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 私共和国 第32回


二つの否定:
リタイアでない、現役でもない



 あとひと月半ほどで、満65歳の誕生日をむかえます。
 私はこれまで、おおむね10年を周期に、何らかの変化を体験してきました。
 そういう意味では、ポスト還暦期の、最初の1/2周期が過ぎようとしています。
 この小区切りに至ろうとしている今、ある思いが固まりつつあります。それは、自分のポスト還暦生活の中で、やや大げさとなりますが、「前世代未踏」 とでも言ってよいような
新海域に入りつつあるらしいことです。
 
それをひと言でいうと、タイトルのように、 「リタイアでもない、現役でもない」 との 「二つの否定」 の間を行く、隙間領海の航海です。

 今日の人の一生とは、私の受け止めるところでは、ある職業人を全うする 「現役」 時代と、その後にくる 「リタイア後」 時代という、人生ステージ上の大別があります。国民経済的な視点から言えば、 「生産人口」 時代と 「老後非生産人口」 時代という人生舞台の分化です。
 私も以前、自分の還暦を近い将来にむかえ、いわゆる 「老後の設計」 をしてみた時期がありました。しかし、その時に発見したことは、自分の所与条件は、そうした大別にはどうも合致しない、自分なりの異なった現実でした。
 そこでいろいろ自分向けに設計変更した結果が現在の “航路” なのですが、その五年間を試し航海してきて、見取り図的なものではあるのですが、ある航路指針のようなものが描けてきています。
 その指針とは二つの原則で、ひとつは、 《非-金主義》 、ふたつは、 《じか播き主義》 です。
 ただ、この二つの原則については、すでに昨年の年頭で、「じか播き」という方法 にそのあらましを述べてみました。

 そうした原則を志しながら5年間を送ってきた結果の小総括なのですが、その試みの航海は、ひとつの確かな航跡を見ています。それは、先にそうだと信じさせられていた人生ステージ上の大別、つまり、現役と引退という劇的変化は必要なかったことであり、むしろ、そのどちらでもない、あるいは、その両方でもある、ひとつの連続した途切れない生き方が要であると思えてきていることです。私の場合、 「一職業人」 としての輪郭が不明瞭だったためでしょうが、やや蛇足的に付け加えれば、 “企業人” 人生といったモデルが、それほど万能ではない――少なくとも自分向けではない――ということでありました。
 むろん、そういう航跡とは、いつまでも 「現役」 としてかっての職業にしがみついていることでもなければ、長年の功労の見返りとしての、 “悠々自適” 生活の断念でもありません。
 誤解を恐れずに言えば、それは、 《ゆとりとしての労働の継続》 です。つまり、社会との生きた接点としての労働を保持しつつ、労働の内容自体は、それだけの人生経験も、職業責務実行の経験もあり、しかも、その過去の勤労の結果としての何らかの年金支給による、収入の必要のはるかな軽減もあるのですから、それなりの大胆縦横なアレンジや変形は可能なのです。
 そうした結果、さほどに人件費負担をかけずに、その労働の場に、後続世代とともに、彼らとはひと味もふたあじも異なった次元の貢献をすることは可能なのです。
 むろん、スピードとか効率とかという数量的貢献は若い世代に任せるとして、しかし、職場とは、そうした数的価値だけで動いているわけではありません。彼ら彼女だって、病気にもなれば休暇もほしいし、また繁暇の波を緩和するスタビライザーも必要です。そうした調節やネック解消の役目をはたしつつも、さらに、その豊かな人生経験に立った職場の人間関係の潤滑油役としても貢献できます。
 加えて、ゆとりとしての労働には、たとえ職場からはなれても、人間本来の 《働く意義》 へのアプローチが可能です。たとえば、無給としての労働、つまりボランティア活動も可能でしょうし、もっと個人的で大切な身の回りの関係での贈与としての貢献もできます。それを 「趣味」 とよぶか 「働き」 とよぶかはともかくとしても、「私」 と 「社会」 との濃淡織り交ぜた関係性の保持は、むしろ 「ポスト還暦」 世代であるからこそ、またそれがゆえに、可能であり必要であると言えます。
 むろん、以上のような議論は、その人が 《健康》 であるからこそ可能です。不健康は人からいろいろな貴重なものを断念させます。ですが、現役世代でも病人は居るのであり、誰もが何らかの弱点や持病をひそめているのが現代です。ならばこそ、それをいっそう敏感に感じえる世代として、健康維持にはひときは関心を払い、かつ、その健康維持のためにも、そうしたゆとりとしての労働》 が心身ともに役に立つ――毎日の糧となる――との視点にたって、前向きに取り組むべきではないかと思われるのです。

 いま手元にこの6月30日付けの日本経済新聞の切り抜きがあります。その 「新しい日本へ」 と題した特集連載記事に、 「企業も個人も 『人のため』 」 との見出しのもとに、以下のような表現が見られます。
 3・11震災を機に、日本に何か新しいようでどこか古く懐かしい、そうした変化が急速に広まっているように見受けられます。
 上記のような 「ポスト還暦」 世代の生き方は、むしろそうした変化に大きく適合してゆけるものではないかと思うのです。


 (2011年7月4日)

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