今号の目次

前号で完結した「“KENKYOFUKAI”シリーズ」で《理論人間生命学》を提唱しましたが、それを本サイトが到達した新パラダイムとし、いっそう発展させたいと構想しています。現在、そのための新サイト――新たなアドレス(URL)を使用――の立ち上げに取り掛かっています。その発足までにはしばらく時間を要します。それが整うまで、その準備の議論をこころみてゆく積もりです。

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【撮影者 山本 哲朗】

名前:染井吉野

撮影場所:荒川河畔

コメント:Tokyoは去る14日に桜が開花した。観測史上最早、例年より10 日以上早い、全国のトップを切っての開花だった。言うまでも無く地球温暖化の影響だろうが、夏の猛暑が今から思いやられる。 詳細記事

【写真投稿 パンナ】

 

撮影場所:サウジアラビアにて

【写真投稿 パンナ】

 

撮影場所:イタリア、ランペトゥーザにて

【撮影者 山本 哲朗】

 

名前:ハイビスカス

撮影場所:板橋区熱帯植物園

コメント:強い光には必ず濃い影がつきものです‥‥。

前回まで4回の議論の成果として、私は、「理論人間生命学」という新たな思考領域を提唱しました。そして、この新領域を一言で表現すれば、生命というものを、《脱地球》した視点――人の生命をその生みの親たる地球から“乳離れ”した「理論上の場」――において考察しようとするものです。そこで本連載最後の今回は、この一連の議論の締めくくりとして、その“デビュー”なった「理論人間生命学」の場から観測した「地球人」という視座を提示します。本連載はKENFUKAという独自な手法からパラダイム変化を探ってきたのですが、以下に示す観測こそ、そのパラダイム変化したその先からの“ライブ”な視界の実例です。 詳細記事

前回において、「ひも理論」と「両生論」とがどうして相並び称せるのか、その類似視野の根拠として《双対性》〔そうついせい〕との概念に注目しました。そこで今回では、まず、前回での予告のように、《双対性》を通じて結びつく「ひも理論」と「両生論」との間の類似性にはどのようなダイナミズムが潜んでいるのかを論じます。そして次に、そうした導入にもとづき、目下の焦点である「両生論」のとどのつまりに立ちはだかる懸案「越境問題」に、この《双対性》関係を適用して、その意味を探ってみます。そして、その結果、予想を超える大きな可能性が見出されてきます。 詳細記事

【撮影者 山本 哲朗】

名前:オトメツバキ

撮影場所:六義園

コメント:その名にふさわしい容姿、色合い。まさに可憐な乙女の風情

【写真投稿 パンナ】

撮影場所:ジョージアの首都トリビシに近いムツヘタのジワリ修道院にて

 

宗教にも満たぬ「象徴」を戴く国って?

 

私は世界中の宗教を知っているわけではないし、日本国内の宗教も、ごく大まかに、知っているだけだ。仏教、神道、キリスト教、といった、いわば通称を知っているだけで、現実の事細かい宗教法人名は知らない。それぞれの宗派や系統がそれぞれ宗教法人としての登録をしているようだ。2014年の日本の宗教法人数は181,810だという。少なくとも日本国内のそれらをことごとく検証した上で言うのが理想だろうが、ここでは乏しい自分の宗教遍歴をもとにして述べさせてもらう。それでも、10かそこらの宗教には係わりあってきた。それらの宗教には教祖がいて、教義があり、経典、教科書あり、救済や許しがあった。神道のように無い無い尽くしはあり得なかった。 詳細記事

私の今の立場といえば、もはや現役の一専門職からは退きながらも、いくらかのパートタイム働きにかかわることで、幸いに心身健康な年金生活人であることです。ただ、「人生100年」などとミスリードされる“絵空”年金談義には一線も二線も画さざるをえず、くしくも達したこの境地ならではの精神的自由度を存分に活用したいと望んでいます。また、たとえ興味本位であろうとも、新たな挑戦にはたゆまずひるまず臨みたいところで、なかでも、これまでにも取り組んできた「『し』という通過点」をめぐる「越境問題」は、この場に至ったがゆえの、そしてこの“辺境”ならではの、アプローチ可能な関心事でしょう。

「“KENKYOFUKAI”シリーズ」第3回の今回は、そうした立場や関心から、現代理論物理学の最先端の仮説である「ひも理論」をとりあげ、「KENFUKA」してみようとするものです。

そこでなぜ、私がこの「ひも理論」に傾注するかですが、それは、この理論が人類の目下の最先端の科学的知見であるという“新し物好き”であることと、同理論と私の人生体験からの無形資産とも言うべき「両生論」とが、何やら類似し合っている気配があり、さらに、その最先端知見がもたらす新たな世界観の幕開け、つまりそういうパラダイム変化に、私も是非ともあやかってみたいと望むからです。 詳細記事

 

「象徴」は「日の丸」だけで十分

 

憲法9条と天皇制はセットだと、よく言われてきたその意味を私はしっかり理解してはいなかった。その天皇制とは漠然と天皇制である必要はなく、アメリカ製の象徴天皇初代一人でよかったのだ。初代死亡で日本が天皇制廃止と戦争放棄廃止を同時にやっても、アメリカは文句を言えないはずだ。憲法1~9条が一掃できる。天皇条項と戦争放棄だ。晴れて国民条項が憲法の最初に躍り出る。やっと本物の国民主権である。 詳細記事

【写真投稿 パンナ】

キリギスタン、ソンクル湖畔にて

【撮影者 山本 哲朗】

名前:ナガミヒナゲシ

撮影場所:中仙道沿い

コメント:日本のいわゆる雑草にとっては強力な外来種で、10数年で道端はほとんど席巻されてしまいました。

【撮影者 山本 哲朗】

旧古河庭園にて

【写真投稿 パンナ】

アゼルバイジャン首都バクー、ビビヘイバットモスクに於いて

 

「象徴」というだまし玉

 

このようなことを言うと、決まって皇室支持者たちから「気に入らないなら、日本から出ていけ」と言われる。言われるまでもなく出て行きたいが、その金も力もない。幸か不幸か言論の自由はある国なので、その点にほれ込んで、精いっぱい、とやかく言わせてもらう。 詳細記事

先にも投稿のあった「幸子」氏から新たな投稿がありました。今回を含め、4回にわたって連続掲載いたします。日本の「裸の王様」への腹蔵のない実声が発せられており、制度としての矛盾を鋭く突いています。

 

再々なる虚構の上塗り

今でも以下のページは見ることができるだろう。2016年8月に当時の天皇明仁(あきひと)が国民向けに流したメッセージである。 詳細記事

【写真投稿 パンナ】

撮影場所 ボリビア、ウユニ塩湖

【撮影者 山本 哲朗】

花言葉:純潔、尊敬(旧古河庭園にて)