知られざる科学

〈訳読‐2〉「東西融合〈涅槃〉思想」の将来性(その13)

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「我々はすでに他の星へと旅する手段をもっているが、そうした技術は暗黒プロジェクト内に閉ざされていて、人類の利益に供するためには、神の手を借りる必要がある。あなたが想像可能なことは何事でも、すでに我々はどうすればよいかを知っている。」

ベン・リッチ

(ロッキード社スカンクワークス・ステルス技術創設者)

 

米国は現在、国民には隠された秘密の科学進歩によって二層の技術開発計画をもっていると、広く一般に受け止められている。この隠された技術は、少なくともほぼこの一世紀の間、支配エリートの手に握られてきている。だがその「秘密」技術の起源は、19世紀以前へとさかのぼる。現代において、特定の技術が、人類への大きな恩恵をもたらすにも拘わらず公開されていない理由は、支配と権力がそれを独占しているからに他ならない。「権力は腐敗する。絶対権力は絶対に腐敗する」との古い金言はいまだに正しい。つまり、もし私たちが、真に進んだ技術進歩の成果――例えば、タイムトラベル、フリーエネルギー、立体像送受信、そして惑星間旅行――を達成しえたなら、そうした情報を統括する者は極めて強力な地位を掌握するだろう。だが、そうした技術開発が、もし少数の支配グループ内に占有された場合、彼らは文字通り、この惑星や人類全体を牛耳る力をもつことになる。

前世紀、人間の意識は、陰謀論〔と呼ばれる見方〕がもたらす膨大な情報の洪水にあっぷあっぷさせられていた。そしてそうした陰謀論は、平均的な人々にはあまりに荒唐無稽すぎて理解のほどを越え、疑問への解答を与えるより、むしろ新たな疑問を作り出すことがせいぜいであった。そうした陰謀論は、だれもが真実の全貌を何もつかめないように実に巧妙に仕組まれており、しかも誰か内部者がそれを真実と告発しても、その人は笑いものとされるか、黙らされるかのいずれかであった。だが、世界のこうして黙殺させられている陰謀たるものが本当だとしたらどうなのであろうか。ベン・リッチ――ロッキード社の幻のスカンクワークスを二十年間務めた傑出した所長――が死に臨んで告白したように、私たちはすでに、星間旅行の手段を開発済みなのだろうか。それとも、人々が盲目同然なのは、「陰謀論」という言葉を「策謀」と結びつけて〔悪いことと〕考える傾向がゆえなのだろうか。だがもし、陰謀とされて隠蔽されている情報が、私たちや報道界、政府、学会、金融制度、技術進歩、食料供給そしてこの惑星の未来を大きく左右する事柄だとしたらどうなのであろうか。もしそうした秘密の陰謀が真実のことだとするなら、それは文字通り、私たち個々の生涯を左右しうることとさえ言えるのではなかろうか。

しかしながら、そうした可能性の膨大さがあるにせよ、大半の人々は、それを確かめようとはしない。そしてその無為が意味することは実に深刻である。というのは、そういう可能性自体が(本書の巻頭で述べたように)、陰謀説をふりまく画策者によって操作されているからである。宇宙飛行士、空軍パイロット、科学者、技術者、そして何千人もの一般市民によってなされた探究の努力も、主要メディアでは、娯楽や空想物語やSFとしてしか扱われていない。そして仮に取り上げられたとしても、そうした個人は、軽薄者か精神病者か、いずれかのレッテルを張られるのが落ちである。つまりこうした隠蔽とは、ひとつの実際の出来事が、いかにも真実性を含み、ごまかし切れない現象であるがゆえに、それを「陰謀として沈黙や隠蔽」扱いとすることで、〔それをうやむやとするための〕結託した努力として行われていることなのである。

「X-Files」というテレビ番組があるが、それが広めた言葉の「真実はそこにある」はその通りで、もし私たちが目を開きさえすれば、真実は目の前にあるのである。世界は確かに、ひろく了解済みなことよりは、はるかにややこしい。だが、もし私たちが実際の出来事を検証することを怠り、折り重なる秘密の理由を探らないなら、問題はいつになっても解決されないであろう。そのもつれ合った糸がほどけた時にこそ、私たちは、世界全体を見渡せる「対抗言説」を獲得できるのである。

 

現代の秘密科学

最も初期の秘密科学は、第一次世界大戦の時期を端緒とし、兵器開発に関連したものであった。それがより知られるようになったのは第二次大戦の時である。アメリカ陸軍のマンハッタン計画は、原子爆弾を開発する任務をおったもので、また海軍では、フィラデルフィア実験で目撃された、敵からは見えないステルス武器を担当した。そうした秘密計画の遂行者は、議会の監視や公共の関心をかわす道を探らねばならなかった。そして彼らは、Special Access Programs (SAPs) の導入をもってその秘密化を果たした。2000年までに、国防省だけで、すでに150のSAPsを持っている。だがそうした多数のSAPsの存在は公表されず、監督さえされていない。そのすべては、厳密な「相応知」のレベルで管理されている。SAPsは、今では民間業者へと外注化され、完全に隔離された範疇に置かれている。そして、どれほどの金がつぎ込まれ、どのように調達されているのかも不明である。この野放しの秘密事業は、極めて巨大かつ一枚岩で、秘密宇宙計画のみならず、地球外で生活する離脱文明〔構想〕にもおよんでいる。

