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 私共和国 第36回


頭の“メタボ”



 最近の日本で盛んに問題とされていることに、メタボリズム症候群、いわゆる 「メタボ」 があります。
 私はそれを、海外から遠望しているだけで、実情の詳細はつかんでいないのですが、私の理解の限りでは、内臓脂肪による肥満に関連した病気の、ことにその予防のためのいろんな奨励事項のこと――ことに腹回りの数値――を 「メタボ」 と称しているようです。また、これも私の認識不足かも知れませんが、日本のその 「メタボ」 活動の主眼は、あくまでも首から下の、身体部分の健康増進をねらいとしたものであるようです。
 そこでなのですが、この<私共和国>での訳読、 「ボケずに生きる」 は、前回、 コレステロールについてでした。
 それを訳読していて気付いたのですが、遅まきながら、メタボリズムとは新陳代謝の意と知りました。そして、日本でのいわゆる 「メタボ」 は、腹回り値の大小が特にターゲットとされているように、コレステロールの新陳代謝不足の結果としての腹回りの太さ、つまり、内臓脂肪の蓄積による肥満を問題としたものなんだな、と、さとりました。

 ところで、当初、この訳読を始めるにあたって、私はこの原著が、もう少し平易な一般向けかと思ってスタートしたのですが、いやいや、この本はなかなか手ごわい一物で、私には、ほとんど “専門書” です。
 最初の一、二章はともあれ、前回の第5章ともなれば、もう、ちょっとついて行けない医学的詳細や迷路が頻出し、しかもその稚拙な 「訳読」 を読まされる方にしてみれば、もう消化不良気味で、うんざりなのではないかとも推察します。
 白状しますと、そういう訳読を始めてしまった私としては、そうした “うんざり部” の一つひとつとも付き合わねばなりません。そうした “小” 軍奮闘から感じたことですが、薬剤開発の世界とは、ずいぶん当てずっぽうな方法論に立っているんなんだと痛感させられ、それを地下資源ブームに沸くここオーストラリアにちなめて言えば、あたかも、人体という自然の宝庫をまさぐる薬学的 “山師” による物量作戦ともたとえたくなります。
 ともあれ、そうした作戦の成果の寄与も受け取りながら、医学は確かに進歩しており、この第5章で触れられていることは、コレステロールの新陳代謝不足による肥満の解消は、首から下の身体の健康を増進させるばかりでなく、首から上、つまり、脳の健康増進にも役立つということです。
 ただ、著者の主眼はあくまでも 《認知症予防》 にあり、しかも、現役の医師として、ビジネスとしての予防医学という観点も含めれば、薬剤開発の根拠である薬理学上の立証やら、それを支える病理学的因果関係の議論への言及も必要であったのでしょう。かくして私たち読者は、著者らには常識であるそうした研究探索のジャングルへ引きずり込まれるということになります。
 しかし、一介の市井人である私たちにしてみれば、病気をわずらう以前の自分の健康維持の目的に、ことさらな薬の服用は不必要であり、せいぜい、予防知識として、病理学的な因果関係や疫学的な関係を心得ておけば充分です。むしろ、私たちとすれば、日常欠かせない食物や生活内容として、予防にいいものと悪いもの、といった知識こそ必須のものと言えます。
 そういう真の健康増進という意味で、腹の贅肉を落とすメタボ活動を、首から下の身体の健康増進のためと心得るのはむしろ片手落ちで、首から上の頭の健康増進も大いに射程にいれるべきです。
 ひっくり返して言えば、ぶよぶよの腹をしていることとは、脳もぶよぶよである可能性も大いに高いと言えそうです。

 そういう訳読なのですが、今回は、その “うんざり気味” がさらに進んで、医学界の最先端の問題らしい、 「ホモシスティン」 にまで踏み込んでいます。そういう次第で、訳者として、今回の第6章は、一般読者には 「飛ばしてもいいですよ」 と、容赦を与えたい部分となっています。
 ところが、そこに重要な但し書きを付けたいのですが、その第6章の末に、 「焦点」 として、認知症患者を家族にもつ当事者への助言があげられています。この部分は、ことにこの訳読を自分のこととして読まれている方には、ちょっと飛ばしてなぞしてゆけない、身につまされるくだりかと思われます。他はともあれ、是非ここだけはお読みください。

 それでは、 「ボケずに生きる」 の今回の第6章へは、こちらから、どうぞ。

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