病で死ぬか、医で死ぬか

〈連載「訳読‐2」解説〉グローバル・フィクション(その72)

4年前、私が前立腺癌を宣告され、そこで体験した医療への不信感を一各論とすれば、本章では、その総論が展開されています。つまり、「医は仁なり」ではなく、まさに「医は金なり」と化した医療界状況が克明に述べられています。

そう言ってしまえば、あまりに“ありふれた”というべき話ではあるのですが、私たちの現実の生活においては、病気という弱みを握られているだけに、そうは判っていても、なかなか、医師には逆らえません。それに相手は、資金力も人的資源も豊富に持っていて、それこそ鳴り物入りで、私たちの頭を「洗脳」し、そのトラップに誘導しようとしています。

そこで当事者としては、それをどうしても、「長生きしたければ医者にかかるな」、とさえ解釈してしまうわけです。言い換えれば、「かつて人は病で死んだが、今では人は医で死んでいる」とでもなり、あたかも、「前門の虎、後門の狼」といった、別の意味の病苦にさらされます。

私たちは、果たしてどこまで現行の医療を信用し、頼るべきか。本章はその考察にあたっての様々なヒントを論じてくれています。

ことに「ありえない協力関係」の節の中の、「一人の癌患者を発見することは、30万ドル〔2700万円〕を発見したに等しい」との表現は、ヒントどころか、図星すぎて痛々しくもあります。

 

それでは、「非-健康産業(その1)」へご案内いたします。

 

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