二次大戦後、ナチのトップ諜報機関はドイツの科学機関と結びつき、「紙クリップ作戦」(既述)として米国内に持ち込まれた。それらの諜報将官らは米国の反共組織に組み込まれ、科学者らはNASAに合流した。こうした合体をもって設立されたものが、公式上は国家安全保障局(NSA)である。紙クリップのナチ勢力のほどんどは、新たに設立されたCIAに組み入れられた。ウェルナー・フォン・ブラウンやドイツの他のロケット技術者は、NASAや他の軍事組織に雇い入れられた。「バビロン作業」や「モントーク・プロジェクト」〔後述〕といった先の実験は、異次元生物やETと交信したりそれを実現するために、ナチのオカルト主義者や科学者によって実行されたものである。彼らは、異次元のタイムトラベルばかりでなく、優生学やクローン技術に関わるプロジェクトの「非公式」の開発者でもあった。以上が、「秘密科学」と呼ばれるこうした諸プロジェクトが、「サイエンス・フィクション」としてさえ漏らされることなく、秘密のうちにいかにして公式に誕生したのかの経緯である。

「暗黒予算」は、こうした秘密科学――「暗闇学問」とか「暗黒科学」とも呼ばれた――への財政措置として設置された。この暗黒科学は「すべての秘密のうちでも最高位の秘密」で、特別に選別された兵隊によって防御されていた。CIAは、MKウルトラ部隊を考案し訓練した。これは、マインドコントロールされた者による暗殺(必要な場合)や、ほとんど知られていない「暗闇世界」機関による丁重な計らいといった、正規の方法以外の「特殊扱い」を実行する、特別に訓練された部隊であった。アイゼンハワー時代に発足し、ニクソン時代に完成したこの舞台裏世界はET事項や逆工学を遂行し、今では民間企業化されている。現在、それは軍産複合体企業――ロックフェラーやロスチャイルド王国などが所有――によって管理されている。そこには、余りに多くの階層や部門、そして「非公開分野」があり、そのトップレベルの人物でさえ、その全体像はつかめない。

MKウルトラ計画は、CIAの科学諜報部〔Office of Scientific Intelligence〕が運営する非合法のCIA人体実験作戦であった。この米国政府の公式事業は、1950年代初めに発足し、1960年代末まで存続し、米国およびカナダ市民をその実験台に使用した。出版された事実によると、MKウルトラ計画は、人の精神状態を操作し、脳の働きを変えるさまざまな方法――薬剤の内密投与、精神機能抑制、感覚剥奪、隔離、口頭および性的虐待、そして多種の拷問――に関わった。そうした事実は、いまでは公開資料となっており、主要メディアでもいろいろな機会で報道されているが、社会の反応は寡黙である。

影の政府の首脳たちは、秘密科学を相応知レベルに分断化することの優位性を、長期にわたって熟知してきた。新知識は、軍の通常階級、議会、そして大学にすら、過去でも今日でも、提供されることはない。そのもっとも重要な秘密は、少数の結託した人物――プロジェクトの将来の資金確保のために世界銀行と密接な関係をもつ――の手中に握られている。彼らは、例えば、スタンフォード研究所や英国のタビストック研究所――双方とも、事実上すべてについて、公共社会をだましている――といった自分達の「シンクタンク」をかかえている。

 

地球環境兵器

国家安全保障局(NSA)は、その創設以後、それが地球の自然秩序を害する可能性のある技術――地球を破壊する可能性を秘める――を配下にするようになったことで、極めて危険な組織に変貌してきている。その下でのエリート科学者、スパイ、そして有力企業は、極秘プロジェクト――例えば、原子爆弾、科学・生物武器、そしてHAARP(オーロラの研究などしていない詐称組織High-Frequency Active Auroral Research Program 〔高周波活性オーロラ調査計画〕の略)――を開発してきた。HAARPのアラスカでの活動は、天候のコントロールに関してであり、それをより正確に表現すればHARP(High Altitude Research Program)となる。要するに、HAARPとは、巨大な光線砲、つまり、一種の地球サイズの超音波オーブン〔電子レンジ〕である。NSAはその他に、例えば、ステルス航空機、不可視ホバークラフト、超低周波(ELF)マインドコントロール装置、クローン人間あるいは人間状生物の生産、そしてモンサントといった多国籍企業が用いているスーパー種子技術特許といった、最先端技術を支援している。

1997年4月28日、アラスカのHAARP活動がまさに最盛期を迎えている時、国防省は以下のような奇妙な警告を国民に発した。曰く「気候を変えたり、電磁波を遠隔から用いて地震〔訳注〕や火山の噴火を起こすことができる、エコタイプのテロを企てている者がある。つまり、他の国にその転覆の恐怖を与えうる方法の発見に取り組んでいる独創的発想の持ち主が多数存在している。それは事実であり、だからこそ、我々は努力を強化しなければならず、そうすることがいかに重要であるかを物語っている」。米国の軍産複合体が、この先例に従わなかったとしたら、それは大いに疑問である。

〔訳注〕日本のフリーランス物理学者、井口和基氏は、このHAARPの電磁波を数年にわたってモニターし、2011年3月11日の東日本大震災の前日、その波動の異常値を観測、アジア日本方面での地震の到来を22時49分に自分のブログで予言したhttp://quasimoto.exblog.jp/14408281/)。またその予言までの経緯は、彼の著書『ニコラ・テスラが本当に伝えたかった宇宙の超しくみ(上下巻)』(ヒカルランド、2013年)に詳しい。

超音波の兵器への使用やそのマインドコントロールへの使用の研究は、1950年代、タビストック研究所――英国の先端精神医学研究機関のひとつ――で始まった。連合王国〔UK〕研究所は、気付かれることなく英国民衆に加えることができる、マインドコントロールの方策を研究している。英国の科学者にとって、関心の焦点となっている脳の状態は、猿の服従反応――ボス猿は手下の猿を従わせる――である。御しやすく、服従的で、受け身のゾンビのような行動をとらせる特異な脳波パターンを発見し、それを記録し、それをひな形に使って超低周波(ELF)信号を作り出し、それを英国の超音波発信機によって発するというものである。英国は、1940年代のレーダーに使われた超短波技術を最初に発見し、そのため、その領域の他のとび出た先導者となっている。

