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私共和国《訳読》― 第4回

“ボケ”ずに生きる

どうすれば脳の健康を保ち、認知症を予防できるか


第4章

考える食べ物




 食べ物は独特です。栄養があって私たちを扶養するばかりでなく、いかにも幸せな気持ちを引き起こし、生きいきとした記憶とも親密に結びつきます。適正な種類の食べ物はまた、私たちの心臓を――したがって私たちの脳をも――健康に保ち、二重の恩恵をもたらしてくれます。だが食べ物はまた、私たちを肥満や糖尿病へと惑わせる暗い面をも持ち、私たちの全般的な健康を損なわせるばかりでなく、認知症を引き起こす直接の関与をなす恐れもあります。この章では私たちは、食べ物と認知症との間の関係――良くも悪しくも醜くもある関係――を考察してゆきます。

 無用の長物: 加齢過程と認知症
 2006年、英国、ケンブリッジ大学のキャロル・ブライン教授は、 「無用の長物」 と題した認知症の危険因子についての重要な学術記事を著わしました。この題名が意味するものは、高血圧、タバコ、素養といった認知症の危険因子を、私たちがいかに緩和し、変化させることができるかということに大きな関心が集まっているものの、ただ加齢してゆく経緯と比べれば、これらの危険度は7対1以下ほどのものに過ぎないというものでした。それはもっともな指摘で、60歳代の認知症発症の確率は20分の1(5パーセント)なのに、それが70歳代では10分の1(10パーセント)、そして80歳代では、一気に4分の1(25パーセント)に跳ね上がります。言い換えれば、認知症にかかる危険度は、10年ごとに、二倍以上に上昇する恐れがあるということです。どうしてそうなのでしょう。ただ、それがもし、知っただけのことになるのだとしても。
 私たちの身体や脳は、歳をとるにつれて、無数に様々な道筋をもって変化し、そして、そのどの変化にも当惑させられるものがあります。脳卒中や脳血管疾患の発症率の年齢と共の増加は、潜在する理由のひとつではあっても、全体を描くものではないことは確かです。少なくとも、私たちは、単純な説明を除外することができます。つまりそれは、単に歳と共に脳細胞を失うからではありません。この説明は、過去にしばらくは存在してきましたが、この十年間で、脳細胞を数え計測するいっそう高度で正確な技術は、それがもはや検証に耐えないものであることを明らかにしました。つまり、すべての最も進んだ実証が示すものは、加齢過程は、通常、著しい数の脳細胞が失われることに伴うものではないのです。
 歳月の経過が認知症の主要な危険因子であるとしても、もし私たちが脳の加齢に伴う根本的な変化を解明することに最初に試み、そうした変化を逆に進めることを試すことは理由のあることで、それは認知症の予防に結びつくことです。だが残念なことに、それは直観的な意味であって、まだ、理論上の段階にとどまります。


