第3章 事は「とびとび」に移り変わる

前章では、「二重の『二重性』」とのタイトルの下、物理学での「波か粒子か」をめぐる議論が「新旧」のそれを生んだとの物理学面での「二重性」を片方に、そして、ことに顕著に私たちの《労働》に起因する私たち自身の「二重性」を他方に、ふたつの世界の「二重性」を見てきました。そして、両「二重性」にまたがるさらに大きな思想的特徴として、物事の核心を「一事」に絞り込む従来の“単線的発想”傾向が、時代を経る中で次第に、いわば“複線的発想”とも言うべき、「相反する特性を双方ともに受け入れる」傾向へと移り変り、そうした変化に合わせ、そのような特定しにくさを扱うために「確率」という考え方が浸透してきていると指摘しました。

こうした「二重の二重性」という視点と認識を本「新学問」のまず第一の要点にすえ、続いて本章では、それに加えて、事実が「とびとび」に変化する現象を考察してゆきます。

 

ではまずはじめに、前章にならって、三つの比較リストからこの項目を抽出して、以下に列記してみます。

 

《古典力学の場合》

1.自然における変化は連続量である。

 

《量子力学の場合》

1.(量子は)とびとびの値をとる。

 

《新学問の場合》

1.人間の意識は「とびとび」に発展する。

 

ここで注目されるのは、事の新旧に関連し、「連続的」か「とびとび」かということです。

 

社会は「とびとび」に変化する

恐縮ながら、まず、私事に関する事例から話を始めます。

私の家系は、おおむね祖父の世代あたりから、土地との絆を断った、つまり農業生産から離れた、いわゆる金銭収入生活者になって行ったようです。そして、父方は職業軍人としての給与に、母方は建築請負人としての事業収入に、それぞれ頼って生活してきました。

そうして私が生まれ育った家庭は、戦後の核家族時代のはしりといってもよいもので、父親が戦争から生還して、出征前に勤め始めていた企業に復帰し、戦後の復興と共にその化学繊維企業が順調に成長する中で築かれた家庭でした。それは、戦後日本の急成長経済を象徴したといってよい、浮上拡大の勢いにのったサラリーマン核家族で、今日、世界の新興国に大規模に見られる、新中産階級の発生と成長の日本版のひとつでした。

ただし、こうした企業勤務者の宿命でもある転勤は、私たち家族に少なからぬ足跡を残しました。ほぼ三、四年ごとに繰り返される主要都市間の転勤にともなう引越しは、両親にとっては栄転や新生活を意味したようですが、私など子供たちにとってそれは、その度ごとに周囲の環境の急変する、いわば世界の「リセット」でありました。つまり、子供たちは、そうした変化についてゆく――すなわち「淘汰」されない――環境適応能力を、そうした体験によって鍛えられていたわけでした。

ただ、こうした自身にまつわる特徴を客観的に認識できるようになったのは、後年になって相当の社会経験をもってからのことでした。それまでは、他者との違いを感じはするものの、それがどういう意味のものかまでには至っていませんでした。

それが、ある縁があって新潟の代々の米作農家の次女と結婚し、自分の生きてきた世界と彼女のそれとの間に、単なる個人差を越える社会構造的な違いのあることに目覚めたわけでした。つまりそれは、自分の生存に、片や土地や自然とのつながりもつ者と、他方、人為的な事業やその合理性追求にさらされる者との間の差でありました。

例えば、いわゆる金持ちと貧乏人との違いは、経済的な数量上の差によるもので連続的な違いの累積の産物と言ってよいでしょう。しかし、この土地や自然とのつながりと人為的ビジネスとの間の違いは、それは質的なもので、たとえば収入という量的なものが変化すればその違いを克服できるといったものではありません。

言うまでもなく、農家に育った彼女の家族に「転勤」体験も、引越しによる「世界のリセット」体験もありません(厳密には、彼女が就職し東京に出てくるまで)。私的体験ながら、私は、土地とのつながりに根差す生活と、給与に根差す生活という二つの異質世界の存在を、そのようにして身を以て認識したわけでした。

