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私共和国《訳読》― 第6回


“ボケ”ずに生きる

どうすれば脳の健康を保ち、認知症を予防できるか


第6章
ホモシステイン:新たなコレステロール?



 
 ホモシスティンとは何か
 1900年代の始めまで、悪性貧血と呼ばれる病状によって、毎年、何千もの人が惨めな死に方をしていました。その患者は、顕微鏡の下で巨大化した赤血球が確認され、体重を失い、神経障害や精神錯乱を発症し、最後には死亡しました。1926年、ウィップル、ミノー、マーフィー (Whipple, Minot, Murphy) の三博士は、生の肝臓を食べることで、その病気が完治することを発見しました。ウィップル博士は、自分の犬に実験的に出血させて貧血状態にし、その病状が肝臓を多く含んだ数回の餌の直後に改善することに注目しました。その三博士は、その有用な発見によって、ノーベル医学賞を得ました。
 それから20年後、米国と英国の研究者は、肝臓の中のその治癒成分、ビタミンB12 (コバラミン) の分離に成功しました。1955年、英国の化学者、ドロシー・クロウフット・ホッジキン(Dorothy Crowfoot Hodgkin) は、B12の完全な化学構造を発見し、その大量生産と、世界の悪性貧血の治療を可能としました。彼女の業績には、ノーベル化学賞が与えられました。
 同じころ、病理学者のルーシー・ウィリス(Lucy Willis) は、インドで働いており、イースト菌からの抽出物と緑の葉野菜が悪性貧血を含む巨赤芽球性貧血を回復させることを発見しました。1930年、緑の葉からの抽出成分を特定し、それを葉酸と名づけました。
 こうした二つの偉大な発見は、その後の30年間に合体され、私たちの身体がどのように基幹アミノ酸であるメチオニン――事実上、あらゆる蛋白質の必須構成体――を産生するかについての理解を明らかにしました。単純化して言えば、葉酸とビタミンB12は、二つの複雑な生化学経路――その産物にメチオニンやホモシスティンなどがある――には欠かせない成分です。こうした解明は、きわめてまれな遺伝的異常――葉酸とメチオニンの生化学経路に特定して関わる――をもった新生児についての臨床報告を中心にして得られたものでした。血液中や、尿中にさえも検出される、高濃度のホモシスティンを持った不幸な子供は、知恵遅れとなるばかりでなく、早く死んでしまいます。死後解剖は、その心臓大動脈にコレステロール血栓があり、またその脳のいたるところに血栓――通常、70歳以上の老人の脳に見られるような変化――が発見されました。
 葉酸やビタミンB12の代謝に関連した幾つかの遺伝上の異常が、すべて共通した経路――ホモシスティンと心臓病の増加――関連していることから、病理学者のキルマー・マッカリー (Kilmer McCully) は、1969年、ホモシスティンの軽度から中度の高まりが、その病理はどうであれ、人を血管病発症へと導くと提唱しました。また、動物研究では、ホモシスティンの餌か注射による投与は、実際に、重度の血管疾患を増加させることが結果的に確かめられました。
 今日、心臓専門医の間で、高まったホモシスティンは心臓病の危険因子である、との見解が増加 (ただし誰でもではなく) しています(21)。 しかし、それが、なぜ、どのように生じるかについては、明らかという地点からは遥かに遠い所にいます。ある人は、ホモシスティンが私たちの血小板が粘性の固まりに変質する傾向を強めるとか、他の人は、ホモシスティン自身が本質的に酸化物質 (第4章の酸化物質と抗酸化物質についての説明を参照) であるのではないかと見ています。
 これまでの章からも想像できるように、心臓に悪いようなことは、脳にとっても悪いことです。それがホモシスティンの場合、同じように言えるのでしょうか。


