意外に関心あつい老人イッシュー

シリーズ「老いへの一歩」への閲読データを分析

日本では、9月19日は「敬老の日」であったようです。しかしここオーストラリアでは、父の日や母の日はあっても、老いを趣旨とする祝祭日はありません。そうした文化や制度上の扱いの違いのある「敬老の日」ですが、その日にちなんで本記事は、ほぼ十年前に掲載したシリーズ記事「老いへの一歩」への閲読データを用いて、読者におけるそうした「老人イッシュー」への関心動向を改めて分析しました。私は、ブログ発行は、蓄積された読者反応データの分析を通じて、書かれた記事のネット社会による評価度と、逆に、特定記事を設問にみたてたある種の世論調査という、二面の働きをなしえると考えています。本稿は、そういう二方向の意味を探った分析結果です。 詳細記事

これまで本サイト掲載の「いちばん若い『昭和人』」や「国際看護師オープンキャンパス」の記事でおなじみのR.Y.さんこと山本瑠璃さんが、今度は、左図キャリア講座で、8月28日(日曜)午前11時(日本時間)より、国際看護師の一人としてオンライン対談します。参加希望の方は、以下で予約(無料)を。https://medistudio.com/career/20220828

 

前号にそのレポートを掲載しましたように、「老若共闘」への具体的歩みとして、若い世代との交流が始まっています。それは「時空トラベル」と呼ばれる世代間の隔たりを旅する行為です。ことにそこには、その隔たりをつくる人生体験の長さの違い、つまり、時間という“距離”がもたらすものを、何によって、どのように互いに交換できるのか、そういう、おそらく他の機会では絶対にありえない、「時空世界」を実際に体験できる機会があります。そのような、言わば人間としての究極の「トラベル」を通じて、そしてそれをもってしかやり取りできない、過去よりの《人生の知恵》と、未来という《新品の時間》との融合が可能となります。 詳細記事

「私の健康観」の数バージョンを通して述べてきているように、自分の健康を、地球環境と連続している《自分環境》の産物と考えるならば、私にとっての気候変動問題との取り組みの核心は、自分の健康を“持続可能”に維持増進する――少なくともそれを起点にする――以外に、親身になりうる関わりなどありえない、と考えるものです。

健康という、誰にとってものもっとも切実な財産の保全が第一に、そして何よりも本気に取り組まれることなくして、CO2排出ゼロ政策が前面に出されてくるメリットなぞ、いったい何なのでしょう。それとも、私たちの健康と地球温暖化の問題は、まったく別個の問題とでも言いたいのでしょうか。それこそ、地球も私たちも、共に発熱しているというのに。

そういう意味で、目下の私のスローガンとして、「ヘルスファースト」を掲げたいと思っています。 詳細記事

English Version】 

「私共和国」に掲載してきた《四分の三プロジェクト》の計画作業がようやく煮詰まって、その骨格が《時空トラベル》との呼び方で形をなしてきました。それを契機に、今回よりサブタイトルを「《時空トラベル》時代  =旅立ち編=」と改称し、その進捗具合をノートし始めています。その初回は「《時空トラベラー》という過客」とのタイトルです。

そういう次第で、いよいよここに始まる《時空トラベル》なのですが、何やらSF風な響きのあるそのトラベルとは一体どういう“旅”なのでしょう。まさか、タイムトラベルのことを言っているのではないでしょう。

ところがです、私は本気で、これが、まさにSFで言うタイムトラベルにも通じるその第一歩と考えています。つまり、タイムトラベルはこうして実現するかも知れないのです。 詳細記事

本稿の目的は、二つの視点間に橋渡しをするものです。そしてその二つとは、このサイト『両生歩き』の「私共和国」で述べられている《老化に伴う「性的マイノリティ」化――「《「男の急所」の料理法》その2」――と、兄弟サイトの『フィラース Philearth』で述べられている《人生という「実験」》――「理論人間生命学」第2部――です。そしてこの橋渡しとは、言わば、私たち自身に関する微視的視野と巨視的視野、あるいは、現実的視野と理論的視野のそれぞれの二者間を関連付ける架橋との意味合いを持つものです。 詳細記事

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私はいま75歳で、1946年生まれです。つまり、「先の戦争」が終わった翌年生れの、直接の戦争体験はないものの「焼け野原」世代です。そしてその「先の戦争」とは、日本が世界を相手に戦うこととなった「アジア・太平洋戦争」です。

そういう私が、ほぼ十年前、〈「日本人であることの不快感」 と、その解消〉との文章を書きました。その「不快感」とは、自分がその日本人であることによって抱いてきたものです。つまり、その戦争のもたらした加害者意識と被害者意識という“不快”で“ゆえ”もない二者の同居について書いたものでした。

それに続くかたちのこの文章は、「戦時中」にある片側を、いずれであろうと、「味方もしくは敵」として選び始めることの際限のない危険を言わんとするものです。

そして結論は、私たち人間同士に、殺し合うほどに敵視しなければならない理由なんて、もともとありはしない、というものです。 詳細記事

最近、とある機会を得て、日本伝統医学を根本的に再認識し、その可能性に目覚めさせられる体験をしました。しかもそれがさらに発展し、この世界を認識する方法論について、それがこれまでの〈科学という方式〉に“対案”をもたらす可能性を秘めているのではないか、そんな発想へのヒントとさえなっています。 詳細記事

日本の「ダークさ」に抗した孤高

「昭和」とは何だったのか

連載《豪州「昭和人」群像》 第6回(最終回)

この記事は3月26日に繰上げ掲載した記事の再掲です】      

本《豪州「昭和人」群像》は、この第6回を持って最終回とします。その結論回というべき今回は、「豪州昭和人」としては、一見、極めて稀有な事例を取り上げます。ただし、それは一見上ではそうですが、実はその根底で、もっとも昭和の昭和たるところを体現していると考えられるケースです。というのは、これまでのストーリーは、むろんそれなりに固有ではありましたが、一程の同類の中から、特色あるケースをそれぞれ取り出したといった多様性にフォーカスしたそれぞれでした。ところが今回のケースは、間違いなく異色で独特なのですが、しかしそれは、誰にも、どこにでもある、広く共通した身の回りの要素が、ある特異な条件に置かれれば、そのようにきわめて濃縮されて結晶するかも知れないといった、通底する普遍性を示唆しているケースです。

ただその物語の冒頭でお断りしておきたいことは、本稿は、これまでの取材をベースにした実話物語というより、「語り部」がそうした作業を下地に組み立てた“フィクション風”作品であることです。

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連載《豪州「昭和人」群像》も5回目となる今回は、世代としては私「語り部」に近いながら、なかなか世間離れした“お嬢さん”に登場していただきます。といっても、お高くとまったという意味ではなく、九州の地元の有力な家柄にあって無垢奔放に育ちながら、一種庶民的雰囲気をお持ちで、それでいて普通にはちょっとできない人生体験を過ごしてこられています。むろん本記事が取り上げるように今は「豪州昭和人」のひとりなのですが、他のケースとは一味ちがう、両国関係のちょっと上層社会同士での奇遇な出会いの末に実った、日豪の国を分かたぬ新たなきずなのストーリーです。 詳細記事