1970年代には、ソ連がモスクワの米国大使館に超音波を照射していたことがニュースとして報じられ、この分野はいっそう暗転することとなった。そして、同大使館の職員の三分の一がガンで死亡することとなり、それは超短波照射によるものと考えられた。そうした武器は、自然の脳波を擬したELF信号を発する。そのスイッチを入れると、その超短波発信機の周囲にいる誰でもが受け身なゾンビ――明瞭な思考ができず、鬱的ないしは無反応となった――に変じる可能性があった。1997年には、オーストラリアの科学者が行った試験より、極めて安全とされる携帯電話から出る微量の超音波が、その照射を受けたネズミに癌が発生することを発見した。この情報は公開されたものであったが、他の研究や見解は、それと反対の事実を提供した。ふたたび強調するが、どちらが真実かは、各自が判断するしかない。

 

フィラデルフィア実験

フィラデルフィア実験は、ペンシルベニア州の海軍フィラデルフィア造船所と海上で、数回にわたって実施された。この実験は「レインボー・プロジェクト」と題され、米国海軍の護衛駆逐艦エルドリッジを不可視あるいは敵の探査装置から「覆い隠す」ことを目的として行われた。海軍はこの実験を、1930年代と1940年代に、ニコラ・テスラ――指導技術者となったセルビア系米国人の電気分野の卓越した天才――を主役として開始した。そのねらいは、敵から艦船を見えなくさせることであった。その実験は、「統一場原理」――アルバート・アインシュタインが提起――の理論的解釈に基づいていた。統一場原理は、電磁的放射と重力を構成する諸力の相互関係を数学的および物理学的に〔統一して〕表現したものであった。〔この実験の〕目撃者の解釈では、この統一場原理に基づき、科学者は、いくつかの大型発電機がその物体の周りの光を曲げる――つまり完ぺきに見えなくなる――ことに使用できると海軍に考えさせていた。〔実際に〕量子力学の実験は、これまでの数十年間に、同様な光線操作手法をもちいて、小さな物体を見えなくさせることに成功してきていた。しかし、この技術はその数十年前から論じられていたものでありながら、ようやく今日になって、公共の検証にさらされるようになった。

その実験は、1943年の夏に開始され、一定限度の成功をおさめた。1943年7月22日の最初の実験は、米国海軍艦エルドリッジをほとんど完ぺきに見えなくさせた。何人もの目撃者が、その場所に「緑っぽい霧」が現れたと報告している。乗組員は、事後、ひどい吐き気をうったえていたようである。数週間後の8月12日、ふたたび実験がこころみられ、この時には、「青い閃光」を発し、艦は完全に姿を消した。4時間後、艦が再び姿を現した時、何人もの乗組員は艦の金属部材に溶け込んでおり、一人の乗組員は、その腕が艦の船体に埋め込まれた部所から下の甲板にもおよんでおり、腕は切り離されなければならなかった。上甲板の他の乗組員らも、出現や消滅を繰り返していた。その段階で、この実験は海軍の求めで別の目的に変更され、エルドリッジを単にレーダーから不可視とすることとされた。

この実験は、その装置が適正に調整されないまま、1943年10月28日に再び繰り返され、それが最後となった。その夕、実験推進者がスイッチを入れると、艦は再び超空間に入り込んだ。今度は、エルドリッジが見えなくなったばかりでなく、青い閃光とともに、艦と乗組員が海軍フィラデルフィア造船所から姿を消し、320キロ離れたバージニア州ノーフォクにテレポートされていた。ノーフォクの米国海軍艦アンドリュー・フルセスの乗組員は、10分から15分の間、エルドリッジの全貌を見、それからエルドリッジは彼らの視界から消え、そして、同艦はもとのフィラデルフィアに再び出現した、と伝えられている。同艦がもとに戻るまでに要した時間は、およそ10秒間だったとされている。

その三度にわたる実験は、エルドリッジの各乗組員に、さまざまな問題を残した。乗組員には、深刻な副作用の兆候が見られた。ある水兵たちは、艦の隔壁に身体が溶け込んだと述べ、他は、精神障害を引き起こし、別の者はただ消え去っていた。さらに同艦の乗組員は、その後、この実験の秘密を維持するために、入念な洗脳の対象となったと伝えられている。海軍はそれを極秘情報に指定した。加えて、この新技術の実験の経緯は、秘密の必要度をいっそう強めることとなった。その結果、フィラデルフィア実験についての一切の巷の話はほら話との烙印が押された。結局、この実験は、巨大な成功と、巨大な失敗となった。むろん、海軍はそれを行ったことを否定し、いかなる将来の実験も、少なくともそれに関わった下士官兵には、公式に棚上げにしたのであった。

 

1 6 1 Project Rainbow

フィラデルフィア実験としてより知られることとなったレインボー・プロジェクトは、1943年10月28日に行われた。その海軍隊員は、その海軍艦エルダリッジが短期的ワープ〔歪曲〕に入った時、分子エネルギー再現の実験を体験した。その実験の間、その艦と乗組員は消滅し、再物質化して別の水域にあったが、何人かの乗組員は、生きたまま、身体が艦の船体に溶け込んでいた。乗組員全員は、最初の再物質化で発狂しなかったとしても、この実験による直接の影響で、精神障害で入院するか、自殺を図った。(with permission, (c) Brad Olsen, 2016)

1 6 1 5 Eldridge

不可視化を実行したレインボー・プロジェクトは地上でも行われ、ロング・アイランドのモントーク岬でのものが有名で、1983年に放棄されるまで続けられた。もしこうした実験が1930年と1940年代に実施されていたのならば、それが今日何をもたらしているかは想像に難くない。地下壕で行われたそうした科学的前進は、モラルと知性を欠いた世代に握られた場合、おそらく危険な情報と技術となるに違いない。(with permission, (c) Brad Olsen, 2016)

 