高血漿ホモシスティンと脳疾患
 高血漿ホモシスティンと心臓病との関係は、それと脳血管病、ことに脳卒中との関係でも同様に見られます。米国で実施された大規模で影響力のあるフラミングトン研究は、ほぼ2千人の健康な高齢者を対象とし、どの要素が脳卒中を引き起こす独立した因子であるかを分析しました(22)。それによると、高いホモシスティン値をもっている人は、その後10年の追跡調査期間中に心臓マヒをおこす危険は、低いホモシスティン値をもつ人の1.8倍でした。
 健康人のうちで高ホモシスティンを持つ人はまた、脳の白質部の病気を発症する頻度や重篤度の増加、ことにアルツハイマー病の記憶 〔消失〕 に関して知られる、海馬の収縮をはじめとする、脳全体の収縮にいっそう関連しています。シドニーの神経精神医学研究所の所長、パーミンダー・シャクデフ (Perminder Sachdev) 教授は、高ホモシスティンと脳収縮との関係をその当初から注目して研究してきたチーム (私もその研究の一介の助手でした) の一員です(23)こうした発見は、その他の同様な研究とともに、ホモシスティンは認知症の発症にも何らかの関与をしているのではないか、とする研究に着手する契機となりました。

 その他に認知症との関係は?
 もし、高ホモシスティン値が心臓病をおこしたり、脳卒中や脳収縮をもたらす危険を増加させるとするなら、それは、認知症を発症する危険をも増加させるのでしょうか。こうした疑問に関して、その答えは明瞭ではありません。上記の大規模フラミングトン研究では、高ホモシスティン値が最も高い上位25パーセントは、8年の追跡期間中に認知症になる危険は2倍でした。少なくとも他の二つの長期追跡調査(24)が同様な結果を繰り返して示しているのですが、しかし、ワシントン・ハイツ・コロンビア・エイジング・プロジェクト――大規模で注目された長期追跡研究――は、同様な関係を発見できませんでした。
 興味深いことは、認知症患者のうち、高血漿ホモシスティン値がその認知能力の劣化と対応していることです(25)。通常、認知症患者は、比較可能な非認知症者に比べ、ことに高いホモシスティン値を持っていることを典型としています。
 さらに新しい研究は、ホモシスティンと認知能力との関係を、健常な高齢者へと拡大する結果となりました。ひとつの研究は、上位25パーセントの高ホモシスティン値をもつ人は、低ホモシスティン値の人にくらべ、その認知能力の差において、4.2年分の高齢化に相当する、との結果をえました。
 生物的研究の立証によると、高ホモシスティンが認知症を引き起こす多くの経路を示しました。ひとつのメカニズムは、脳血管を含む動脈系において血栓を促進させ、適正な血流を妨げ、脳卒中、したがって、血管性認知症を引き起こすというものです。別のメカニズムは、アルツハイマー病についての動物実験で、高ホモシスティン食ベータアミロイドの産生を増加させたというものです。この結果は、ホモシスティンがアルツハイマー病発症の火付け役になるのではないか、との見方を生み出しています。
 また、アルツハイマー病の遺伝子操作を受けた動物のアミロイド産生を増加させる化学物質がつぎつぎと見出されています。それらが特に病的蛋白質を排出するようつくられている事実は、研究者が行うどんな操作にも敏感に反応することを意味しています。ただ現在のところ、アルツハイマーの動物型実験は動物一般を扱った結果ではなく、まして人間の臨床試験でどう働くかを予想する際には限界がある、という結論を導いている程度です。
 もうひとつの問題は、高ホモシスティン値は、認知症やアルツハイマー病に特定される現象ではないことです。一連の高齢の精神疾患患者において、ビタミンB12や葉酸の不足は、違った診断を受けている多くの患者にも観察されます。したがって、認知症をもった人は、ただ適正な食事が与えられていないだけでなく、葉酸やB12の不足にもおちいり、高ホモシスティン血症 (血液中の高いホモシスティン) に至っているのではないか、と考えられることです。ここでも、得られるデータは一貫していません。
 幾つかの研究では、増加したホモシスティンは全般的な栄養不足の中で生じ、他の研究では、まったく反対な状態を示しています。ビタミンB12と葉酸の栄養素の摂取はまた、高齢期には完璧に適切であると提唱される一方、高齢化による萎縮性胃炎(胃の内壁の慢性的炎症)の高い発症率により、そうしたビタミンが正しく吸収されず、これがホモシスティンを増加させるともされます。さらには、増加したホモシスティンは、完璧に正常なB12と葉酸の血液数値をもつ高齢者においても記録されており、ホモシスティンを下げることが私たちの脳の健康を向上させるのかどうか、との根本的な疑問を残すものとなっています。この疑問に答えるために、私たちはホモシスティンを下げることを試みた臨床試験の結果を見る必要があります。

