2.6兆円 LNGプロジェクト が始動
新年早々の1月13日、日本の半国策の石油資源会社 INPEX (国際石油開発帝石) は、オーストラリアで実施する日本最大の液化天然ガス (LNG)
プロジェクトに、最終的な開始決定を下しました。
「イクシス(Ichthys)」 プロジェクトと呼ばれるこの事業は、総額340億米ドル(約2兆6千億円)を投資し、オーストラリア北西部の沖合の海底ガス田 (地図上参照) から掘り出した天然ガスから、洋上プラントでコンデンセート(超軽質原油)を取り出し、ガスは889kmの海底パイプラインを経て、北部準州首都ダーウィン近郊 (地図下参照) の陸上プラントで液化し、年間840万トンのLNGとして出荷するというものです。
この事業は、2000年のガス田の発見の後、2009年初めに基本設計に着手され、以降、各方面にわたりその準備に取り組まれてきたものです。ことに、昨年3月の震災後、原子力発電に代わるエネルギー源として、緊急に必要とされる需要をまかなう、日本経済の救済的な使命をも担うものともなっています。出荷開始は2016年末に予定され、日本が必要とするエネルギーの新たな安定した供給先となることが期待されています。
年間840万トンの生産高のうちの600万トンは、東京電力、東京ガス、関西電力、大阪ガス、東邦ガスなど、日本の大都市圏のエネルギーをまかなう各社によって買い取られ、その基本需要に応えるほか、原発停止によって生じたエネルギー供給の穴を埋めることとなります。この600万トンという輸入量は、2011年の日本の総LNG輸入量7853万トンの7.6パーセントに相当します。また、残り分の内の175万トンは、台湾の石化会社が引き受けます。
コスト問題への懸念
ただ、このプロジェクトの建設が、今後、計画通りに進捗しうるかどうについて、ひとつの大きな懸念材料があります。というのは、当初、その総事業費は200億米ドル超と見積もられていました。それが今回の最終決定では340億米ドルと、7割も跳ね上がっているように、オーストラリアで事業を進めることのコスト問題があります。
この総事業費の膨れ上がりには、当初の地上プラント候補地を変更して長距離パイプライン案を採用した要因もありますが、いっそう決定的な要因としては、オーストラリア国内での、資材および人件費の上昇があります。というのは、現在、オーストラリア国内で実施中あるいはこの先数年間に実施予定の資源関係プロジェクトが目白押しで、総計にして2300億豪ドル(約18兆4千億円)
を越えているという、オーストラリア始まって以来の資源開発ブーム情況下にあることがあります。
そのため、プラント建設あるいは関連インフラ事業にたずさわる技術者、技能者の賃金がうなぎ登りであるばかりか、必要人数の確保すら困難となっています。さらに、プラント建設が決まったダーウィンの町は、流入が始まっている工事関係者の居住のため、新規の建設も追いつかず、住宅価格もシドニーやメルボルン並みへと高騰しつつあります。
さらには、オーストラリアでは伝統的に労働運動が強く、ことに、建設や金属製造業関係は、戦闘的な労組の拠点ともなっていて、事業を円滑に進行させる上での支障となるケースが多く見られます。また、現在、オーストラリア連邦政府は労働党政権となっており、政策傾向として労組離れは見られるものの、政府首脳に労働組合出身者が少なくないのも事実です。
これまで比較的好調を維持してきたオーストラリア経済にも、すでに雇用削減の大波は押し寄せてきており、労働組合、政府ともに、雇用創出政策の強化に動かざるをえません。そして、海外からの安い労働力の輸入を抑え、賃金の高い国内労働力の使用を優先し、失業率の改善をはかることとなってゆくでしょう。
INPEXも、その最終決定に際しては、予定を一年後倒しにして、コスト高騰の影響を最小限に抑える対策を練ってきました。そのひとつが、プラントや洋上施設など、事業に伴う設備や装置の製造を、オーストラリア国内で行うことをできるだけ避け、モジュール化した部分を海外の低コスト生産国で製造し、それを現地では組み立てるのみという方式を採用しています。
ただ、オーストラリア側では、自動車生産の日米摩擦の際に見られたような生産国産の部品使用を義務つける、ローカルコンテント方式の採用の動きが他の資源開発事業では見られ、自国内で繰り広げられる巨大事業の成果の多くが、みすみす海外に流出してしまわないよう、対抗しようとしています。
このように、「日の丸プロジェクト」 とも呼ばれて今後の日本経済の基盤再構築に寄与すると期待されている当事業ですが、そのいわば “ハードウエア部分”
の検討と準備は綿密かつ精妙になされてきました。しかし、今後のその建設工事そのもののオーストラリア現地での実施には、たとえそれが組み立て工事に大きく集約されるとしても、オーストラリア国内の人的あるいは労使関係ファクターが大きく絡んでくるのは避けられません。つまり、この事業の残された
“ソフトウエア部分” の課題が浮上してくるのは、決して不測の事態ではないものと予想されます。
近年、海外で実施された同様な大型プロジェクトにおいて、工期の延長やそれに伴う出費の拡大で、最終的な赤字に追い込まれるケースもまれではありません。それに加えてこの事業では、オーストラリア特有の複雑な労使関係問題を避けては通れず、従来は比較的に軽視されがちであった
“ソフトウエア部分”が、生命線のひとつになろうとしています。
(地図は、INPEXウェブサイトより。事業分析はアジア・プロジェクト・パートナーズ提供)
(2012.2.6)
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