ブラウン博士頼み

ノーフォク・バージニア海軍造船所は、地球表面上の特異な「渦巻き点」で、バーミューダ三角形のような航空機が異常な行動を見せる区域とつながっている可能性がある。フィラデルフィア実験に先立って、ノーフォク海軍造船所のあたりでは、不思議な「ワープ〔歪曲〕」現象が観測されていた。海軍の技師らはこれを、造船所で行われているアーク溶接からの強い電磁界の発生に起因していると考えた。こうした不思議な現象の話が高官レベルに届くと、軍上層部はトーマス・ブラウン博士に調査を要請し、これが、最終的にフィラデルフィア実験を生み出したのであった。

トーマス・タウンゼント・ブラウン博士〔1905-1985〕は、反重力技術の隠れた生みの親の一人である。彼はUFOの分野に電気技士として取り組み、物体を極めて高圧の静電気界をかけて動かす可能性を証明しようとしていた。彼の名前が有名でないのは、その任務が「国家安全保障」がゆえに機密とされたからである。ブラウンは、強い電磁界が反重力効果をもつことを発見した。その発見によると、プラスとマイナスの両極間に十分強い電流を流すと、ある反重力「衝動」が彼の装置を推進させ、そのプラス極はどんな方向を向いていようとかまわなかった。ブラウンは、そのマイナス極をプラス極よりはるかに大きく設計した。もしそれをUFOで考えるなら、その船体の底全体をマイナス極にし、船体頂上の小さな部分をプラス極に設計すればよい。そして、その船底部分をパイを切るように分割し、その各々の電流を変えることで、その船体を操縦することが可能であった。

ブラウン博士は、フィラデルフィア実験「現象」を検証し、観察者が見たこと――すなわち、物質分解化とその原因――を説明するよう求められた。博士の「誘電ストレス」現象とアーク放電に伴う現象についての知見は、彼を認知された専門家にさせていた。ブラウン博士が資料を見た結果の結論は、大多数の意見とは驚くほど異なったものであった。多くの科学者は、観察された物質分解化は、「照射」とそれによる気化の結果であると強く主張したものの、その気化の証拠は発見しえなかった。この点に関するかぎり、溶接部門周辺の入念な分析の結果は無関係であることを立証していた。つまり、溶接工場の空気からは、放電作用の間、気体となったどんな金属も検知されなかった。かくして、事実は謎のままであった。

ブラウン博士は、二つの造船所の間で何が起こったのかについて、確信をもっていた。彼は、こうした現象をそれ以前に観測したことはなかったが、彼の直観は彼に告げていた。驚くまでもなく、ブラウンの考えは量子力学と関連づけるものであった。彼は、マイナス電荷の電子雲とプラス電荷の原子核の存在を提起した。ビーフェルド・ブラウン効果〔ブラウンとビーフェルドが共同で発見したイオン流が推力をえる現象〕は、電子が原子に取り込まれる原因についてのものであった。それまでは、それを電気的に説明できなかったが、彼の説明は、電気と重力についての力の統一に関する、アインシュタインの仮説を根拠としていた。

 

マインドコントロール椅子

フィラデルフィア実験には、それ以前の発明も活用された。マインドを変えようとする椅子の原型は、回収されたグレイ人宇宙船から逆工学によって得られ、フィラデルフィア実験に使用された。この椅子は、基本的にはマインド増幅器というべきものであった。秘密政府は、特別の訓練下にある人をその椅子に座らせ、発生した思考様式をとらえ、それを増幅し送信するよう計画していた。技術者は前興奮状態にさせる信号を送り、それを通じて被験者に〔思考の〕プログラム化を受け入れさせた。思考送信は有効に働いただけではなく、実験者はさらなる有用性を見出した。すなわち、彼らは、それがタイムトラベルに伴っておこっていることを発見していた。身体的に訓練された人がその椅子に座ると、1947年と1981年を結びつける、思考様式の渦を発生していた。それはまさしく、通り抜けることのできるタイムトンネルであった。それは、人が未来にも過去にも行けることを意味していた。それが、フェニックス・プロジェクトと命名された計画の最後の段階であった。

1979年から1980年にかけて、フェニックス・プロジェクトのタイムマシーンはフル運転されていた。その移送装置は、時空間をワープする〔歪める〕に十分な出力を持っていた。その椅子に座った人は、技術がまだその能力をもたないため、その渦機能を自分で構成しなければならなかった(それは現在、機械的に合成される)。計画書は、その椅子につく対象者に何らかの生物を考えることを求め、それが物質化されることを想定していた。モントーク岬では、彼らはその椅子に座った人にあらゆる動物が町を埋めるよう考えるよう指示し、そしてその通りとなった。彼らはほぼ、合成生物を創ることに成功したのも同然だった。だが問題は、それらがマインド増幅装置にスイッチが入っている間だけ存在したことだった。それは、10億ワットから1兆ワットという、すさまじい出力をもっていた。その渦はおよそ7キロメートルの半径の外界へと広がっていたと見積もられた。

 

モントーク・プロジェクト

モントークは、ニューヨーク州ロングアイランドの一角にある海辺の小さなリゾートタウンで、その海辺では毎年、多くの人が休暇をすごす。モントークの町の近郊に位置するキャンプ・ヒーローは、その起こりは独立戦争時までさかのぼり、軍の大砲のテストが行われた場である。さらにこの地は、第二次大戦の際には、敵の侵略に対する海岸防衛地帯の役を負っていた。1980年代初めに閉鎖されるまで、モントーク岬のこの軍事基地、ことに存在すると報じられたその地下施設は、それまでの数十年間続けられてきた現実離れした陰謀作戦の中枢であった。いわゆる「陰謀説」が述べるところでは、人々が誘拐されて米国空軍基地に連れ去られ、そこでマインドコントロールやタイムトラベルの実験台とされていた。また、フィラデルフィア海軍造船所から艦が消滅したこととも関係し、さらに、爬虫類体形ETがそれに関わっていたとも言われている。こうした実験のすべてをもって、「モントーク・プロジェクト」と称されている。