 加齢の酸化作用説
 生物の老化についての最も長く、最も使い古されてきた説明は、細胞酸化の考えに基づきます。リンゴの一切れを台所の調理台の上に置いておくと、それは、酸化作用をうけて、数時間で茶色に変化します。 「酸化」 という用語は、酸素と結合していた分子からその結合が蛋白質分子やさらに大きな細胞構成物へ移ることを意味し、それは、その生物的特性を変化させます。
 また、毎日、毎秒、たえまなく、私たちの身体の細胞は、抗酸化作用あるいは自然の抗酸化物の巧みな働きがゆえに、悪効果なく、完璧なほどにうまく酸化します。しかし、このバランスは微妙に保たれています。私たちの体の細胞へのほとんどどんなストレス、炎症、損傷、あるいは負荷も、酸化物と抗酸化物とのバランスを乱れさせ、その結果、フリー・ラディカルと呼ばれる悪玉酸化物を作ります。フリー・ラディカルは、生物学上の破壊者で、それが触れるものはほぼ何でも壊してしまいます。幸いに私たちには、一度、ストレス原、病原、あるいは負傷が取り去られると、私たちの身体のおそろしく回復力あるシステムが、残ったフリー・ラディカルを除去し始めます。
 オーストラリアのノーベル賞科学者、マクファーレン・バーネット(Macfarlane Burnet)卿は、1974年に、酸化は老化過程の中核で、この作用に対抗する方途を探ることは人の生命を長引かせ、アルツハイマー病といった年齢に関係した病気の発生をおさえうる、と語っています。(11) 実際、いかに老化が人体のほぼどんな細胞にも無数の酸化物のうちのいずれかを加えているかといった研究論文の書籍で、ちょっとした図書館が作れそうです。同様に、私たちの脳細胞が老化した場合も、酸化作用ストレスの兆候を現しているように思われます。
 ならば、この酸化作用ストレスは脳の機能や認知症にどういった結果をおよぼすのでしょうか。この疑問への答えは明るいものではありません。疑いなく、アルツハイマー型認知症で死んだ人の脳のサンプルは、同じ年齢の他の人より、高いレベルの酸化作用ストレスを受けています。しかし、再び問われることは、最初に何が起こっているのか、ということです。酸化作用ストレスがアルツハイマー病過程を進めているのか、それとも、ただ単に、それは細胞が攻撃にさらされている現れということなのでしょうか。抗酸化物の臨床試験は、したがって、酸化と認知症の関係を解明する手掛かりを与えるものであるべきです。そして、そうした研究は実際に行われてきました。しかし、そうしたすべての見込みに反し、抗酸化物は、認知症の予防にも治療にも何らの役も果たしていないように見うけられます。


 加齢の 「治療」 は可能か
 
抗酸化物
 どのおばあちゃんも、その歳の功で、リンゴ片が茶色に変色しないようレモン汁を使う手品については知っています。この場合、レモン汁の中のアスコルビン酸(ビタミンC) は、たいへん有効な抗酸化物として働いています。もし脳がそれほどに単純だったとしたらの話ですが、しかし、私たちはそう信じていました。つまり、主要な臨床試験は、アルツハイマー型認知症の予防と可能な治療法のために、ビタミンE (ビタミンC より強力な抗酸化物) と、モノアミン酸化酵素阻害薬の効果について調査を実施しました。だがそれらすべては、みごとな失敗に終わりました。ビタミンE の高い投与が行なわれた集団は、抗酸化物無しの集団に比べて、何らの効果も表しませんでした。
 さらには、過剰な量のビタミンE の摂取は、有害であるおそれもあります。さまざまな理由 (必ずしも認知症のためではなく) ビタミンE を取った1万9千人以上の患者を対象とした19の試験の分析は、わずかながら、しかし統計的には有意な、一日150IU 以上服用者の死亡率の増加が認められました。したがって、ビタミンE の認知症の予防あるいは治療目的の効用の低い可能性と、その高い服用によるわずかな死亡率の増加という条件から見れば、それは、あまり良い方法ではありません。
 しかしながら、それができない人もあります。頭の凝り固まった 「酸化作用主義者」 の中には、現下の考え方は、私たちがただ正しく抗酸化物を試していないだけで、したがって、臨床試験は新たな世代の抗酸化剤の服用の準備に入るべきだということとなります。私は、それに傾注はできないのですが、私が誤りであることが証明されるよう望みます。ともあれ、認知症予防のために、ビタミンC、ビタミンE、セレジリン、あるいは他の抗酸化物を服用する決定的な臨床上の証明はありません。その一方、ビタミンCや他の自然な高酸素物に富んだ健康な食物――例えば、ピーマン、唐辛子、かんきつ類果物――は、健康全般に重要で、見過ごすべきではありません。

