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<連載> ダブル・フィクションとしての天皇 (第48回)
「ドル買い」 という抱き込み工作
私は歴史の専門家ではありませんので、これはあやうい私見ですが、昭和初期の当時の日本の政治体制を――その君主自身は 「御簾の背後」 に隠されていながら、やはり、独特ながらも専制国家体制であったと考えはじめています。つまり、そうした判別しにくい外見を装いつつ、天皇を専制元首とする、王権国家であったと。
(余談を言えば、江戸時代という日本の近代化は、その末期の19世紀半ば、西洋列強との遭遇により、性急な近代化が不可避となり、以来一世紀半にわたる、 “強迫観念化した” 近代化を遂げてきた。それが、近年の西洋の退勢も手伝って、“本来の” 日本の近代化が追求可能な環境ができ始めているのではないか。)
むろん、一世紀近く昔の日本といえども、一億人近い人口をもち、近代産業も大きく成長途上にあった近代国家であったことも事実で、そこに根深い矛盾が潜んでいました。
つまり、アジアで急成長を遂げていた日本とは、明治の 「王政復古」 以来、西欧の列強に対峙して、独自の国家建設に乗り出せるほどでした。そして、その 「復古性」 と 「近代性」 という日本独自の相容れない両性格を克服するためには、何か強力な精神装置が必要でした。それが、天皇家を頂点とする国家家族主義、言い換えれば、そういう神国ファナティシズムでした。
戦後の日本と違い、当時の日本は、ともあれ西欧列強に果敢にいどむ 《独立独歩》 国家でありましたから、当然に、世界のあらゆる情報を独自に収集・分析する部門や機関は必要です。そして、そうした情報機関としてばかりではなく、さらに、内外を謀り操る陰謀実行機関――専制元首の意思の不可視な執行機関――であったのが、前回記した 「特務集団」 や 「特務機関」 でありました。
さて、そうした新旧の要素の入り混じった国家体制でありましたから、その近代部門、つまり、産業セクターの存在は物理力として重要です。いうなれば、近代産業という
「合理的部門」 を、そうした 「神国ファナティズム」 という復古的かつ純朴な装置でくくろうとすると、どうしても無理が生じてきます。
ただそうした無理は、どの国も抱え、その解決にそれぞれの方法を駆使しているのかもしれません。たとえば今日のアメリカを例として見れば、軍事産業を代弁する共和党と金融産業を代弁する民主党という政党、立法議会構成に対し、一種の国民投票で選ばれた大統領を頂点とした国家全体を統治する大統領行政府という、いわゆる民主的合議制のシステムが編み出され、精神装置としての
「強く正しい国」 との国家信念を振りまいてきたわけです。
日本にしてみても、日本なりのシステムが必要だったのは言うまでもありません。
さて、今回から始まる新しい章のタイトルである 「ドル買い」 とは、そういう無理を解決する一法として、近代の重要な一要素、 《マネー》 の力を活用する、言わば、専制王政がビジネス界を買収する実務でありました。
当時は世界恐慌の真っ只中で、欧米諸国も経済には苦闘していました。そこで、金融混乱を収める一方として、金本位という縛りを無くしてやり易くする――それなりの信用は伴うとはせよ通貨をただの紙切れとする――という打開策が試みられました。それを真っ先にしかも抜き打ち的に採用したのが英国で、それをもって英国のポンドは一気に20パーセントもの値下がりとなりました。
そこで、日本の王政の知恵者たちが注目したのが、趨勢をきわめる金本位制からの離脱に伴う貨幣価値の大変動を利用した錬金術と、その巨額の儲けを駆使した、産業界の抱きこみです。すなわち、近代的合理的セクターがゆえ、復古的純朴装置とはなじみにくいそれを、マネーの力をてことして、「神国ファナティズム」 体制に組み込んだことです。
しかも日本の場合、その金本位制離脱による経済の混乱――激しいデフレによる国民生活の荒廃――による国民大衆の憤懣を、上記の陰謀画策組織や集団を通じた操りをもって財閥に向けさせ、近代セクターの口封じと捻じ曲げに成功させました。
そうした暗い出来事がこの訳読のこれからに続々と出てくるはずです。
かくして、付け刃的な曲りなりもの日本の議会制も、政党の腐敗や産業界の体制化の背後に、有名無実となって無力化してゆきます。
言い換えれば、 「ドル買い」 という金融マジックを経て、日本の専制王政は金融独占と結びつき、 「大日本帝国」 という、新旧入り混じる矛盾した体制の一応の解決法を造り出していったと言えるのではないでしょうか。つまり、そういう限りの
“近代的” 専制王政国家としての日本となっていったのでありましょう。
それではいつものように、 「訳読」最新部へお進みください。
(2011年7月22日)
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