その目撃者たちが、科学実験のために、モントーク近郊のキャンプ・ヒーローの地下基地で過ごしたことを語りはじめている。こうした目撃者は、科学者の脇で働くETたちを見たと述べている。彼らのうちの重要な内部告発者は、引退した元電気技術者のアルフレッド・ビーレクで、彼は自称、1943年の不可解なフィラデルフィア実験の生存者で、当時はずっとその乗組員の一人だった。ビーレクと彼の弟は、超空間にあるエルドリッジから飛び降り、一瞬ながら、なんと1983年8月12日のモントークの秘密基地に出現した。1943年から40年後、あるETグループと伴に作業する暗黒作戦軍関係者は、同じ日の同じ時刻に、同じ実験を行い、両時代の間にひとつの穴を開けていた。もしこの穴が閉じられていない場合、ビーレク氏によれば、自分達の世界は破壊されていただろうと語る。

ビーレク氏は、彼の弟は未来にとどまることを決め、一方彼は、エルドリッジ上の装置を破壊することでその穴を閉じ、1943年に戻ることを選んだと語った。彼はこの任務を完成させ、その穴は閉じられた。しかし、モントークでは、ETとの接触をつうじ、1983年時点で、一つのタイムトンネルが存在した。また、1943年の実験の間、フィラデルフィア実験の目撃者は、頭上に3機のUFOが浮かんでいたと述べている。その艦が消滅した時、そのUFOの一機はそのエネルギー渦に捕らえられ、未来へと移送されていった。未来にとどまったビーレク氏の弟は、モントークのタイムトンネルに大いに魅了された。彼は、政府は、彼の身体分子構造が1943年と1983年の二つの穴につながっている間を除き、彼に責任があるとして彼を殺そうとしたという。さらに政府は、もし彼を殺せば、その二つの穴が再稼働する波紋を生じる可能性があると考えた。そこで政府は、異星人からえた技術を用いて彼を幼児へと退行させ、1927年当時へと送り返し、彼をビーレク家の第三の息子とさせしてしまった。というのは、彼の弟はトンネル実験の中に捕らわれ、政府は彼が死んだと同じ情況をつくったが、彼がもし死ねば、そうした穴がやがて再稼働することを意味した。そうして再び、異星人の不可解な技術を用いて、政府は彼の弟の精神(生命力)を取り去り、彼らの父親の第三の息子の身体に置き換えたのであった。

フィラデルフィア実験とモントーク・プロジェクトとの間の軍事上の目的と技術的結合はフェニックス・プロジェクトとして知られ、それは、時空の中の巨大な穴を副次的に開ける結果をもたらした。アルフレッド・ビーレクによると、それは、時空に通路をもうけ、大量の異星人やその宇宙船がやってこれるようにするため、1983年末、異星人によって意図的になされたものであるという。異星人の宇宙船はすべて、タイムトラベルの能力を持っているが、その大型の宇宙船――敵対的爬虫類体形ETによって地球への大量侵略を実施するため――がやってくるには通路を必要としていた。注目すべきことに、誘拐事件を調査しているカーラ・ターナー博士は、人間の誘拐や行方不明事件は、1980年代半ばにピークをなしていると述べている。フェニックス・プロジェクトは、あらゆる秘密科学のうちで、もっともエソテリックなものである可能性があり、SF小説のように私たちが手つかずに残している、いま吟味すべき別の分野が存在している可能性がある。

 

チベット族の音響浮上術

極東のチベットの僧侶は、重い岩を高い山の上に、ただ、様々な音を作り出すことで持ち上げることができると断言する。可聴音範囲の様々な振動の知識は、音響物理学の一部の科学者に、振動し凝縮した音響は、重力を無効化、すなわち、浮上させうることがありうるとする。

一方、オックスフォード大での研究が示すところでは、ヤールというスウェーデン医師は、若いチベットの学生と知り合いとなった。数年後の1939年、ヤール医師はその学生から、チベットの高ラマ僧を治療してほしいとの緊急の連絡をもらった。ヤール医師は休暇をとり、命を受けた案内者に従って、飛行機とヤクのキャラバンによる長い旅をへて、その若い友人と高位にある老ラマ僧の住む僧院に到着した。ヤール医師はそこにしばらく滞在し、チベットの人々と親交を深め、他の外国人が直接に学ぶ機会の持てない様々ことを習得した。

ある日、彼の友人は彼を僧院の近所に連れて行き、その北西側を高い崖に囲まれた草原を見せた。その崖面には、およそ250メートルの高さに大きな穴があり、洞窟の入り口のように見えた。その穴の前は舞台状になっており、そこに僧侶たちが岩の壁をこしらえていた。見たところ、その舞台へ到達するには、その崖の上から降りてくるしかなく、僧侶たちは、ロープを伝って降りてきていた。その崖から約250メートル離れた草原の中には、磨き上げられた岩肌が露出しており、その中心はおわん状に窪んでいた〔下図参照〕。

一個の岩塊が雄ヤクによってこの窪みに運ばれた。その岩は、幅1メートル、長さ1.5メートルほどの寸法だった。そして、その窪んだ岩肌を中心に63メートル半径の90度角の円弧に、19の楽器が設置された。その63メートルは正確に測られてていた。それらの楽器は、13個の太鼓と6個のトランペットであった。その岩がそこに置かれる、小太鼓の後ろの僧侶が合図すると、音楽と詠唱が始まった。小太鼓は鋭い音を出し、他の楽器といっしょになって、ひどい騒音を奏で始めた。すべての僧侶が詠唱し、祈りをとなえ、その信じられない騒音のテンポをゆっくりと上げていった。楽器をもった僧侶たちは、正確に四分の一の円弧をなし、そのすべての音の圧力は、岩の置かれたその地面に穿たれた「窪み」へと集中した。