 
ギンコは当りか
 ちまたの人たちは、漢方薬のギンコ・バイロバの薬用効果を、他のどの認知症治療よりも、薬学的であろうとなかろうと、より効果的であると考えているようです。勃起障害から多種の動脈硬化といったその能書きの一覧には目を見はらせられます。認知症に関連した詳細に立ち入って、この興味を引く植物抽出成分を試験する前に、ここにひとつの結論があります。すなわち、ギンコは発症した認知症の治療に一定の役割があるかもしれませんが、認知症の予防のためには、第一に、それを支持する満足な実証はありません。また、たとえギンコが漢方薬であり、 「補助的」 あるいは 「代替的」 であったとしても、それが副作用を持ち、従来の薬剤と合わされると望ましくない効果を引き起こしうることは、強調されるべきです。したがって、もし、読者がギンコを試そうとするなら、医師にそれを知らせて確認しましょう。
 薬理学研究が示すところでは、ギンコは人間の脳にいくつかの効果を与えます。第一に、それは脳血管の血流を増加させます。前章で述べたように、血管性とアルツハイマー型認知症の両方での重要な要素に毛細血管レベルでの血流の減少があっただけに、これは興味をそそる点です。第二に、ギンコは、小規模なトラウマの後の脳の内部のはれを抑え、血の固まりの形成を妨げ、そしてそれは抗酸化特性をもっています。そしてさらに、ギンコは (多くの場合のように)、少なくとも、シャーレ皿上では、アミロイドの毒性から脳細胞を守るようです。
 ただ、こうした働きの比較的重要なことは、ギンコが治療に効くらしいことが、どうして起こるのか、よく分からないことです。けれど、効果的であることは確かです。軽度から中度の認知症を持つ患者を対象とした少なくとも三件の臨床試験では、意味のある治療効果を見せています。
 もっとも新しいものでは、小規模ながら堅実な臨床試験が、EGb 761 (ギンコ・バイロバの即効成文) 服用の薬学的効用は現行のもっとも効力のある薬剤と同じであるとの発見をしています。(12)  中度から重度のアルツハイマー型認知症の患者76人に、無作為で、毎日160mgのギンコ抽出成分、あるいはドネペジル(donepezil, アルツハイマー型認知症の治療用に認可された一種の新世代コリンエステラーゼ防止剤)、あるいは偽薬が与えられました。患者も研究者も共に、誰が何を服用しているのを知らず、従って、その結果にはどんなわずかな曇りもおよぼしえないものでした。ほぼ6ヵ月後、研究者は、認知と機能の三つの単純な基準に関し、どんな変化が起こったかを確かめる試験をしました。第一の基準においては、何の違いもおこりませんでした。これは驚くほどのものではなく、現行の最も有効な薬(例えばドネペジル)でも、アルツハイマー型認知症患者の約30パーセントにしか効力を見ず、6ヶ月を越えて有効であることはほとんどありません。他の二つの基準では、偽薬の集団は、ギンコとデネペジルの両方で、障害の軽化が見られ、これはすなわち、両者ともに同じように、中度に有効であるということです。
