ほぼ“泣き言”なコメント

〈連載「訳読‐2」解説〉グローバル・フィクション(その5)

ともあれ、この「訳読」には、一切の誇張なく、苦心さんたんしております。

言ってみれば、専門分野の先端中の先端のそのまた最先端を、しかも、冴えわたった直観で織り込んだ議論でありまして、とてもとても、一筋縄で取り組めるものではありません。適切な日本語の選択から、むろん、言わんとしているメッセージが何かをくみ上げるまで、この訳読は実に、千里の旅をするかごときであります。

従って、この初版ともいうべき今回の出版には、追って今後、重ねての修正が必要となってくるのは間違いありません。その度ごとに対処してゆきます。

さて、そこで《宇宙への風穴》:生物学編に戻った話となりますが、今回の訳読に述べられている、ことに「DNAは生物的なインターネット」だという表現は、むろんたとえ話ではありますが、示唆するところの深いものがあります。つまり、DNAは、遺伝子をなす物質の持つ特性というより、情報そのものだということです。

 ただし、生物学の、ことに遺伝子操作技術にまで踏み込んだ分野の詳細を扱った内容は、むろん、訳の稚拙さも大いに原因しているのですが、その意味を追ってゆくのは至難のわざです。

そうではあるのですが、DNAが、(ことに私はそれを「物」として受け止めてきたのですが)、情報、いわば言葉であるだけでなく、それが伝搬、しかも宇宙のなかを伝搬するとの理屈は、ことにそのメカニズムを理解しようとすると、なかなか手ごわいものがあります。

そしてそうした壁をなんとか通過したところでの印象はこうです。すなわち、どうやら人類は、自分の生命の起源について、地球起源説をとるか(つまり猿からの進化説)、神による創造(特殊創造説)をとるかの論争から卒業しようとはしているものの、その起源を宇宙へと広げざるをえなくなり、従来の神に代わった、つまり、宗教的ではない、「科学的な神」とでも名付けるしかない、そうした次元に入ってきている、というものです。

先に私は、いわゆる宗教とは違う次元でそれを扱う、「《宗教》」と表現する何ものかの必要を述べました。まさに、この「科学的な神」とはそこに互いに触れ合うものです。

言ってみれば、地球的な「神」は死んで、宇宙的な「謎」がそれに代わって生まれたようです。

そして、たとえ、宇宙のどこかの誰かが、地球に生命を発生させる「プログラム」を組み、それをDNA情報として送り込んできたのだとしても、その誰かとは誰なのか。今度はそれを「宇宙的神」とでも区別すべきなのでしょうか。

 

では、「DNAミステリー(その2)」へご案内いたします。

 

 

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