つまり、こうした私的実例を一般化すると、ここには、農業という社会の第一次産業と、請負業とかサラリーマンとかという第二次あるいは第三次産業による違いのもたらす、一家族生活への反映の違いが見られるわけです。

さらにそこには、そうした生産方式の違いによる、その生活の移動性の違い、あるいは、そうした変化をもたらす設定要因(片や農業上の大自然の作用、片やビジネス上の人為的必要)の違いが決定的に作用しているわけです。

また、個人のパーソナリティの面でも、私は彼女のもつ、軽率に一見すれば鈍重とも見えかねない、粘り強くどこか腹の座ったところや責任感の深さなどに対し、飽きっぽく新し物好きで、変化を好みその適応にも器用な私という、そういう両者を比較しつつ、そこに実在する違いが、単なる個人差だけでは片づけられないものを見出していました(こうした私的経緯の詳細については、私の半自伝『相互邂逅』、第一部第二部第三部を参照)

そういう私と彼女がオーストラリアに移り住むようになって、私は、上記のような日本国内で体験された差異がこの地では、たとえば(やや極端な例の採用であることは承知の上で言えば)、片や、世界から移民してきたオーストラリア人の国民性と私の特性、そして、オーストラリアのアボリジニーと彼女の特性に、それぞれ対となった一種の同類性を発見できます。つまり、この二つの対の組合せ間の違いは、土地とのつがなりの差や、移動や移住体験の有無に根差していそうなのです。

ところで、確かに世界や歴史においては、土地との結びつきを断ち移動性を増す方向が、いずれの国でも体験されてきている近代化の道筋です。そうした量的変化に関し、たとえば、上記の金持ちと貧乏人の例の如く、その変化は、ある条件内に限った変化においては連続的で、元に戻すことも可能です。しかし、そうした量的変化を起こす仕組みが変わり、その根本の原理にふれるような事態が生じる時、そうした量的変化は質的変化に転じます。そして、そうした質的変化は、往々にして、連続的なものではなくなり、不可逆的かつ画期的な変化をもたらします。

少なくとも、事の変遷を数年単位でなく、数十年単位で観測すると、たとえ身辺においても、そうした次元が視界に入ってきます。

私は、ここにあげたような、私的でありながらも、歴史的な質的変化の実例を、「とびとび」の変化のひとつとして採り上げます。

またそうした変化は、世界を無数におおう変化、たとえば自然の変化のように、一面、連続的で循環的な変化の中に混じって発生してきます。加えて、こうした自然の変化は、可逆的でもあり、ある意味で、軽度で滑らかで、しかも優美なものでもあるのですが、「とびとび」の変化は、時に苦痛を伴う激変として姿を現します。

世界に発生する変化には、こうした連続的で循環的な境界を越える質的で「とびとび」なものが、頻繁にではないにせよ、しかしより決定的なものとして発生しています。ちなみに、上記の彼女は、そうした土着の育ちから離陸し、今ではオーストラリアに定住しているという、一身で二世を生きるような一生を送っているわけです。そのような質的変化は、社会的にも、歴史的にも、また自然界においても生じています。そして、そうした変化こそが、時代の画期的違いをもたらす基盤的動因となっています。

つまり私たちは、連続的変化のみならず、むしろ、その影響度の深さという意味では、「とびとび」の変化に注目し、それこそが、世界を画期的に変える契機となっていることに慎重に留意する必要があります。

また、個人の生き方という面では、自然の円滑な変化の美を堪能する一方で、「とびとび」の変化という根こそぎの変化に適応し抜く能力も兼ね備えねばなりません。となればこれは、前章で述べた「二重性」のさらに規模の大きなバージョンを想起させます。