 B12および葉酸の臨床試験
 高いホモシスティン値は、ただB12と葉酸をたくさん食べることで、容易かつ驚くように低下させることができます。中度のB12と葉酸の増加によって、たとえ最初はそうしたビタミン値が通常レベルでも、血漿ホモシスティン値を顕著に下げることができます。ということは、高ホモシスティンを下げるB12と葉酸の臨床試験は、血管疾患、脳卒中、そして認知症を減少させる結果となるのでしょうか。
 この質問は、ホモシスティンとその認知症との関連についての問題に言及する、最新でもっとも意欲的試み(常に注目しつづけるべき問題)です。鶏が先か卵がさきか。原因なのか結果なのか。ホモシスティンは、事前に正すことで病気の予防となるような、認知症に終わるプロセスの一部なのか。それは事実上、 「この人の脳は攻撃を受けています」 と告げる、危険信号なのか。〔こうした問いは〕第4章で酸化ストレスと認知症の関係について論じた時に生じたこと――危険因子なのか危険信号なのか――と同じ状況を思いだすことでしょう。こうした状況がいつ生じようとも、その判断は、臨床試験によって下される必要があります。
 全体として、 〔そうした臨床試験の〕 結果はかんばしくありません。抗酸化物の場合のように、あるいは、コレステロール降下スタチンの場合ように、認知症との疫学的および生物学的関係は、今後の有望性はありながら、治療的には手詰まり状態となっています。
 ではここで、立証関係を四つのグループ別に見てみましょう。

 1.心臓病の予防
 ホモシスティンは、第一に、心臓病の増加に関連しており、葉酸とB12を用いた治療は、全く無効ではないはずで、この分野では効果的であるはずです。しかし、すべての臨床試験の最近の重要な組織立った見直しは、葉酸とB12のサプリメントを始めることが心臓病の発症率に科学的に有意な効果を与えることには成功していません。(26)
 
 2.脳卒中の予防
 5件の主要な臨床試験(それぞれが千人以上の対象をもつ)は、B12/葉酸サプリメントを用いてホモシスティンの下降を試したのですが、それが新たな脳卒中の発症を起こすかどうかを調べました。5件のうち4件は何の影響もなく、1件が軽度な影響を見ました。全体的に、結果が示唆していることは、ホモシスティンを下げることは、脳卒中の危険への有意な影響を与えるということでは、可能性はないというものでした。

 3.認知症の治療
 数件の小規模な試験が、認知症をもつ患者にB12/葉酸サプリメントを用いて有効かどうかを見ました。その結果は、異なった研究のすべての結果を数学的に結合させる方法をもちいた包括的分析が行われました。その結果、何らの総体的効果も発見できませんでした。(27)
 