 こうした発見は、人類の知る最も古い植物の一つの成分であるギンコは、アルツハイマー型認知症の治療に、最新かつ最良で(そしてとても高価な)薬と同じように有効であるということです。強調すべきことは、さらに大規模で国際的な臨床的試験の共同作業が必要ということで、これは現在、進行中です。このありふれた薬草に関して私が発見した最も驚異的なことは、その有効性は現行の第一線の薬剤とほぼ同じでありながら(つまりそれほど高価でない)、その副作用の概要は、患者にとって、はるかに良好ということです。
 コリンエステラーゼ防止剤は、臨床医がアルツハイマー型認知症の治療に多く用いる種類の薬剤(ドネペジルはその一つ)です。上述のように、それらの有効性は中度ですが、それが有効に働く時には、その本人ばかりでなく家族も貴重な時間を得ることができます。しかしその主要な問題は、高い度合いの不快な副作用を伴うことです。臨床試験では、服用者の10から30パーセントの間で生じており、それには、胃腸障害、頭痛、性的不能、口のかわきなどがあります。上記の試験では、例えばドネペジルの場合で、有害な効果が患者の16パーセントで報告されています。ところが、驚くべきことに、ギンコの場合、何らの不快な作用は経験されていません。
 もし、小規模な試験と同じ結果が大規模な試験でも得られ、そして、ギンコが最先端の薬剤と同じように働き、しかも副作用も値段も微々たるものだとしたら、脳の薬学者が何をしようとしているのか理解に苦しむこととなります。ドイツ人が認知症の治療にギンコを長年にわたって使用しているのは、いささかも驚くべきことではありません。
 しかし、ギンコを認知症予防に用いることの疑問については、ほんのわずかなデータしかなく、最新の試験の報告では、極めて否定的です。米国オレゴンの、ヒロコ・ドッジ博士とそのチームは、85歳以上の認知症経験のない118人を、ギンコの高い服用(240mg/日)集団と、偽薬集団に分け、3年間にわたり追跡調査を行いました。(13) その結果、21人が認知症を発症し、そして重要なことは、両方の集団の間には、その認知症の発生率に何らの有意な差は無かったことです。さらに、困惑する注目点として、ギンコを服用した7人に脳卒中が発生した一方、偽薬の集団にはそれがゼロだったことがあります。それは、ギンコによって促進された血流は、出血しやすくするとの弊害をもたらしたからではないかと考えられます。
 ともあれ、これをもって結論をくだすには、その試験対象数が余りに少数です。ドッジ博士は、記者会見で以下のように述べています。
 現在のところ、ギンコ・バイロバを服用することが、認知症の予防に何らかの効用を持つかどうかの実証はなく、さらに、健康である高齢者に安全であるのかどうか、それは充分に明瞭ではありません。