最初の4分間は、何も起こらなかった。だが、太鼓を打つ速度が上がり、騒音がいっそう激しくなると、その大きな岩は揺さぶられはじめ、そして突然、空中に浮かび上がり、しだいに速度を増しながら、250メートルの高さの洞窟の前の舞台へと向かっていった。チベット人たちは、次々と岩をその草原に運びこみ、この方法をもって僧侶たちは、1時間当たり5個から6個の岩を、その長さおよそ500メートル高さ250メートルの放物線状の飛行軌道上を運んだのであった。時間がたつにつれ、岩は割れ、僧侶たちはその割れた岩を動かした。ヤール医師は以前、チベット人が巨大な岩を投げつけてくると聞いたことはあったが、彼は、こうしてその驚くべき光景を目撃した最初の西洋人となった。

ヤール医師は注意して観察し、そうした岩は上昇するのにたっぷり3分間は必要とし、単に突然に打ち出された現象ではないことを確認した。むしろそれは、遅くゆっくりとした動きであった。それが示唆していることは、霊気が振動して調和した共振となり、その振動が正確に測定され、音律となっていた。この浮上現象は、幻想による産物ではなく、その全体の状況は注意深く観察され、測定され、そしてフィルムに撮影さえされていたものであった。不幸なことに、ヤール医師が働いていた英国科学協会は、そのフィルムを押収し、機密事項にしてしまった。それはいまだに公開されていない。

 

1 6 2 Tibetan levitation

(左図)チベット僧侶は、太鼓やトランペットや詠唱からなる音響浮上技術を用いて、岩を浮上させた。この二枚のスケッチは、1939年にヤール医師の友人であるスエーデン航空設計者ヘンリー・クエルソンが描いたものである。急な崖は向かって右側である。 (右図)真ん中に岩があり、左に僧侶や楽器演奏者がいる。Sは大太鼓、Mは中太鼓、Tはトランペットである。〔左図左上の〕小図は一つの太鼓をつるし方を描き、その大きさを示している。200人の僧侶が各楽器の後ろに8から10人が「車輪のスポーク状に」真っすぐ並んで控えていたとクエルソンは言う。見た目とは違って、こうした活動は見事な精密性をもち、クエルソンの仔細な図でも描き切れていない。(with permission, (c) Brad Olsen, 2016)

 

禁じられた特許

フリーエネルギーや反重力の技術――チベット人が実行するような――に関する事柄はなんであれ、厳密な制限下に置かれており、公開されていない。アメリカ科学学会によると、いわゆる「国家安全保障」や「公共安全」を理由に、6千件以上の特許が差し止めにされているという。アメリカ科学者連盟は、2010会計年度末までに、5,135にのぼる発明が機密にされているという。こうした特許のうちのいくつかは、おそらく、禁止される必要のあったものであることは確かであったろう。例えば、私たちはだれにも、その裏庭に核兵器を持つことは許したくない。しかし、それ以外に、人類に恩恵をあたえ平和に役立つ技術の使用も、合わせて機密扱いとなっているのである。

禁じられたエネルギー特許のうち、エネルギー転換率が70~80パーセント以上のどんな動力システムも、自動的に「機密情報」とされてしまう。そうした超高効率エネルギーシステム、あるいはフリーエネルギー特許は、何十年間も存在していながら、決して実現されていない。これらの特許は、秘密勢力がエリートのみにこうした知識を与えたいがゆえに、機密扱いが解かれていない。結局、エネルギー生産と輸送は〔その座を誰にも譲れない〕世界最大の既得産業なのである。

他の禁じられた特許は、細菌戦争に用いる生物因子で、本来は軍事目的で開発された。生物兵器は、特定の人々や民族集団を標的として使用される。2009年のA型H1N1インフルエンザの世界的流行は、生物兵器攻撃として国連とWHOによって着手されたことに関連している。ロバート・ガロ博士は米国の指導的生物医療研究者で、1980年半ば、ヒト免疫不全ウイルス(HIV〔エイズウイルス〕)を発見したことで有名となった。ガロは、その15年前、合成生物兵器として使用できる数種の病気を開発していた際、米軍と緊密な関係を築いていた。HIV〔エイズウイルス〕発見者のガロは、軍用生物研究下請企業であるリットン・インダストリーを監督していた際には、致死的ウイルスの“発明者”でもある。

ロバート・ストレッカー博士は、こうした見解を広範なレポートの中で述べ、エイズウイルスは、米国の諸研究所で生物技術的に意図的に作られた人造ウイルスであり、秘密の優生学計画の一部として放たれたことを特に指摘している。巨大製薬企業メルクのワクチン部門を率いるモーリス・ヒラーマン博士は、メルク社のウイルスで汚染されたB型肝炎ワクチンが中央アフリカとアメリカでのゲイの人々の間でのエイズの流行を引き起こしたことを、報道陣の前で認めた。ヒラーマンは、メルク社のすべてのワクチンはガンや他のウイルスで汚染されていたと忠告した。加えて、政府は、すべてのビールスは結晶構造を持っており、適正な周波数がそれらを破壊――ロイヤル・レイモンド・ライフと他者がそれを発明して実証した――できることを知っていた。しかし、権力当局はこの情報を公開しておらず、それはおそらく、人類の特定人口を淘汰するその優生学計画が継続しているためであろう。

権威ある『New England Journal of Medicine』の元編集者、マルシア・エンジェル博士による詳細研究は、製薬企業の予算のうち「わずか14パーセントが薬品の研究開発――薬品生産過程の、通常、最後の非生産的部分――に使われているにすぎず、残りは、マーケティングと利益に使われている」と述べている。そしてその14パーセントですら、製薬企業は、いわゆる「横並び」製品の開発にその費用を浪費している。それは、すでに存在している薬品とまったく同じ効能の薬剤でありながら、ひとつの分子を変えることで新製品として売り込んでいるものである。そしてその会社は新特許をとり、なだれのごとき利益をえている。マラリアのように、多くの人々を死に至らせる病気の研究開発は手つかずである。なぜなら、マラリアの犠牲者は貧しく、新製品を開発しても、ほとんど利益にならないからである。