すなわち、その変化にさらされる側の立場から言えば、そういう環境変化への適応能力が生存の問題として、決定的に問われてくるというわけです。 

こうした質を伴う規模の変化は、物理学上の「新旧」の世界の変化にも並ぶ、私たちの生活基盤に連なる根本的変化であります。またそればかりか、それくらいの深度の変化であるがゆえに、ことに、到来する“新”世界の新しさ、厳しさにさらされる次の若い世代にとって、その新規の社会は、それこそ、年配者の居座る安穏な環境とは、まるで相容れないかの新現実と映り、またそれは真実でであるわけです。

一方、本来は、このような「とびとび」の変化かから来ているものでありながら、それが、連続的で可逆的、つまり、従来のものとは本質的に違いのない、元に戻せる変化であるかのように取り扱われ、宣伝されるのはよくあることです。

あるいは、世界の経済は、もはや、そうした連続的な変化の部分はすべて喰い尽くし、その行き詰まりがゆえに、「とびとび」の飛躍的次元の変化を――ほとんど無責任にも――求めているふしもあります。

従って、「とびとび」な変化を遂げている時代の変化を、連続的変化の構えでのみ対処するのは、あまりに無防衛で、のんき過ぎであり、それなりの発想の“武装”をすら考慮すべきであるのです。

 

心の中の「とびとび」変化

以上は、社会というマクロの世界での「とびとび」の変化を見てきたものです。

さてここで、視点を物理学上の「とびとび」の変化に移すわけですが、その前に、その中間に介在するものとして、個人の心理――社会と個が反映しあう世界――における変化における「とびとび」性を見ておきます。

まずそれは、私たち自身の成長の過程に見られる幾つかのシーンです。

たとえば、子供が成長する際、確かに、その背丈は連続的に伸び、その速度に違いはあれ、それが「とびとび」になることはありません。しかし、成長の精神面に注目するならば、一人の子供が何らかの体験を契機に飛躍的な成長をもたらすシーンは、さほどまれなことではありません。

また、自身の思春期を振り返っても、何らかの苦難とか挫折とかが、それを契機に自我の質的――その意味で“不連続”な――成長をもたらしたという経験は、誰でも持っているはずです。

さらに私の経験で言えば、自分の人生上の岐路とも言うべき、極めて重大かつ苦しい選択に迫られていた時、それまでではそれが「二者択一」であるかに見えて行き詰っていたものが、突如にして、「両方を選ぶ」ことが正解であった、と気付くことが幾回かありました。つまりそこでは、自分の物の見方に、何か飛躍的な変化が生じ、いわば世界が違って見えるようになった“開眼”が起こっていたわけです。「目からうろこ」です。

つまり、そこでは遭遇した課題の大きさや苦しさがゆえに、そこで経験する思考の深さは尋常ではなかったはずです。すなわちその「開眼」、つまりその心理的、精神的な「とびとび」の変化の根底には、そのように生じていた思考過程を支える、何らかの精神機能上の変化があったはずです。

そう考えるとき、その臓器的仕組みとして、脳の神経細胞の結合すなわちシナプスが、それだけの違いをもたらす何かを起こしていたからではないかと考えられます。

言い換えれば、社会での「とびとび」の変化に適応する際、心理の中においても同様の変化が起り、そういう精神的変化は、臓器的には、脳のシナプス上の変化として起こっていたと考えられるということです。

ならば、そういうシナプスという脳神経の結びつき上の変化とは、脳の神経細胞上にも何らかの変化があったゆえにではないかと考えられ、いよいよ、細胞というミクロな世界の問題へと進んでゆくこととなります。

 

ミクロ世界での「とびとび」変化

そこで、神経細胞内部のミクロな物的世界の探求に入ることになりますが、ここから先は完全な物理学上の議論――神経生物学との関係はありますが――ということとなります。つまりそれは、そういう脳神経細胞のシナプスの機能を支える物的根拠を、物質のミクロの世界における量子的振舞いに求めようとする考え方です。

