• 07月

    • 香港版治安維持法成立、7月1日より適用。「香港独立」と書いた旗をもって警察に逮捕され、頭を路上に押し付けられた青年の顔が目に焼き付いた。「やるべきことをやった。俺の人生もこれまでか」。そんな悲愴な表情。

  • 06月

    • 「閉じこもり生活」と「三蜜排除」を同時に行うのは論理矛盾。おかげで社会では、一方ではDV(家庭内暴力)が増え、他方では家族間の親密性が増す、などの相反する現象が生じている。自分はどうかと言えば、豪政府による生活保障支援が功を奏し、後者を味合わせてもらっている。このコロナ対策を契機に、社会保障に厚い国造りへの支持が増えるのだろうか。

    • 6日土曜、シドニーでも、人種差別への抗議の集会が催された。当初、NSW州政府はコロナ感染の危険を理由に集会を不許可。だが高等裁への異議申し立てが通って認可、2万人が参加した。写真はBLM (Black Lives Matter)と空に書かれた文字。

  • 05月

    • 二枚の写真。同じ場所で、上は今日、5月30日に、下は5カ月前の昨年12月末に撮ったもの。今日は清々しく晴れ渡っており、芝も緑。12月のは、森林火災による煙で空気は汚れ、芝も乾燥して枯れ切っている。

    • 今、暴動が起こっている米国のミネアポリス。どの州かと調べたらミネソタ州。そのミネソタと聞いて、どういう訳か、いきなり頭に浮かんできたのが「ミネソタの卵売り」という古い歌。「♪卵に黄身と白身がなけりゃ、お代はいらない、コッコッコッコッ、コケッコー♪」。1951年の歌という。私がまだ5歳のハナッタレ小僧のころ。

    • 今回の投稿写真『緑さす』を拝見して、日本での新緑の体験を思い出した。たとえば、初夏の山道を歩けば、空気までもが新緑に染まっているようで、肺の中まで、新緑色で満たされた気がしたものだ。だが、オーストラリアでは、樹木の種類が違い、あの初々しい緑に抱擁される感触にひたれない。シドニーは今日、冷たい秋雨。

    • このコロナ禍だが、73との年齢に伴う、「二面」の巡り合わせによって救われている。ひとつは、すでに年金生活に入っていて、失業や無収入の脅威にさらされないことだ。第二は、前立腺肥大を除き、既往症が何もないとの、生命の脅威にもさらされないことだ。前者はまったくの幸運だが、後者は違う。少なくとも長年の、意識した健康志向による。

    • こちらはすっかり秋。青く澄み切った空にすじ雲が美しい。

    • 日本は、巣ごもり連休中。本サイトは、どうやらその恩恵を得ているようです。五月に入ってから、訪問者の数がうなぎ登りで、4月平均の5割増し以上。普段、時間に余裕のない人たちが、この機にと、腰を落ち着けて読んでいただいているようです。期待にお応え出来ていればよいのですが。

  • 04月

    • [caption id="attachment_13114" align="aligncenter" width="200"] 空を覆った煙で太陽も赤く変じて不気味[/caption] [caption id="attachment_13115" align="aligncenter" width="200"] この空が、同じ空とは[/caption]

      ここ一週間ほど、快適な天気が続いていて、近くの公園の光景(写真下)も平和そのもの。一月の森林火災(写真上)は、まるで悪夢であったようだ。だが、それに代わる今のコロナ禍はリアルだ。

    • すでにその兆候は始まっているが、コロナ禍が終息した後は、「情報資本主義」とでも呼べるような、情報資源が主動力となる社会が到来するだろう。それを、電脳監視社会とするか、AIアシスト自由市民社会とするか、今、その天地の分かれ目にある。メガデータに頼っても予測がきかない、多様性社会を花咲かせたい。

    • 「コロナ」対策の「家で過ごせ」政策のおかげで、にわかに自転車ブームが発生。私のいつもの川沿いのジョギングコースも、一家総出のサイクリングでうるさいほどだ。また公園の広場では、若いお父さんが、幼い子供に自転車乗りを教える姿も多い。長引くコロナ禍で、家庭生活は変わり、自転車店は、従業員を新たに雇うほどの繁盛。

