国際化ってローカル化のこと

どんな旅でもない旅(その2)

はじめてのベトナム

こんな「どんな旅でもない旅」をしていて、ふと気付かされたことがあります。

それは、昔、若かった頃、ふと思い立って行当たりばったりの汽車に乗り、たまたまに降り立った駅で案内された、たまたまの民宿のお世話になった、そんな時代やスタイルに近いものがあることです。

フエを流れるフォン川ごしに山々が遠望される光景は、どこか日本の地方の町を思い出させる

 むろん当時のそれは海外ではなく、日本で暮らしていた頃の話です。

それが今回、こうしてベトナムを旅していて、感じさせられたことです。

その宿泊先について、前もってサイトを通じて予約はしてあったものの、その予約の理由はほぼ、行程上とかお値段とか、ごくシンプルなものと言っていいほどの選択でしかありません。

そうしていま、このフエの町の、街外れの住宅地域にある、宿といっても家族で営んでいる、それこそ民宿感覚の小さな宿に泊まっています。

そこで若いご夫婦が、二人の男児を育てながら、訪れた私たちを世話をしてくれるその親身さが、とても印象的で新鮮なのです。

前日も、その先の移動をバスではなく鉄道にしようと決めて、そのチケットの買い方をそのご主人に相談した時でした。オンラインでの予約もできなくはないのですが、サイトへの手数料がかかり、しかも当たってもらうと、希望する空席は残り少なく、急ぐ必要がありました。

するとそのご主人が私をバイク――ホンダ製でした――の後ろに乗せて、駅までひとっ走りしてくれたのでした。おかげで無事予約はとれたのですが、駅での支払いは現金のみ。しかし急なことで私にはそこまでの持ち合わせがありません。それを彼は建て替え払いしてくれたのでした。宿代の倍ちかい、それを大きく越える額です。

 

話は飛ぶのですが、私のオージーの友人が日本を旅行して、目的地の民宿に予約した際など、よく前金も要求されないことがあって、いわば単に口約束だけで済む予約に、彼はほとんど感動しています。そんなリスキーな慣行は、他国ではほぼ見られないからです。昔からの習わしとはいえ、当たり前となっているそうした相互の信用関係が、いまの世の中では貴重となっているだけに、それが彼には驚きだったのです。

 

そんな、袖振り合うほどの、ほんのたまたまの出会いの中に、それでも親身なやり取りが交換されるという、そんなところに、旅の原点とでも言っていいような味わいが見出されます。

もちろん、共通の言葉として、一般的には英語会話は前提となります。それさえ曲がりなりにもこなしされさえできれば、こうした旅の初心に帰れる発見ができるわけです。

そういう意味では、国際化とは、ローカル化であり、日常的でふつうの素朴な触れ合いが、しかも異国の地で味わうことができたという感慨だったのです。

 

 

1960年代末のベトナム戦争時、このフエの町は、激しい戦闘が行われたことで有名です。

写真のフエ王宮への城塞門には、その当時のものと思われる、たくさんの弾痕が残されています。

今では、まったく平和な町なのに、そんな戦闘があったなぞとは想像すら困難です。

だが、そのコントラストがそうした史実の痛々しさを克明に告げていて、私のような年齢層の者――学生時代、ベトナム反戦運動が盛んだった――には、胸をつまらせるものがあります。

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