 

ロックフェラーのあやつり

ロックフェラー家の石油帝国は、1870年、ジョン・D・ロックフェラーがスタンダード石油を設立し、アメリカの最初の億万長者になった時に端を発する。スタンダード石油はその後、世界でもっとも利益をかせぐ企業、エクソン・モービルや、他の巨大な多国籍企業へと変態してきている。1911年、競争を阻害する独占やカルテルといった一岩となった企業に反対する、シャーマン反トラスト法が議会を通った。想定としては、この法律は、ジョン・D・ロックフェラーの独占企業スタンダード石油を分解させるはずであった。しかし、実際には、ロックフェラーは分離企業への支配を決して失わず、その法の目論見にも拘わらず、石油産業における支配力を維持した。

そうした巨大な富をつぎ込んで、ロックフェラーは他の産業へ参入して多角化し、軍事、医療、石油化学、製薬カルテルを形成した。そしてそれが、世界を石油基盤の巨大規模農業への変貌、ひいては国の食料供給の支配に、根本的に関与してきているとしても驚くべきことではない。この変貌は、近代的農業生産方式を特徴とした「緑の革命」との名のもとで、産業化した欧米諸国の農業生産の全世界への拡大をもたらしている。緑の革命は、ロックフェラー財団の自然科学部門による、巨大農業企業と結託のもとの新構想である。ロックフェラー財団は、メキシコ農業計画や国際米穀調査研究所を創設してその動きを先導し、後にフォード財団がそれに合流した。

その強力な影響力を用いて、そうした財団は自らの農業構想をかかげ、議会や世界銀行に金融援助を求めてロビー活動を行い、さらには、ケロッグやMilbank Memorialといった他の財団にも参加を要請した。1960年代までに、年30億ドルが開発途上国の農業実践の開発のために仕向けられた。今日でもいまだに、そうした開発は、民間利権のもとに、有力財団によって支援されている。たとえば、ゲイツ財団は2008年、国際米穀調査研究所に1990万ドル授与している。いわゆる緑の革命はまた、交配種子や合成肥料や殺虫剤の開発と流通に取り組んでいる。緑の革命の実際のコストは、巨大農業企業への何十億ドルもの税金よりの補助金によってまかなわれている。小規模な家族農業従事者はほとんど姿を消した。生物多様性は破壊された。有毒化学物質は農民を毒し、土地や水や私たちの食物供給を汚染し、誰もの健康を危険にさらしている。

仮に、私たちが決して全体像を見ることができなくされていて、包括的な考えが持てなくなっているというような恐れはないのであろうか。だが、それを行う有効な方法のひとつは、教育のコントロールである。アメリカ教育学会(NEA)を、カーネギー財団と後にフォード財団の協力で創設したのは、ロックフェラーである。そうした産業界の主たちが、学校に欲することは、いう事をよく聞き、服従する労働力であり、そういう彼らなら、管理しやすい従業員であり、熱心な消費者になるからだ。20世紀初期、ロックフェラーとカーネギーの両財団は、巨額の資金を教育と社会科学の分野に寄付した。ことに、両財団は、NEAを支援した。彼らは、数百万ドルを授与して、伝統的な教育制度を大胆に捻じ曲げ、新たな制度――批判的な考え方より標準的試験を優先し、学校の「科学的管理」を導入――を作り上げた。これは、株式会社アメリカに寄与するような学校制度を作る計算された計画の一部で、もちろん、アメリカの学校生徒への真正な教育が犠牲にされた。フォード財団といった、私的利益を持つ有力な財団は、そうした支援を継続しており、今日までも、NEAの政策はその影響を受けている。

連邦準備銀行もまた、ロックフェラー家を介してNEAの設立に噛んでいる。米国議会の前例のない税控除財団の調査は、ロックフェラーとカーネギー財団の膨大な人口制御構想への加担を発見した。議会委員会の調査委員長のノーマン・ドッドは、カーネギー寄金の保管文書の中から次のような文面を発見した。「人口コントロールを維持する唯一の方法は、米国の教育のコントロールを獲得することである。彼らはこれが桁外れの任務であることを認識して、ロックフェラー財団へと接近した。というのは、教育の一部は国内的に扱われるものと考えられるがゆえにロックフェラー財団に任され、国際的な事項である別の一部はカーネギー寄金に任され、そうした両輪の必要という助言を得ていたからである。」

最後に、米国医師会(AMA)はその財源のほとんどをロックフェラーに頼っており、その見返りにAMAの調査、開発、そして医学的決定への影響力を行使されている。結局、もし、誰かが製薬産業を所有しコントロールしていたなら、その製品を規制する任を負う機関を秘密に動かすことは、確かに意味あることである。医学教育制度をコントロールし、この「アメリカ人生活の大きく決定的部門」をめぐる支配力を得る努力として、早くも1910年より、ロックフェラーとカーネギー財団はAMAに資金を流していたのである。そして、この決定的部門はまた、公共に発表してはならないものを含み、積極的に抑制してきた。ロイヤル・レイモンド・ライフの非運は、コントロールの采配を振るう者の抑圧と破壊の能力の実例である。

 

ガン治療法の抹殺

発明家ロイヤル・レイモンド・ライフは、1930年代に「同等共鳴」と呼ぶ技術を開発し、ガン状腫瘍だけでなくビールスをも明確に破壊することができた。ライフの治療法は16人の末期ガン患者でテストされた。すると三カ月以内に、全員の全治に成功した。だが、『アメリカ医師会雑誌』編集長モーリス・フィッシュベインの力をもって、ライフは徹底的に締め出され、彼の才気と業績は破壊され、まったく忘れ去られてしまった。しかしその考えは破壊されず、いまだにライフ方式の実践者は彼の技術を使おうとしている。彼らはつねに妨害され、危険を覚悟で米国以外での活動を継続している。「Thrive」サイトによると、ライフの締め出しは、何十もの事例のうちのほんの一つにすぎない。レーン・カイシーは、これもガン治療に有効な、古いオジブウェイ・インド調合を使っていた。ハリー・ホクシーやマックス・ギアソンも、効力のある自然治癒法を用いていた。しかし、こうした治療法を述べた医学文書を見ると、アメリカ医師学会は、それらをあたかも完全なインチキのように述べている。これらは、多くの悲惨な話の数例にすぎず、かくのごとく、エリートたちは秘密科学のすべてをコントロールしている。