 4.認知症の予防:進行中の試験
 脳卒中の予防を試験することを第一の目的とした幾つかの大規模な研究は、また、ホモシスティンの低下が認知症の発症を予防することを助けるかどうかをも狙いとしています。そのひとつが、オーストラリアを基盤とした大規模なVITATOPS (Vitamins to prevent stroke) で、他が、米国を基盤としたVISP (Vitamin intervention for stroke prevention) 研究で、これらは認知能力に問題のない人たちを対象に行われ、また、VITACIG (Homocysteine and B vitamins in cognitive impairment) 研究は軽度認知障害をもつ人たちを対象としました。
 それぞれの結果は興味深くかつ入り組んだものでした。多大な努力を注いだVITATOPSは、脳卒中の病歴をもつ8千人以上の人たちが、20以上の国から採用され、ビタミンBサプリメント摂取がホモシスティンの低下に有効かどうかについて調査され、2010年に報告がまとめられました。それによると、心臓発作、心臓マヒ、血管〔病性〕の死の予防には効果がありませんでした。一方、VITACOGは、認知障害をもつ人を対象に、葉酸とビタミンBの両方の効果に焦点をあてたものでした。ひとつの重要な焦点は認知能力で、この観点での結果は否定的――ビタミン・サプリメン摂取は認知能力の悪化率に変化を与えない――でした。しかし、興味深いことは、ある二次的研究が、そうしたビタミン・サプリメントが海馬を萎縮から予防するのかどうかを見るために行った追加した脳スキャン検査でした。このVITACOG試験は、つまりは、一種の “とんち問答” でした。すなわち、葉酸とビタミンBによるホモシスティンの低下は脳の記憶の根幹を萎縮から守る助けとはなりえるが、認知能力に効果をあたえるようではない、というものです。これに与えうる一説明は、おそらく、多量のビタミン服用は認識障害予防に必要であるか、もしくは、ビタミンは長い期間の課程の早い時期に摂取される必要がある、というものです。(28) ビタミンBと葉酸の比較的な重要性は明瞭ではありません。明らかに、この分野では、いっそうの調査が必要です。
 結局、ホモシスティンが心臓病、脳卒中、認知症の危険因子として医学会における強い初期的関心となってきたことは、今や、いくらか曇り始めているようです。しかしながら、この本の最初の版が出版 〔2009年〕 されてから、VITACOG研究は、高まったホモシスティンについての私の考えを変えさせてきました。


 教訓 その5 高いホモシスティン値を下げることが認知症や脳卒中の危険を弱める明瞭な証拠はないものの、脳の構造に有益な効果をあたえる可能性はあります。葉酸やビタミンBの栄養的摂取が極めて安全かつ安価であるため、ホモシスティンが異常に高い場合、こうしたビタミンは脳の健康を高める可能性があると考えてもいいでしょう。



焦点――認知症の家族を自宅で介護:
専門家による助言


 このセクションでは、ヘンリー・ブロダティー (Henry Brodaty) 教授――認知症患者の臨床介護の国際的権威――が、認知症患者を家庭で介護したり、その予定である人のために、重要な一連の今日的問題を述べます。

 認知症の人を支える
 認知症の旅は、そう診断されるはるか前から始まっています。そこでは何が予想され、どういう取り組みが必要とされるのかを知ることは、この困難で、時には感情的危険すらをはらんだ旅を、和らげることができます。

 何かが変わった?
 通常、あなたの家族に何か大変なことが起こっていると誰かが気付く以前から、微妙な変化が始まっています。その人の何かが違いだした――おそらく、頑固になってきたとか、苛立ちが増えてきたとか――ように思え、うまくやってゆけないように感じられてきます。その人は言づてを忘れ、事を仕上げられなくなり、言葉をどもり出したり、込み入った事が理解できなくなります。あなたはそれを気にしないでおこうとしますが、その背後に何か不吉なものがあるように思えて、心配を口にするようになります。誰もがアルツハイマー病について語りますが、あなたは心配の余りに神経質にさえさせられます。もし、あなたの心配が止まず、ことに、症状が悪化するとしたら、ひとつの判定――最初は、その患者のかかり付けの医者による――が必要です。
 
