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  両方が選べない仕組み


 前回の両生学講座で、 「両方を選ぶ二者択一」 と題し、 「両方を選ぶ」 選択の共通性や意味について論じました。
 その 「両方を選ぶ」 についてですが、はじめから、身も蓋もない話をしてしまえば、この世の中、いちばん肝心なところで、その両方が選べないようになっています。
 まず最初に、非常に生活臭い話をとりあげますと、それは、「食ってゆくためには仕方がない」 と、一方を選ばざるをえない仕組みです。また、前向きに取り組もうとしても、「プロ意識に徹しろ」 と諭される成り行きや、「現実」 と呼ばれる既成事実がもたらす要求です。
 つまるところ、誰しも、よほどの才能か幸運に恵まれない限り、この仕組みからは逃れられません。それゆえ、凡才に生まれついた大多数の不運な人たちは、誰かに雇われる以外に生存維持の道はなく、英語圏社会では 「rat race」 と呼ばれる、不本意でも熾烈な競争に追いやられます。

 先日、上記の講座を読んだ読者から、次のようなメールをいただきました。

〔この〕論文を読んで思ったのは、
二者択一のまな板に乗せるようなことかどうかをあまり考えずに、
一方を切り捨てる風潮(?)が多いのではないかということです。

 その通りで、そういう 「風潮」 はおろか、それを当然視し、強制さえする、そうした枠組みが存在します。

 ここでさらに、もうひとつの引用に触れます。そこには、こうした生活次元つまり平和時とは対極にある、戦争状態におかれた私たち自身の鏡像が描かれていると思われるからです。
 1918年、第一次大戦中のヨーロッパ西部戦線で、25歳で死亡した英国の詩人、ウィルフレッド・オーウェンの、「見知らぬものとの出会い」 と題された作品の終結部です。

 この作者は、自分の死もそう遠くないと予感していたのでしょう、その戦死の少し前に (あるいはその 「殺人」 の少し後に)、地獄をさまよう自分を夢想したこの作品を書き、他の無数の 「友」 といっしょの 「眠り」 につきました。彼は志願兵でしたが、悲惨な戦いの中で、自分の人間的な性質がことごとく失われてゆく体験をし、その末にこの作品を遺しました。(この作品は、テッサ・モーリス=スズキ著の 「記憶と記念の強迫に抗して: 靖国公式参拝問題によせて」、 『世界』 2001年10月号、より引用。)

 私は先に 「紙一重の違い」 と題したエッセイに、私が、実際の戦場いたか、いなかったかは、「紙一重」 ほどの違いでしかない、との思いをつづりました。
 その一方、一見平和な、私たちの日々の生活にあっても、たとえその成分はごくごく微量であろうとも、しかし、くりかえし、くりかえして、自分が誰かを 「殺し」 、あるいは、誰かに自分が 「殺され」 ているとの思いを、 抱かなく過ごせる平穏はありません。
 私は、そうした、二重の 「殺すか殺されるか」 の成分の中で、今日の私たちの生活が営まれている、あるいは、営まされている、と感じています。

 そうした已む無い 「風潮」 や 「仕組み」 にあって、それでも、 「両方を選ぶ」 選択をする場合、その報いは、生存は許容されようとも、事を成さずに、終るかもしれない人生です。いや、あえて言えば、事を成さないという事を成す人生です。そしてさらに言えば、事を成すことの害毒を望まず、人に、社会に、自然に配慮した生き方を志した成果としての、そういう報酬です。
 私はこの、非選択な選択、非凡な平凡さに、負け惜しみとか勝ち誇りとかとは根本的に次元を異にする、穏やかで豊かな人間性を見出したいと思うとともに、そうした価値観に、あえて言うなら、再度、注目を与えたいと思います。そういうセンスが、かってはひそかにでも身に付けられていたと思うからです。

  “武器” を身に付けてしまってからではもう遅い。
 
 (松崎 元、2007年9月9日)

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