もし、医学および製薬産業が、可能性あるガン治療法を抑圧し、刷新をとどまらせ、そしてすでに確保済みの経済から金をえぐり出すことで、人々から利益を得ているとするなら、だれがこの深刻に欠陥をもったシステムの続行を望むだろうか。端的に、多くの異論者がおり、その変化を求める組織も存在している。しかし現在のところ、そうした利権がらみ――文字通り、政府を買収している――の構造は大きくは揺らいでいない。米国だけで、過去十年間に、薬品会社は30億ドル以上をロビイストと政治献金に注ぎ込んだ。彼らは、政治家を抱き込んで、その利益となるような制度をつくらせている。共和党議員のウォルター・バートンは、2003年に通過したヘルスケア法に関し、「製薬ロビイストが法案を書いている」ことを認め、こうした影響力がいかに強力であるかを実例をもって示した。

 

1 6 4 Royal Raymond Rife

1930年、ロイヤル・レイモンド・ライフは、光学を革命的な設計でもちいた超顕微鏡を発明した。それは彼に、電子顕微鏡でも肉眼では見えない、ウイルス大の微生物を見ることを可能にした。その重要性は、電子顕微鏡と違って、ガンに関係する微生物を生きたまま見れることであった。彼は、あらゆる微小有機物は「致死振動率」――ある強い音調がガラスを破壊するように、音波による爆撃で粉砕や分離させる点――を持っていることを発見した。何人かの末期ガン患者を完治させた後、医師界要人はライフの画期的発見に激しい攻撃を加え、彼を追放してしまった。with permission, (c) Brad Olsen, 2016)

 

リッチ博士の今はの告白

ロッキード・スカンクワークス(ロッキード・マーチンの秘密かつ最先端部門)の元所長のベン・リッチ博士は、1994年、死にひんした今はの際で、地球外からのUFO訪問は事実であることを告白した。彼は、2タイプのUFOがあることを認めた。第一は、「我々」が作ったもので、第二は、「彼ら」が作ったものである。「我々は、墜落した残骸と『出来合い』のものから、我々のものを作った」とリッチは語った。ほぼすべての「生物体形状」の宇宙航空デザイン――すなわち、ケリーのSR-71 Blackbirdから今日のドローン、UCAV〔無人航空機〕そして他の最先端航空機――は、〔墜落した〕ロスウェルのUFOをもとに発案されたものである。使用されたすべてのUFO技術は、逆工学によって獲得された。「もちろん、政府は知っている」とリッチは声高に言い、彼らにとって、暗黒作戦を遂行することはしだいに困難となってきている。1969年までに、米国政府は、すべてのUFOとET情報の管理において、主要な役割を果たすようになった。ニクソン「追放」の1969年以後、責任を負う監督は、民間セクターの国際役員たちの手にゆだねられた。それに、こうした類の情報を漏らす宇宙航空幹部は、ベン・リッチのみではない。レオナルド・ストリングフィールド、ロバート・サーバッカー博士、そして、エリック・ウォーカー博士らもまた、その生涯を閉じるにあたって、UFO技術の逆工学についての詳細な告白を残した。

1988年まで、ロッキード・スカンクワークスは、ARVつまり「Alien Reproduction Vehicles〔異星人再生船体〕」と呼ばれた外来推進方式宇宙船を生産してきた。「Flux-liner〔流体飛行体〕」と呼ばれる他のシステムは、異なった三種の大きさの船体の開発において達成されたものである。その一つは、直径約7.5メートルのもので、コード名が「Baby Bair」であった。第二は、18メートル級で、コード名は「Momma Bear」であった。最大の飛行体は直径38~40メートルで、コード名は「Pappa Bear」であった。それぞれの飛行体は同様な形と比率をもっていたが、そのハッチと「合成映像システム」――飛行体のすべての大きさを通して、一様に変名されていた――が異なっていた。その推進システムは「ゼロポイントエネルギー」を基礎としたもので、その飛行体の発表を行った三ツ星将軍によると、「光速ないしはそれ以上」の能力があると言われる。こうした「第二次的宇宙計画」の開発は秘密に行われ、一方、地上の比較的初歩的な宇宙シャトル計画は、魅了された米国国民へその進歩が教えられた。

国民はUFOや地球外生命について告げられるべきではないというのは、もともとベン・リッチの見解であった。彼は、人々はパニックに陥り、真実を永遠に扱い切れないと信じていた。彼は、身体が弱ってゆく最後の数カ月になって考えを変え、そうした「事項」を扱う「国際企業の役員」は、外的訪問者自身の存在のない憲法のもとで、市民の個的自由より大きい問題を代表することができると感じ始めていた。秘密科学やその動機の多くを知る人や、尊敬されるビジネス界のリーダーのように、ベン・リッチは、その最後の告白の間、様々なことを語ったのであった。

 

【本章完結】

 

参考文献

Gatto, John, Underground History of American Education. New York: Oxford Village Press, 2006.

Horowitz, Leonard, Emerging Viruses: AIDS and Ebola. Tetrahedron, 1998.

A disturbing video documenting the manufacture of the AIDS virus on U.S. laboratories:

http://www.youtube.com/watch?v=OOzuFsdmSfI&feature=related

 

 

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Future Esoteric: The Unseen Realms by  Brad Olsen

http://cccpublishing.com/FutureEsoteric  www.bradolsen.com

with permission, (c) Brad Olsen, 2016


 
 
 
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