今、オーストラリアでは、社会をあげてとも言えるような「ヒステリア」現象がおこっています。ことの発端は、シャペル・コービーという27歳の女性が、インドネシアのバリ島を訪れた際、持ち物から4キログラムを超えるマリファナが発見され、麻薬密輸容疑で逮捕されたことにあります。
判決直後のシャペル・コービーの 写真を掲げ、救援を訴える地元紙 |
オーストラリアでもマリファナは違法ですが、インドネシアでの扱いほど厳重(最高刑は死刑)ではなく、社会の受け止め方としても、やや大らかなところは存在します。しかし、インドネシアを含むアジアの国々が、そうした厳しい政策をとっていることはよく知られています。
そうしたインドネシアの空港での現行犯逮捕で、その所持が濃厚なこのケースについて(本人は誰かが入れたと主張)、それでも彼女の「無罪」を信ずる(あるいは信じたいとする)人々が国民の大多数におよびました。
オーストラリア国内でも、過去、日本人の旅行者が、同じように空港で麻薬の所持が発見され、うかつに人から頼まれたものと主張しても認められず、有罪となったケースがあります。
そして去る5月27日、その彼女に下された収監20年の判決(インドネシアの基準では軽い量刑)を不当として、オーストラリア社会に反発の声があがり、異様にも見える反インドネシア感情が広がっています。
なかには、その怒りのあまりか、昨年末のスマトラ沖大津波の際の救援募金を返せと言い出すグループも現れ (この募金運動はオーストラリアでは前例のない盛り上がりを見せ、巨額の救済基金がインドネシア政府に贈られ、何かとギクシャクしてきた両国関係の改善に大きく貢献しました)、恩知らずともいいたげな反感をむき出しにしています。
先に驚くべき寛大さをみせたオージーが、一変して偏狭な身内びいきに変容し、筋違いな返礼を期待するかのような姿をさらすのは、うらさみしい光景のかぎりです。
さらに悪いことに、6月1日には、何者かが、キャンベラのインドネシア大使館に白い粉末を入れた郵便物を送りつけ、一時は、細菌テロの危険があるとして、大使館が全面封鎖される事態にも至りました。捜査の結果、幸いにその粉末は有害なものではないことが判明しましたが、この事件を契機に、こんどはインドネシア側に強い警戒心をひきおこさせ、せっかく改善の兆しの見えた両国関係が、元の木阿弥に舞い戻りそうな気配です。
こうした集団ヒステリーとも言える現象は、オーストラリアに限ったものではなさそうです。日本でも、先のJR西の尼崎脱線事故や、あるいは、イラクでの日本人人質事件の際に見られたような、異様な“XXバッシング”、つまり、社会が一色に染まったかのような「誰々悪し」の風潮です。
また、中国や韓国でも、繰り返された反日デモや、今回の対馬沖での違反漁船事件に際した(伝えられる)反応にも、背景の複雑さは伴いますが、あいつらなる同質な要素を筆者は感じます。
マスコミが、こうした集団ヒステリー現象の形成に決定的影響を与えているのは疑いなく、偽善的とも受け止められる寄付金キャンペーンを展開したり、あるいは権力追随に甘んじる報道姿勢が、多彩で奥の深い世論形成に結びつかず、単色な一時的現象をもたらす結果をもたらしているのは、まことに残念なことです。
(2005.6.4)
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