 医者に診てもらう
 医師に会って、あなたばかりでなくそのあなたの家族も、その忘れっぽさや、会話の困難や、行動様式の変化について説明する判定をえたいと明瞭に依頼しましょう。(記憶の消失は、必ずしも、認知症の初期症状であるわけではないことに注意しましょう。) あなたの家族であるその患者についての経過を話した後、身体検査を受け、そして、おそらく、血液試験や脳スキャンが準備され、さらにその医者は、記憶障害を専門とする神経科医や精神科医、老人医学専門家、あるいは、記憶障害治療所の専門家に診てもらうことを薦めるでしょう。
 判定を受け取ると、認知症状をもつ人は、その診断が認知症であるのか、それともそうでないのか、を知る権利と、知らないでいる権利を持っています。その医師の技量とは、その患者とその家族の望みと必要に応じた、適切なレベルの情報を提供することです。
 あなたは、どういう診断であるのか、その診断がどれほど確実なのか、どういう援助が得られるのか、そして、見通しや予知について知りたいと求めましょう。その診断について本人に率直であるのが最適ですが、それは慎重にされるべきで、通常、次第しだいに事情を明かし、その人の感情に配慮し、そして最適な時を選ぶべきです。
 診断に応じて、その少々後に取り掛かられるべき、幾つかの実務的な方策には、以下のようなものがあります。
 よく陥るディレンマは、そうした診断結果について、家族や友人に告げるべきなのかどうか、ということです。そこで、他者に知らせることの利益は、さらに広い援助が得られる可能性、問題を隠し続ける重荷からの解放、そして、事態を改善する方策を整える潜在力が増すことなどです。逆に、不利益は、不名誉であることや、人目を避けること、そして、本人が自尊心を失うことなどへの恐れです。だが実際面では、初期の認知症患者に身近な人々の多くが気付くように、何かがうまく行っておらず、日増しに強まる困難への対処法も不明な時に、最上の方法は、開放的であることです。

 アルツハイマー型認知症には、使える薬があります。(第4章で述べた、コリンエステラーゼ防止剤やギンコ・バイロバを参照。)
 一般的な健康は、血圧、コレステロール、血糖の制限、規則的な運動、精神的刺激、そして社会的関わりなどによって左右されます。
  〔認知症のための〕 方策は、認知障害が補填されるような工夫をほどこすことです。たとえば、家庭での有職治療(もし可能なら)、日記の利用、他の物忘れ予防策、日付・曜日付きの時計、そして規則正しい生活習慣の確立、などが役に立ちます。
 診断にともなって、たくさんの情報が得られます。診断内容や管理計画、将来見通しの文書による要約を書いてもらいましょう。そこには、電話の連絡先を入れてもらいます。また、継続した受診が可能かも確認しましょう。
 〔究極的な〕 目標は、あなたの患者を支援する最適の専門家にあなたがなることです。そのために、あなたは、そうした病状について、博識となる必要があります。インターネットを用いて、アルツハイマー・オーストラリア (1-800-100-500,www.alzheimers.org.au) あるいは、他の国ではそれ相当の団体と連絡を取りましょう。(そのリストがアルツハイマー病インターナショナル、www.als.co.uk で得られます)。アルツハイマー・オーストラリアが毎週、朝に提供している、 「記憶消失者と暮らす」 という一週間のコースを、家族の患者といっしょにのぞんでみることは有用です。
 あなたの遠大な目標は、あなたとその患者である家族の双方に、最善の生活条件を作り、維持することです。診断は毎日の生活を変えはしません。アルツハイマー型認知症といったほとんどの認知症に将来予想されることは、何年も費やしての、ゆっくりとした悪化です。短期記憶が消失したからといって、生活を楽しんだり、愛情を交換したり、そして、喜びをえる能力の消失を意味しているわけではありません。

 初期段階
 認知症の人たちには、継続した支援と定期的診察が提供されるべきです。彼らは、その不満を話し、自分の認知能力の後退と取り組む方策について学びたいと望んでいます。同様の問題をかかえた他の人たちと会うことは、それを望まない人もありますが、有意義なものです。そのような人たちによる、そのような人たちのためのウェブサイトが、Dementia Advocacy and Support International による www.dasninternational.org で得られます。
 認知症をもつある人たちは自分の診断を受け入れますが、他の人たちは頑固にをれを拒否します。そうした拒否をその人たちの自己防衛として理解しましょう。つきまとう不安に立ち向かい、家族の強さを信じ、弱点を克服してゆく方策をうち立てようとしてゆくことが最善の道です。もし、〔介護する〕家族の一員に抑うつや不安がある場合、心理専門家がそれを助けてくれます。