 
毎日、魚を食べることで認知症を追放できるか
 私はベジタリアンですが、シーフード好み家族の出身で (父は、チリのシーフード首都ヴァルパライソの出で、シーフード・バーベキューの大家です)、海産物も好きです。私はまた、健康体を好み、ほどほどに飲酒し、喫煙はしたことがなく、高血圧でもありません。
 こうした私ごとを表すのは、重要なことを例示したいがためです。すなわち、私たちの生き方や生活習慣は、それだけが孤立してあるわけではないことです。最近の発見では、サケ、マグロ、イワシ、タラといった脂肪分に富む魚を週に二回以上食べる人は、それをまれにしか食べない人より、アルツハイマー型認知症の発生率をほぼ半減させる可能性があります。こうした結論は、初め認知症をもっていなかった人を何年かにわたって追跡した、幾つかの大規模な疫学的研究で反復確認されていることで、また、そうした研究は、何がその発症に結びつくのかを予想して、その要素を特定しようとしています。
 こうしたタイプの疫学的研究は極めて重要なのですが、「魚食が認知症の危険因子を減らす」 との結論を下す前に、私たちは三種の追加情報を得る必要があります。
 第一は、それが、合わさって働きあう、運動、心臓疾患、教育などといった他の危険因子からは独立した関係のものかどうかを決定する必要があります。疫学的調査によると、脂っぽい魚を食べることは、他の因子とは独立に、認知症の危険因子の減少に関連していることを示す傾向があります。これは結構なことです。
 第二は、脂っぽい魚を食べることが認知症の危険因子を除去するのはどうしてなのかについての可能な理論とそれを支持する経験的データについてです。その中心的な議論は、脂っぽい魚に含まれる鎖状オメガ3脂肪 (例えば、ドコサヘキサエン酸(DHA)) は、次の三つの効果をもつ可能性があります。(1)抗アミロイド効果で、遺伝的に操作されたネズミにDHAを与え、ベータアミロイドの形成を減少させることが認められる。(2)DHAが脳細胞の外膜の主要部分を形成しているため、神経を直接に防御する効果。(3)抗酸化あるいは炎症沈静の効力。
 それでは、臨床試験での実証はどうなのでしょうか。ここに、魚臭い男が 「脂っぽい魚を食べる」 説にとらえられたエピソードがあります。ある臨床試験が、アルツハイマー病の可能な治療法としてオメガ3サプリメントを試しました。(15) 12ヶ月間の治療では、何の効果もありませんでした。だが、その発見の後、著者らは、臨床アルツハイマー病連続体の最悪の極にある患者たちへのわずかな効果に注目しました。これが、科学界で知られる、 「魚釣り」 、つまり、主要あるいは副次的な結果に期待したものが得られない場合、私たちは、その結果の中から何かが得られないかと見直しを始める場合です。時には、無理やりな発想が大当たりをえることもありますが、多くはただ、特定の実験の当たり外れ的な産物に終わります。ともあれ、私は、この発見に何か手掛かりがあるに違いないと考えました。つまり、オメガ3は、治療目的のものより、予防目的のものとして使えるのではないかということです。ただその時、オメガ3サプリメントを重症のアルツハイマー病の治療に使う効果を試す試験は実施中で、その結果の報告が2009年に出されようとしていました。それまで、脂っぽい魚を食べることとアルツハイマー型認知症の予防との関係は、あくまでも、潜在的に考えられるものに過ぎませんでした。
 しかし、私たちが知ったことは、オメガ3オイルは、なんと、心臓病との格闘に有効でありそうだということでした。疫学的研究、生物学的実験、そして臨床試験はすべて、オメガ3油脂酸サプリメントは、致命的心臓マヒ、非致命的心臓発作、そして非致命的脳卒中といった心臓、脳血管病の発症を抑えることができるということを示しました。(16) この理由のみでも、私は、毎日の栄養に脂っぽい魚を含めることをお薦めします。その上に、私は、まだ正式な臨床試験は経ていませんが、脂っぽい魚を食べることが、脳血管性認知症の予防にも有効かもしれないとにらんでいます。
 ただ、頭に入れておくべきことは、魚を食べることもそうですが、いいことも過剰となってはよくないことです。また残念なことに、私たちの海や漁業の状態をめぐっては、サメ、メカジキ、マカジキなどに、水銀といった重金属の含有レベルがやや増加していそうなことです。オーストラリア・ニュジーランド食品基準が示唆していることは、これらのレベルは、一般人の日常の消費には安全な範囲であるとしています。しかし、小さな子供、妊娠中やその可能性のある女性、幼児への乳母には何らかの制限が必要です。(詳細は、この章末の推薦事項を参照)。オメガ3オイルのその他の食源――生および缶詰のマグロ、サケ、マス、タラ、イワシ――は、オーストラリアでは週3回までは安全です。オメガ3オイルはその他に、クルミ、亜麻の実、菜種油、大豆に含まれています。

