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<連載>  ダブル・フィクションとしての天皇 (第71回)


 やらせ” としての2・26事件


 今回は、第20章 「2・26事件」 の後半です。
 そこでさっそくなのですが、今回は特に、訳読の初め部分にある、脚注(53)に注目してほしいと思います。実に細かい点に入りこんで恐縮なのですが、それだけ、歴史の真実味のにじみあふれる話でもあり、ぜひとも一読していただきたいくだりです。
 そこに、異例に長い脚注が述べられています。ここで見落としてはならないことは、著者のバーガミニが、どうしてこのような冗長な注を入れる必要があったのか、ということです。
 それは、彼がここで、決定的な証拠をつかんだことを明示し、解説しておきたいためです。
 というのは、これまで繰り返し述べて来ているように、バーガミニがこの本を書くことで最も言いたいことは、昭和天皇は軍の突出に振り回されたという通説は誤りで、彼はすべてを知り抜いたたうえでそう指揮していたということです。今回の2・26事件にしても、それが若手将校の独走によるクーデタどころではなく、天皇の承知の上で、そのように仕向けられて “おこさせられた” 、 「やらせ」 のクーデタであったことです。そういう絡みの中での、この脚注なのです。
 日本の戦時中の公式書類は、8月15日の降伏の前夜までに徹底して焼却されしまい、その間の真実はまさに永遠に隠蔽されてしまいました。そこで、その真実を探ろうとする場合、その手掛かりのひとつは、その時代に各方面の要職を勤めた人物たちが残した私的記録です。
 しかし、そうした日記や回顧録は、それが重要であればあるほど未公開とされ、たとえ公開されたとしても、綿密な検閲を通した、みごとな骨抜き “料理” としての公表であることです。ものによっては、日記や回顧録という形の、事実をあざむく創作品でもあるようです。
 そうした手掛かりのなさから、何とか手掛かりを探し出そうとした緻密な努力の成果の一例がこの脚注に発見できます。すなわち、いろいろな人物のそうした記録を照らし合わせ、その記述の符合や矛盾から、隠された真実をあぶり出そうとした手法による、 “くす玉” です。
 それがどんな 「くす玉」 であるかは、この脚注を、訳読本文と合わせて読んで頂くしかないのですが、そのポイントは、昭和天皇に直属する重鎮家臣、牧野内大臣と木戸内大臣秘書が、綿密であったはずの陰謀の一部の手抜かり――老いたといえども反天皇派の先鋒、西園寺親王の暗殺の失敗――に関し、その原因を探ろうとして、おもわずボロを出してしまっている状態の指摘です。
 さらに、2・26事件とは、単に 「やらせ」 であったどころか、実に、巧妙な専制国家造りの奥の手であったことです。つまり、今回の訳読の最後に、天皇の発言として指摘されているように、2・26事件とは、第一に、外国の出方を計算に入れたものであり、第二に、北進派を自滅させて、その根絶やしをねらったものであったことです。
 次回では、 「事件」 の鎮圧から摘発にストーリーが移り、そうしたねらいの仕上げ段階が見られるはずです。
 じつに見事に、天皇の意図が貫徹されていることに、眼を見晴らされます。

 では、第20章 「2・26事件」 の後半へとご案内いたします。

 (2012年7月7日)


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