    • 今や世界は、コロナ・パンデミックとの戦時下にある。そこでは、短期的とは言え、ケインズ政策とも呼ぶべき国家主導の国民生活と経済の下支え政策が実施されている。そして、感染防止のため、個人やビジネスの自由も制限される。果たして、こうした国家管理と自由制限の組み合わせが、「新常態」とされることになるのだろうか。

    • コロナ禍は、両刃の剣だ。それは人々を目に見えない恐怖に陥れ、支配するためのステルス・テロリストだ。他方、その悪さの汎用性がゆえに、誰もの苦しみを束にする団結効果も発揮している。私の手元に、この後者に期待する知らせが届いた。コロナのせいで、生活手段を奪われた風俗労働女性たちを救おうとの署名活動

    • このコロナとの戦いの中で、世界の先進資本主義国の多くが、急速に“社会主義国”化している。むろんその“戦時”状況突破のための一時的措置だ。そしてその戦費にする巨費を将来予算から前借しようとしている。日本といえば、すでにその手はほぼ使い果たしている。次は、まさか「欲しがりません勝つまでは」か。

    • 4月1日、ここオーストラリアで、「逆エプリルフール」が発生した。私は年金受給者なのだが、政府によるコロナ禍対策の生活援助として、750ドル(約5万円)の一時金がさっそくに支払われてきたからだ。申請手続きも不要で、自動的に口座に振り込まれてきた。うわぉ!

  • 03月

    • ここシドニーでは、今夜0時より、外出自粛がひと段階厳しくなり、その一つが、感染に弱い70歳以上の高齢者の外出を出来るだけ控えるようにとのお達しである。73歳の私だが、戸外での運動は、やらなければ絶対に逆効果である。ともあれ、「平均的」ではなくなっているようだ。

    • 新型コロナウイルスのパンデミックに関し、日本の対応が世界から注目されている。例えば、日米の感染者数と死亡者数を比較すると、1,375と47、85,689と886となり、なぜ日本はこうも少ないのかとの驚きである。よって、日本には隠れた感染があるのではないかと疑う見解もある。むろん、今後の爆発的拡大の恐れはある。しかし、これだけしか死者がいないとは、疫病対策として、ともあれ成功している証拠である。今後の経緯を見守りたい。〔日本の数はクルーズ船を含む、3.27現在〕

    • 五大陸最高峰の全登山をめざして、2015年より世界を自転車ツアーしている我が若き友人、高詩しか男君が、この3月10日、欧州より最後に残すエベレストへの移動の途上、ジョージアの最高峰、カズベギ山の冬季単独登山を成功させた。これは、アジア人では初の快挙という。【写真はフェイスブックより】

    • 考えてみれば、ウイルスは生物と情報の間の子だ。新型コロナウイルス騒動がどんな形で終息するにせよ、経済の一層の情報化という結果をもたらすだろうことは因縁だ。そこでもサプライチェーンは依然不可欠だが、一層ロボット化され、その情報化を高める。そうして、生活や経済が「ナレイティブ化」を遂げないでは済まないことだ。

    • 「新型コロナとは結局何か」との先の問いへの回答:【国民皆保険のない国に発生した流行性ウイルス】。そこで、その出所をめぐり、該当する米中間のなじり合いが始まっている。昨年末、武漢での発生が報じられた時、米国では、「インフルエンザ」の死者が2万人にもなりながら放置されていた。それが持ち込まれたと中国は主張している。いずれにせよ、国民皆保険を持たぬ国が発生源となり、世界に大迷惑を与えている。大国なら、全国民に健康保険を保証するのは、自国のみならず、世界への責任ではないか。

    • 新型コロナのパンデミックと世界経済の縮小の恐れ。この同時発生は何を意味する。病気の拡大を止めるのは絶対優先事項。何を犠牲にしようと達成せねばならぬ。それが故、膨大な富が消えんとしている。もしそれを「調整」と呼ぶのなら、それで済んでしまう富とは。もし「調整」でないなら、消えた富は、その犠牲にふさわしかったものとなるか。

    • NYタイムスの記事によれば、武漢から避難して強制隔離を終えた米国人親子に、US$3,918の医療費請求が来たという。毎30秒に一人、医療費未払いで破産する人がいるという。コロナウイルスのテストは$500はするらしい。その一方、1万人とも2万人とも言われるインフルエンザによる死亡者との報道。その内のコロナの死者は? サンダースの皆保険の公約は正しい。

       