私は、こうしたシナプスの結果に生じる自分の視野の変化は、脳細胞を形成する物質の微細な世界で、そうした「とびとび」の変化に相当する何かが生じているからに違いないと想像します。つまりそこでは、そうした思考を必要とする「重たい懸案」をかかえ、その重たさ、苦しさがゆえ、脳細胞に何らかの“負荷”が加わり、それが原因で、何らかの微細な物質的変化――例えば、電気的、酵素的、ホルモン的変化――があった可能性は大いにありと見、そしてそれが、そうしたシナプスの新たな結合を生んだと考えるわけです。つまり、脳の物的構造に、いざという時には、そうした機能が発揮される仕組みが備えられているという見方です。ちなみに、身体上のストレスと酵素やホルモン分泌の関係は、まさにこれだと思います。

こうした脳神経細胞上の変化を、量子物理学の理論から捉えようとしているのが、ぺンローズがとなえる「量子脳理論」です。すなわち、ミクロの物質の世界では、その行動は量子的で、そこでの変化は連続的に生じるのではなく「とびとび」の様相をなすということが、脳内でも真理であるとの捉え方です。

言い換えれば、人間の思考も、ある程度の「日常茶飯事」の範囲であれば、それはルーチンな連続的発展の範囲で終わります。しかし、その思考が、非日常的な重大な分野に及ぶ時、つまりそうした精神的負荷がかかる時、脳内環境は変化し、いわば量子的となって、それが導き出す反応も、量子的つまり「とびとび」のものとなるとの仮説です。

この「ぺンローズの『量子脳理論』」は、注目はされてはいるものの、大いに賛否両論のにぎやかな仮説です。この理論については次章で、物理学にかかわる事情を、もう少し突っ込んで取り上げる予定ですが、ともあれ、その真偽が確立されるまでにはまだまだ時間を要する状況です。

ただし、本「新学問」は、先にも述べたように、「擬科学」の立場にたっています。すなわち、そこでは、たとえそれが科学的厳密な証明を確立していない「仮説」段階のものであっても、それが、個人の責任において個人の問題に適用される場合には、それを承知の上で採用可能であるとの選択をとるものです。

私たちの生活や人生は、時に、それほどに待ったなしの緊急性を帯びてやってきます。そうした生活や人生上の重要課題とは、科学的証明を待って十年はおろか、たとえ半年だろうと放置して置くわけにはゆかないのが常です。だからこそ、人生とは、自己責任による自分自身の実験なのであり、その結果を誰かに泣きつけるという事柄ではないのです。そして、本「新学問」が《反学問》でありえ、それが、そうした人生のそうした時に即有用なのも、この「擬科学」的がゆえであります。

 

 

さて、そういう次第で、この「量子脳理論」にそう発想を続けるわけですが、そこにたちふさがる大きな課題があります。

これは、何も新しい問題ではなく、そういう角度から人類の存在の意味を問う、科学論争を越える問題のひとつです。(科学は世界がどのように存在しているのか考慮しますが、その意味については対象外です。その意味を考えるのは哲学や宗教の分野です。)、

すななわち、この「量子脳理論」を適用すれば、生物の進化の動力となる細胞内のDNA上の「突然変異」とは、環境上の変化を引き金として、量子的な「とびとび」の変化が細胞内でおこった結果による変化ではないかとの説が立ちえます。

さらに、こうして環境変化とDNA上の変化がそのように物的因果関係として結びつくとなると、それは、いわゆる進化説の物的根拠ということとなります。

つまり、進化といういわゆる「ダーウィニズム」に関し、経済的自由競争をとなえる人々がそれを援用し、いわゆる「社会ダーウィニズム」――適応できないものが滅びることの合理性――が主張されたことを思い浮かべます。

いわば、上記のような仮説は、その「社会ダーウィニズム」の量子物理論からの根拠づけになりはしないかとの問題です。

私は、ある意味では、そうした「社会ダーウィニズム」の是非問題があるからこそ、私たちの生活次元の議論に重きを置いてきています。つまり、科学的厳密性以前に、人の命の平等性を優先させます。そしてそれが、本「新学問」の立場です。