• 01月

    • オーストラリア・オープン(AO)が始まった。大坂なおみは、危なげなく初戦をこなした。だが、世界No. 1のジョコビッチの姿はない。彼は、入国条件であるワクチン接種を拒否しているため、国も入国を拒否した。裁判所も、公共の利益を優先する政府の判断を支持した。もし、自分が彼だったらどうしたろう。私も、自分の体はそれこそ「資本」と考える。ましてプロのスポーツ選手の彼なら、ワクチンという異物――安全の確認より迅速を優先して導入――の体内注入に神経をとがらすのは理解できる。私の場合、私権は引っ込め、事実上の国民の条件とされている二度の接種をした。だが彼は、目下のAOタイトルより、将来にわたる自分の身体の安全を優先したということだろう。後年になって、このワクチン接種の功罪が明らかになる。

    • 昨年末に「これほど先の見通せない刹那発想に没している時はない」との認識を書いた。そこでだが、ということは、「何が起こる分からない」つまり「なんでもありうる」ということで、主客をひっくり返せば「拘束されない」という意味でもある。この「混迷」を言い換えればそういうことで、「自由」とすら解釈できる。大勢が出そろうのを待つのも一つの手だがそれはいつのことか。リスクの覚悟さえ持ちうるなら、今ほどのチャンスはない。私などオールディーには、来たるどのみちの決定的リスクが避けられない。ならば、たとえダメモト発想でも、何やら前向きな姿勢に思えてくる。