  • 02月

    • 「新型コロナウイルス」って、結局、何なのか。それがもし人工の産物なら、誰が何を考え、何のためにやっていることなのか。他方、それがもし自然現象なら、こんな病害を自然に出してしまう中国って国は、人間世界にとって、なんと危い国ではないのか。そして、そのどちらにも真実があるのなら、人間って、なんと愚かな存在になってきていることか。

    • コロナウイルスがパンデミック(世界的流行)の段階に入った。日本発で、その流行を最小に食い止めるアピールが届く。新手の偽メールのリスクもあったが本物と判断、HPの掲示板にのせた。ともあれ、世界経済へのインパクトは避けられない。「世界コロナウイルス不況」とでも呼ばれることになるか。

    • 偶然だが、2のぞろ目となる2020年2月22日の今日、本サイトは390号に更新。この半年、読者数の漸減がつづいてきたが、今が底の気配。その反転の動力は、どうやら新企画の《多様多彩》と『“KENKYOUFUKAI”シリーズ』らしい。ともあれ動向を静観。ついでながら、2222年2月22日というスゴイのが202年後に来る。どんな時代か。 

    • 昨日、オーストラリアの森林火災の鎮火宣言。今シーズンでの全焼失面積は12万平方キロに達したという。実に日本の総面積の32パーセント。一方、新型コロナウイルスによる死者は全世界で1500人を越え、まだ流行衰えの兆しはない。まさに、地球は異常だ、病んでいる。「ヒトは地球のウイルスか」。そんなフレーズが脳裏をよぎる。

    • ほんの一週間前までは、森林火災の脅威にさらされていた地帯が、この週末は、激しい豪雨に襲われて、今度は洪水の脅威だ。下の地図は、10日現在の過去24時間の降水量分布。シドニー辺りから南部にかけて、200~400ミリの紺から紫色。

    • 死者数で言うなら、この冬の米国のインフルエンザの猛威は、中国発の新型肺炎どころではない。本日段階の報道では、新型肺炎の死者は563人だが、米国のインフルエンザは2万5千人にのぼるという。その騒がれ方には見事な差がある。たとえ独裁国家での報道管制を見込んだとしても、報道姿勢としていかにもバランスを欠く。当然、米国発の感染拡大もそれに比例しているだろう。片やは国境が閉ざされたも同然、他方はいまだに野放し。

    • これはブラックジョークだが、中国発の新型肺炎の流行は、天安門事件で殺された中国市民たちのたたりのようだ。1989年6月4日のその流血の弾圧の後、1992年に鄧小平の「南巡講話」が出され、それ以降は、共産党独裁下の拝金経済発展主義が蔓延。無視された国民の政治的成熟のあげく、公衆衛生すらも手薄な中、30年の潜伏期をへてビールスに生まれ代わった。

  • 01月

    • 今度は停電だ。どれくらいの範囲で発生したのか、情報までも切断されて判明していないのだが、最高気温が43度になった昨日の夕方、何の予告もなく停電となった。夜も30度を越える熱帯夜なのに、クーラーも扇風機も使えない。ネットも通じず、この発信も今となった。電気会社に問い合わせても、送配電会社の責任と話にならない。どうやら、酷暑で限界を超えた電力消費のしわ寄せを食わされたようだ。

    • 久々に雨の音がする。空気の臭いも、煙臭さから、雨と土のなす香りに変わった。9月以来の森林火災による延焼面積は10万平方キロ。日本の総面積の38万平方キロと比較してみる。かくしてシドニーの煙害はひと段落したが、オージーの環境意識は格段にシビア―となった。経済的被害総額もまだ不明。

    • 前回本欄記載からの一週間で、NSW州の森林火災の焼失家屋数は1,300棟から2,000棟へと増加した。昨日もシドニー市中で政府環境政策の転換を求める大規模なデモが行われた。風で飛来する灰と水使用の制限で、走る車のどれも埃だらけの醜態を余儀なくされている。戸外での運動を控えるようにとの警告も発せられ、もはや森林火災は、誰にとっても、“身に火の粉がおよぶ”災難と化している。

    • オーストラリアの新年は、ほとんどの州で、手に負えない山林火災の未曾有の被害で明けました。シドニーを州首都とするNSW州だけでも、すでに焼け落ちた家屋は1,300棟を越え、シドニーから南の海浜地帯にある私の知人宅も、元旦早々、火の手に襲われ全焼。しかも、さらなる酷暑が予想されるこの夏は、まだ、その半ばです。