 中期段階
 認知症は進行しますので、家族の中の患者はしだいしだいに家族への依存を高めてゆきます。その入り組んだ過程の最初は、お金の管理、医者に連れてゆく、交通機関の使用、買い物、そして食事などです。それが後になると、そうした依存は、衣服の着脱、入浴、用便の激励から実際の支援にまで拡大してゆきます。
 患者の家族が行き着くジレンマは、患者との大人対大人の関係が、同時に世話をする関係になってゆくことです。そうした時、対等な意思疎通を保ってゆくことは重要で、見下したり、親のような態度で話しかけたりしてはなりません。
 行動的および心理的症状は、認知症が進行するにつれてより頻繁となります。それらは例えば、抑うつ、脅かし、攻撃的、盗まれたとか不貞の疑り、妄想、徘徊、絶え間ない質問、そしてあなたの尾行などへとわたります。こうした行動の理由は複雑で、時に、その患者自身に特別なものもあります。こうした症状の背後に何がかくされているのか、それを理解することが重要です。言ってみれば、言葉を捕らえるのではなく、音楽を聴く、ということが肝心です。もし、患者のそうした行動を強いている不安や見えない原因を理解することができるなら、それを助けるのもより容易です。ここにその二つの事例があります。

 後期段階
 あなたの家族が、あなたの行う基礎的介護に、毎日、より多く、また、より長い時間にわたり頼るようになると、あなた以外の他者の助けが必要となってきます。そうした援助は、他の家族や友人、さらには社会福祉関係諸機関から得られ、看護師や老人福祉介護者は、服の着脱、入浴、用便を手伝ったり、患者の相手になってくれたりして、あなたの負担を軽減します。
 介護施設への入所
 あなたの患者は最終的には、介護施設――例えばナーシングホーム――に入ることが可能です。ただ認知障害をもつ人にとって、不慣れな環境に置かれ、家族や友人や親しかったつながりが切られることは、恐ろしい体験とも映りかねません。もし、あなたが家族にそうした入所を準備している場合、入所する前に〔本人とともに〕度々そこを訪れ、また、入所した後も、家族や友人との継続した接触を維持し、さらに、親密さや家庭的な雰囲気をつくるため、思い出の品や写真や個人的な記念品を部屋の中に飾るといったことなどが重要です。
 あなたは、時には、家族に見切りをつけたとの近親者たちの見方によって、より強く自分を責めることになるかも知れません。しかし事実は、あなたの患者は、〔それによって〕、生活の質が向上し、あなた自身も毎日の介護の絶え間のない負担から解放され、その本人との楽しみある関係を作ることすら可能となっているのです。

 あなた自身の支援
 あなたが介護者
 あなたが、その患者の配偶者や子供であるのと同時に、いま、あなたにはその患者の介護者という新たな役割が始まっています。そうした役割を用意してこなかったというのは、あなただけの体験ではありません。それは、突然にというより、忍び寄るようにやってきて、暖められている水の中のカエルのように、次第しだいにそれが、どれほどあなたの人生や人間関係を変えるか、認識を新たにすることとなるのです。