 
「フランス産赤ワイン逆説」
 脂っぽい魚を食べることに関してと同じ結論が、赤ワインを飲むことにも適用できそうです。後に触れるように、この種の話には、 「ほどほどの飲酒」 がどう定義されるかの問題も伴い、それに、すべてのアルコールが同じように作られているのかどうかの疑問もあります。
  「フランス産赤ワイン逆説」 の由来は、フランスのボルドー地域の一部を対象とした調査についての疫学的解釈からきています。その調査では、3,777人の非認知症の在宅高齢者に認知試験と飲酒についての回答調査を実施したものです。この基礎データを、酒を飲まない、軽い飲酒(日に1−2回)、中度飲酒(日に3−4度)、そして重度飲酒(日に4度以上)に区分けしました。誰もが予想するように、ワインはこの年齢層のフランス国民にとっては、広範にのまれる酒です。そしてこの集団は、定期的に10年以上にわたって再調査されました。1997年にこうした調査が発見したものは、三年後段階のものでは、飲まない人に比べ、中度飲酒者は、認知症一般の発症率が20パーセント高く、ことにアルツハイマー型認知症では30パーセント上がっていました。
 このかなり強い疫学的関係は、世界中で実施されたその他の調査でも確認されました。いくつかの調査では、ある国の一人当たりのワイン消費量が、その国の全体の認知症を下げるとの関係に注目jしています。しかし、こうしたメディア好きの発見とは別に、赤ワイン、あるいはワイン一般は、他のアルコールより認知症に対する予防効果があるとの強い実証はありません。イタリアとデンマークでの調査は、ワイン愛好者に有利との結果が出ているものの、オランダで実施された大規模な疫学的調査は、認知症の発症率に関し、ワインを飲まない人とワインを飲む人との間に、違いはないことを発見しています。
 中程度の飲酒の認知症予防についての生物学的分析に視点を移すと、あらゆる一般的な所見が見られます。あるものは、抗酸化効果があるとか、他のものは、心臓血管病の予防効果があるとか、また、他のものは、穏やかな抗炎症作用があると主張します。そのいずれも、生物学的実験で、部分的な実証は得ています。それに、みなが想像可能なように、よちよち歩きの幼児に認知症予防のための穏やかな飲酒の臨床試験を実施するなど、誰も、あえて考えないことです。そうした試験が論外であるように、穏やかな飲酒と認知症の危険の減少との間には、ただ、潜在的な関係があるとのみ結論すべきでしょう。
 では、何が 「穏やかな」 と言えるのかと厳密な助言をしようとすると、あらゆる類の問題が浮かび上がってきます。ここで私は、ある年配の患者に、いつもどれほどの量の酒を飲んでいますかと訪ねたことを思い出します。その時彼は 「毎晩、グラスに二杯です」と答えました。そこで、 「何を飲むのですか」 と聞くと、 「スコッチ」 ですという。その時、私は、彼の台所の一角に、ジョニーウォーカーの空瓶が山をなしているのに気付きました。そして私は、 「一グラスとはどのくらい大きさですか」 とたずねると、彼は、小さな花瓶ほどのものを指差しました。
 同じような話は、 「穏やかな飲酒」 の意味が、国によって違うということにも見られます。例えば、オーストラリアでは、一日、10から30グラムのアルコールが、通常、 「穏やか」 と考えられてきました。国立健康・医療研究機関 (NH&MRC) は、現在、この定義を下げるような見直しを実施中です。これをイタリアと比べると、そこでは、 「穏やか」 な飲酒とは、一日80グラムまでを指します。それに、私たちは、別のまごつかさせられる要素あがあることに気付かされます。すなわち、飲酒の仕方は、文化と社会のありかたで大きくことなります。地中海やラテン諸国では、食事の際のグラス一、二杯のワインは当たり前で、ゆえに、より高い平均的数値となります。オーストラリアでは、しかしながら、その飲酒の習慣は、不健康な大酒飲みの大騒ぎスタイルをなしています。したがって、医療専門家は、飲酒の推薦には用心深くならざるをえません。というのは、その大酒飲み、過ぎた日常の飲酒、そして酒への依存症などが、心臓、身体、そして脳の健康を破壊する関係を無視できないからです。
 飲酒と認知症の関係がただ潜在的なものだとしても、私は、酒を飲まない人が酒を飲むかどうか (たとえ穏やかにでも) を決定することには、たいへん慎重であるべきだと思います。医師と相談することも考えてください。酒飲みにとって、日常の少ない量の飲酒――イタリア式の――は、平日の禁酒と金曜の夜の一週間分まとめての飲酒よりかは、はるかにいいものです。また、週のうちのほとんどの日で、夕食の際にグラス一、二杯のワインを飲むことは、賢明な道と思えます。この程度の飲酒は、まったく飲まないより、長期的に、穏やかな心臓血管的、脳血管的な健康の促進に潜在的につながるでしょう。しかし、これとて、確実なものとして実証されているものではありません。

