• 05月

    • メディアや私の予想を裏切り、18日投開票のオーストラリア総選挙は与党の続投となった。この番狂わせの詳細分析は未だだが、大手三世論調査会社のおしなべての予想失敗にホコ先が向けられている。ともあれ、オーストラリアの“全員”投票の予想の難しさは定評がある。人々の真意は測りがたい。

    • オーストラリアの元首相(在任1983~91)、ボブ・ホークが昨夜亡くなった。彼は、私が1984年にオーストラリア生活を選ぶ、その根拠をくれたとも言っていい人物だ。私の中年留学や永住の決心とその成功に、彼の率いる労働党政権下の政策なくしては考えられない。折しも明日18日は総選挙の投票日。にくいようなタイミングの死に方だ。これで労働党の勝利は、いっそう盤石となった。

    • 戦後まだ間もない復興期、始まった冷戦のもとで、「東洋のスイス」になろうとの日本の展望があった。中立国や世界ブランドの時計を念頭においた日本の身の振り方のビジョンだった。それがいまや、米中の起こし始めた《新冷戦》の中で、中立、技術立国は、日本の新たなビジョンにならないか。

    • 日本を覆い隠してきたダブルフィクションが、この5月1日をもって、トリプルフィクションへと深まった(「 即位って、本当に必要なの?」参照) 。逆に言えば、日本国民は、三重の目くらましで盲目にされている。第一は明治政府になる新天皇制、第二は敗戦による象徴天皇というその存続、そして今回の十連休という総催眠。

  • 04月

    • 代替わりを祝えと、集団麻酔のような10連休が始まった。年号使用の不便のため、シドニー領事館の窓口には、「今年は〇△何年です」との張り紙がある。いちいち応答する互いの面倒を避けるためのようだ。西暦で書くと訂正を求められる。

    • 5月18日投票のオーストラリアの総選挙は、野党が13議席を奪回して、政権交代となる予想。従来なら、野党労働党の躍進となれば、労働組合の運動に支えられた階級論争がその根っこの争点。しかし今回は様変わりして、むしろジェンダー論争がその原動力となっている様相。

    • オーストラリアの次回総選挙が5月18日投票と決まった。この国では投票の義務制が定着し、その日には誰もが投票する(投票率95%以上)。だから、スイングと呼ばれるほんの数パーセントの票の動きが、国の政権の、そして個々の政治家の生死を決める。ほぼ半数しか投票せず、そのまた半分の固定票で選ばれる政府や政治家と、どちらが国民に緊張しているだろうか。

    • 今日の昼、新年号が発表されるという。奇異なのは、新年号あるいは新天皇の即位をもって、世の中が変わるかの風潮が見られることだ。それを「神頼み」とは呼ばないとしても、いまの暮らしにくさの原因が、そうしたムードによって解消するとはとても考えられない。いっそのもと、即位記念、消費増税見送りはどうだ。

  • 03月

    • クライストチャーチのテロから一週間、この間、NZ国民が迷わずに示したモスリム被災者を守る全社会的団結と自動銃禁制の機敏な法制化には、今の世界をおおう暗闇に光を投じる、まさに人間社会の希望を示してくれた。ことにその先頭に立ったアーダーン首相〔昨年8月29日の本欄参照〕の毅然かつ公平な姿勢には、日本の同地位に立つ者とは比較すらためらう、民主精神の真髄が見られる。

    • NZのクライストチャーチでの無差別銃殺事件は、犯人がオージーといい、この両国に親しい者にとっては、その異常性が異常だ。この事件は、両国が移民問題にそれほど深刻だったからというより、多文化主義を掲げるその国是がゆえ、この両国に狙いを定め、そこを標的にしたという感じがする。そうした政策とその定着を転覆しようとする企みをもって。これもやらせか。

    • 通勤で電車に乗っている時、私が本を読んでいると、乗ってきた同年配のオージーが、いきなり「今日はラッキーな日だ」と話しかけてきた。「今時、車中で本を読んでいる人なぞ、とんとお目にかかったことがない」と彼。私も以前、同様なシーンを見て同感だった。スマホ前世代たちの共感の交換だった。

  • 02月

    • 沖縄の県民投票は、辺野古への基地移設反対票が72.2%を獲得した。しかも、投票自体を認めようとしない自民、公明の投票ボイコットの中でも、その投票率が52.48%に達した。2017年衆院選の投票率53.68%、自公の得票率45.8%(比例代表)と比べれば、正味は、この反対36%に対し阿部政権24%とみすぼらしい。どちらがより民主的かは明白。現政府が「私たちの政府」とは、一層認められない。

    • 日本でも、定年をなくせとの議論が始まった。ここオーストラリアでも定年はない。そこでの要注意は、当地での定年禁止は、雇用における諸差別禁止という脈略の中でのそれであり、性や人種などの差別禁止と合わせて年齢もダメということ。他の差別とセットにせず、年齢だけを取り出すのは、政府、使用者側のご都合主義。老若男女、そろって差別禁止を求めよう。

    • 報道される情報を見る限りでも、日本の政治の劣化どころか自壊にも等しいあり様は、天皇の代替わりを祝うどころか、祝賀を装った国民の目くらましそのものと見える。そもそも「象徴」という、“超”法規的とは言わずとも、“避”法規的存在を頂かねばならない仕組みはなぜ必要なのか。税金を順当に負担する著名家族でいいのではないか。

  • 01月


    • ニュージーランドの自然は実に広大である。しかも、開発が制限され、あえて不便さを残してある。おかげで、人のいない大自然を独り占めにさえできる。ただし、そうした環境は、老人たちには決して優しくない。今回の最終日も、湖の渡しのボートに間に合うため、二日分をぶっ通しで歩くはめとなった。案内では8時間半のところを、11時間もかかって。写真は、そのボートからのスナップ。

    • セント・アーナウドに到着。湖畔のちっぽけな町。どこまでも静寂で、風の音だけが聞こえる。明日より、対岸に水上タクシーで渡り、トレッキング開始。写真は、湖畔風景。

    • シドニーよりニュージーランドのオークランド経由で、南島北端の港町、ネルソンに到着。明日、バスで、ネルソン・レイクス国立公園のロトイチ湖畔の町、セント・アーナウドへ。あさってからいよいよ、6日間のトレッキングに入る。また、ロートル二人の珍道中になるやも。

    • この年末、驚かされたことがある。「HIRAMASA」と表示された店で使っている養殖ブリのことだ。その余った頭を兜焼きにしてよく食するのだが、この年末、その身が焼いても水っぽく全く食えたもんじゃない。聞くと、年末向けの多量出荷のために促成成長させられたがゆえという。むろんその表示の如く日本へも輸出されている。