 介護者であることの影響
 介護者であることで、あなたは、うつ病、身体不調、社会的孤立、そして経済的困難といった〔多重の〕心理的苦難にいっそう出会いやすくなります。もし、あなたの健康が身体的にも心理的にもすぐれない場合、もっと大きなストレスにさらされることとなります。もしあなたが高血圧症であったなら、それが悪化します。あなたはその家族にとってもっとも重要な薬であるがゆえに、あなたが自分の身体的、心理的健康の面倒をみることは、決定的に重要なことです。
 もしその家族に行動上の問題があり、その認知症の発症の前から良くない関係にあり、もしあなた自身の心理的健康が壊れやすく、もしあなたが問題を正視しそれと取り組む道を見つけえず、もしあなたがだれの援助も得られず、、もしあなたがなにをすべきかを知らなかった場合、あなたのそのストレスはいっそう増進します。
 あなたにとって重要なことは、診断内容とその対処の仕方について、できるだけたくさんの情報をえることです。本やビデオテープやCDや、ウエブサイトや地元のアルツハイマー病支援団体に当たってみることです。もし必要と感じるなら、医師や社会福祉係員、アルツハイマー病団体のカウンセラーとの定期的相談や診断を求めましょう。先に記した実務的な方策を聞きましょう。おそれずに、他の家族や友人に――最も忙しい人が往々にして最も有能な支援者となりうる――支援に加わるよう求めましょう。
 皮肉なことですが、あなたの家族の症状が悪化すると、その介護の必要は情緒的なものよりいっそう身体的となり、多くの行動的問題もやわらぎ、介護もよりしやすくなります。その一方、常時の監視、常時の “尾行” の必要、そして個人的な息抜きの機会の不足が大きな重荷となってきます。もっと多くの社会的介護、そしてもっと頻繁で長期的な救援入所介護があなたの欠かせない必要となります。
 オーストラリアでは、Aged Care Assesment Teams (ACATs) が認知症の人に、共同体からのどのレベルの支援が得られるかを確かめる審査を行っています。そうした支援には、Community Aged Care Package (CACP) が提供する、週に約6時間のものから、Extended Aged Care in the Home Package (EACH) の毎日約3時間のものがあります。

 介護者であることの積極的意味
 家族に介護をほどこすことには、それぞれの家族によるかなりな違いはありますが、その報いがあります。そのひとつは、あなたが生涯上の相互援助を返礼しえたという充足感です。それは、もし立場が逆であったなら、その家族があなたに同じことをしただろうと自覚することであり、あなたが自分の愛情と世話の最善を尽くしたという満足感であり、そしておそらく、利他主義の意識であり、高い精神性の表現でもあります。
 そこには、苦しみのきわみもありますが、ユーモアの瞬間もあります。認知症は家族に、その病気の影響とたたかうために、家族を結束させる効果をもたらします。認知症患者をもつ多くの人たちは、その病気を通じて、気高い精神をつちかっています。

 介護者と法律
 あなたの家族が能力を失った時、あなたは大きな責任を引き受けることとなり、その法的代理人となります。それは、医師の説明への同意(インフォームドコンセント)を与えることであったり、調査への参加であったり、お金の管理であったり、さまざまの介護内容の手配や同意であったりします。

 まとめ
 家族の 「認知症の旅」 の世話をしそれに同行することは、その病気の全期間を通した新たな挑戦の体験です。知識をもち、準備を整え、そして家族、友人、専門家の支援を求めそれを受けることは、その旅の苦労を少なくします。また、家族に介護を与えることは、積極的な意味ももたらします。

 ウェブサイト
 アルツハイマー・オーストラリア www.alzheimers.org.au
 アルツハイマー病 インターナショナル www.alz.co.uk
 アルツハイマーUK www.alzheimers.org.uk
 Dementia Advocacy and Support Network International (for people with dementia) www.dasninternational.org 

 参考文献
 1. H. Brodaty, A. Green and L-F. Low. Family Careres for People with Dementia, in J. O'braien, D. Ames and A. Burns (eds.), Dementia, 3rd edition (London: Arnold, 2005), pp. 118-31.
 2. H. Brodaty abd K. Berman. Intermention for Family Caregivers of People with Dementia, in R. T. Woods and L. Clare (eds), Handbook of Clinical Psychology of Ageing, 2dn edition (Chchester, UK: John Wiley & Sons, 2008), pp. 549-69.
 3. B. Draper. Dealing with Dementia (Sydney: Allen & Unwin, 2005).

Professor Henry Brodaty, AO
Aged Care Psychiatry
Prince of Wales Hospital & Primary Dementia Collaborative Reserch Centre
School of Psychiatry, University of New South Wales



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