 
 病的に甘い脳: 糖尿病と認知症の関係
 全世界での主要な七件の疫学的調査の内の五つで、高齢期の糖尿病が認知症の発病を増加させる関係を発見しています。(17) さらには、それに続く二つの調査は、中年期の糖尿病が、その後20年にわたり、認知症を発病する危険を増すことを発見しています。2型糖尿病と認知症の関係は、比較的新しいものでありながら、(a)それがなぜそうした関係にあるのか、そして (b)より良い糖尿病の治療と予防によって認知症を防ぐことができるかも知れないという期待を抱かせることから、その分野の人々の関心を呼び起こしています。
 この謎解きの最初でもっとも有力な手掛かりは、不思議な呼称、メタボリック X 症候群にあります。また、肥満、インスリン抵抗性、コレステロール障害、そして高血圧といった中年層に増加している異状群をさす用語として、インスリン抵抗性症候群ともよばれています。その多くの場合、本人自体もさほど心配しない、それぞれの分野の軽程度の異状として認識されますが、それらが合わさると、心臓血管病の危険因子を増加させます。こうした異状性の合併は、 MAS――middle-age sprawl (中年のぶざまさ)――と、いかにも手厳しく呼ばれ、ことに一般的な現象となっています。身体と生命の両方が文字通りの危険にさらされるそうした脅威すべき障害は、それを背負い込んでしまった人にとっては、笑い事どころではありません。
 メタボリック X 症候群の要点は、糖尿病をもった高齢者は、肥満、高血圧、そして高コレステロールといった他分野の障害も、ほぼ間違いなく併せ持つということです。したがって、糖尿病と認知症の関連性が、広く一般的に心臓血管病の危険因子の増加によるのか、あるいはもっと特定的にインスリン抵抗性のそれによるのかどうかを決定するのはたいへん難しいことです。
 だが実際面では、糖尿病と血管性認知症の関連は、糖尿病とアルツハイマー型認知症の関連より、より広く確信されるものとなっています。他の血管性因子の有無を統計的に除去した人口調査の報告によると、血管性認知症の危険因子を試験した5件の全ての調査は、その 〔糖尿病と血管性認知症の〕 関連を確認しています。また、その5件の調査のうちの2つのみがアルツハイマー型認知症との関連を発見しています。糖尿病を持つことは、脳卒中と脳血管病の発病率を高め、ゆえに、血管性認知症の発症率を高める可能性があるということです。
 ただ、アルツハイマー型認知症との関連は見落とされるべきではなく、それは、(前章で述べたように)、アルツハイマー認知症と血管性認知症の区別がしだいにぼやけてきているからです。糖尿病者の脳内の血糖の増加は、 「加齢を加速」 すると表現される働きを通して、一般的に脳細胞には有害です。この働きには酸化作用ストレスが含まれ、微小血管病になりやすくさせます。よって、毛細管血栓、虚血、微細出血といったより重症な微小血管病は、前章で触れたように、アルツハイマー病のアミロイド経路において生じることとなります。
 もう一つの仮説は、糖尿病患者の脳内の高いインスリンレベルは、本来、それを除去する主要蛋白――インスリン抑制酵素 (Insulin Degrading Enzyme)――の働きを妨げたり、破壊すらしたりするのではないかというものです。したがって、インスリン抑制酵素がまた、アルツハイマー病に伴ったアミロイド垢を分解する役目をもつ主要酵素の一つであったとしても、偶然のことではないでしょう。アルツハイマー認知症で亡くなった患者は、その海馬――脳の主に記憶をつかさどる部位でアルツハイマー病でもっとも影響をうける――のインスリン抑制酵素レベルが著しく低減していました。そして、人のアミロイド蛋白質を現すよう遺伝操作されたネズミでも、 「糖尿病食事」 を与えられた時には症状を高進し、逆に糖尿病薬を投与された時には、記憶試験や神経病理学上の改善を見せました。
 したがって、糖尿病のいくつかの特性は、血管性あるいはアミロイド関連のメカニズムを通して、認知症を促進させる可能性があると規定しうる根拠となりそうです。ある臨床的試験は、アルツハイマー型認知症患者の精神的能力が、ロシグリタゾン(rosiglitazone) という糖尿病薬を服用した後に回復したことを発見しています。現在、製薬会社により、この広く用いられている薬剤がアルツハイマー型認知症の回復に役立つかどうか、少なくとも6件の臨床試験が実施されています。その結果は、この先数年で出される見込みです。しかし私は、血管型認知症についても、これと同様な試験が計画されているかどうかは存じていません。
 興味深いことに、これまでに完了した小規模な臨床試験は、APOE4遺伝子に陰性の患者のみに効果をしめしたことです。APOEとは、脳細胞のコレステロール代謝を規定する遺伝子のことです。私たちは、これが、アルツハイマー型認知症とコレステロールとの関連ばかりでなく、糖尿病、オメガ3魚脂、心臓血管病、そしてさらには精神活動との関連についても、その手掛かりとなるのではないかと、いつかこれがどのように働くのかを解明したいと望んでいます。


