リタイアメント・オーストラリア

雑誌『世界』で、昨年4月から始まった「日本語の中の何処かへ」と題する連載エッセイがある。著者は、温又柔(おん・ゆうじゅう)という1980年台湾生まれで、幼少時に来日、東京で育った作家である。

その温又柔は、連載初回を、まず引用で始めている。

というわけで、もし私のことを本当に傷つけたいのなら、私のことばの悪口をいってください。民族的アイデンティティとは、言語的アイデンティティのふたご――私とは、私のことば、なのだ。私のことばに自信がもてるようになるまでは、私は自分に自信をもつことができない。

(グロリア・アンサルドゥーア)〔注記〕

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リタイアメント・オーストラリア

「AI時代」との共存法

ヤツが出来ない土俵に立つ

《「人生二周目」独想記》第12号

前号では、「『AI時代』にあらがう」などと題して、「古き左巻きのツイート」を書きました。

左だろうと右だろうと、生存せねば意味がない以上、世界ではその純粋「左傾」国家は独自の変節をとげ、いまやその名残りを冠した独裁国家となるに至って、威勢のよい鼻息をふりまいています。

むろん、その「独裁」には到底なじめるものではなく、いい年となった「古き左巻き」たる孤人は、この怒涛の「AI時代」のサーフィンを試みようとしています。 詳細記事

両生空間
No.394

これって、フェミニズム?

「ねえ、僕って、男のくせにフェミニストなんだけど、気持ち悪い?」

「えっ、あなたって、性的マイノリティだったの?」

「いや、典型的な男と思うけど、男一般じゃない。」

「誰も自分ではそう思うんだろうけど、それでも男のあなたが女を語れるの?」

「いや、それは無理だし、そもそも、フェミニズムって女の牙城。だからその牙城から言えば、男ってセクシストの域から出さしてもらえない。」 詳細記事

5月7日〈火

引っ越し後、平均して、はじりのタイムが向上しているかのようだ。急にどういうことなのか。

転居による、気分刷新のハリキリ効果もなくはないだろうが、どうも都合がよすぎる。それより、ひとつ、思い当たるところがある。それは、新しいコースでの距離設定が正しくないのかもしれないことだ。 詳細記事

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