます。つまりは、その戦争の時代
」 の日本人は、だれもが 「青年」 であったのかも知れません。

 さて、そこでさらにこのイモーションの度を高めてみると、そういう私は、その 「青年時代」 も 「壮年時代」 も通り過ぎ、それを “老年時代” と呼ぶのは勘弁してもらうとしても、いま、ひとつの 「ポスト現役時代」 にあります。しかも、そういうめぐり行きとはいえ、出生国の地震・原発災害からも、北半球世界の緊迫からも距離を置いたこの 「ダウン・アンダー」 にあって、まずはともあれ、平穏な日々を過ごしています。
 そうした “特異” な 「平穏」 から、この 「15年戦争」 の時代を思い起こせば、敢えて言いますが、 “狂気沙汰” な時代と、私個人の体験した自身の青年時代の熱望の歳月との間には、どこか重なり合う、その “狂気” ほどもの燃焼度のほとぼりが、共に漂っているかに思えます。

 これは、遥かの時間的・地理的距離の果てから想う、ダブった “望郷” 意識がゆえでしょうか。

  「15年戦争」 の時代は、この 「訳読」 ではまだ始まったばかりです。
 それでは、その訳読の最新部へとお進みください。

 (2011年8月7日)

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