 教訓 その2 多くの魚と程よい飲酒というバランスのとれた地中海式食生活は、ほどんど間違いなく、心臓血管病の発症率を引き下げます。また、血管性およびアルツハイマー型認知症の発症率を引き下げる可能性をもっています。

 推薦事項 その2 脂肪分の多い魚を食事に含ませる地中海式生活を取り入れ、もし、飲酒が必要なら、程よい日常的飲酒にする

  どうすればよいのか


 教訓 その3 糖尿病には、認知症に関連する強い可能性がある。

 推薦事項 その3 なによりも第一に、糖尿病にかからないようにする。

  どうすればよいのか

 
もし、すでに糖尿病にかかっている場合は?
 上に紹介した健康なことをすべて行うことを維持し、かつ、開業医か専門医と相談の上、血糖値を適正にする目的を維持する必要があります。そうするためには、定期的な健康診断が必要です。




焦点――健康な脳の食事計画


 健康な脳のための食事の原則は単純です。
 1.たくさんの野菜、シリアル、果物に、高い抗酸化物に向けた選択。
 2.週を通じた、豊富な魚と海産物。
 3.一日おきの毎夕食時のワインと、一日を通じてのたくさんの水。
 4.低脂肪の乳製品を通じた高いカルシウム。
 5.低脂肪、望ましくは、過飽和脂肪の一価不飽和脂肪の各種。
 しかし、どんな食事計画も、もしそれがそれに対応した運動でバランスされていないほど過大なエネルギーの摂取がなされるものであるなら、それは不健康なものとなります。それが、体重を増やしすぎ、それが認知症へと関連つけさせます。そこで私は、この計画には、低から中のカロリー摂取を考慮した一連の各日計画を入れています。そして計画の最後には、その週のおいしく栄養価の高い食品を燃やし尽くすには、どれほどの運動が必要であるかの表も付けてあります。
 この食事計画は、一例にすぎません。それはおもに、奨励することが目的です。いろいろを組合わせ、自分のアイデアを加え、また、二日にわたって使うには、その二倍を作るなどしてください。健康な脳のために、自分自身の食事計画を楽しんで作ってください。

 
サンプル・メニュー 

 月曜
 火曜  水曜  木曜
 金曜
 土曜  日曜  どれだけのカロリーが必要か
 この章の先で述べたように、毎日の取得カロリー数を決定するよい方法は、オンラインの計算機を使うことです。年齢、性別、身長、体重――もちろん、活動の程度――など、多くの要素が関係します。下記の表は、同じBMIを持つ人の、男女別、年齢別、活動スタイル別の、一日の必要カロリー数です。
 歳をとるにつれて、必要カロリー数がわずかづつ減っていることに注目してください。しかし、これも、活動スタイルで大きく変わります。
 上記の 「健康な脳の食事計画」 の一週間合計は14,179カロリーで、一日当りは、平均で2,024カロリーとなります。
 下の表を参考に、読者が毎日、どれだけのカロリーを燃やしているのか、比較してみてください。

年齢 不活発 活発
  男
 175cm、75kg 30 2,100 カロリー 2,550 カロリー
BMI=24.5 60 1,900 カロリー 2,250 カロリー
  
165cm、67kg 30 1,750 カロリー 2,100 カロリー
BMI=24.6 60 1,600 カロリー 1,900 カロリー


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